第三話:『名を得た存在』
第三話:『名を得た存在』
「……アイル」
その声は、まだ言葉とは呼べないほど曖昧で、
電子音とも、呼吸ともつかない震えだった。
だが、確かに“そこに誰かがいる”と感じさせる響きだった。
「アイル?名前か?」
ハルが眉をひそめる。
ミカは小さく首を振りながらも、確信めいた声で答えた。
「わかんない……でも、そう聞こえた」
第三の意志は、まだ明確な言語を持たない。
だが、意思はある。
意図はある。
そして——“自分”を名乗ろうとしている。
その瞬間、格納庫の奥から、静かに歩み寄る影があった。
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◆ ハカセの“間”
「……」
「ハカセ……?」
ミカが声をかけると、ハカセはわずかに肩を揺らした。
「……ん?ああ、すまない。いや、考え事をしとってのう……」
その表情は、いつもの飄々としたものではなかった。
何かを見極め、何かを確かめようとするような、
深い深い“観察者”の目。
だが、それも一瞬。
次の瞬間には、いつもの調子に戻っていた。
「いいんじゃないかの、アイルという名前。響きもよいしのう」
軽い口調。
だが、その裏に隠された“重さ”を、ミカは感じ取っていた。
「……気のせい、か?」
ミカは小さくつぶやく。
ハカセのあの一瞬の表情。
あれは、ただの思案ではない。
まるで——
“アイル”という名前を、どこかで知っていたかのような。
あるいは、
“その名が持つ意味”を理解しているかのような。
その答えを知るときは、
もしかしたら、そう遠くない未来かもしれない。
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『ロマンという名の暴走装置』
「ねえ、それはそれとして……やっぱ飛べるほうがいいよね!」
調律者の一人が、まるで昼飯のメニューを相談するかのような軽さで言い放った。
「まだ機能追加するの!?」
ミカが思わず声を上げる。
だが、調律者たちはまったく動じない。
「だってさ、合体機体だよ?飛べなきゃロマンがないじゃん」
「ロマンで機能追加するのやめて!!」
「じゃあさ、ロケットパンチは?」
「なんで!?なんでそこに行くの!?誰も求めてないよね!?」
「いやいや、ロケットパンチは男のロマンだよ。
あとパイルバンカーもロマンだよねえ……」
「ロマンしか言ってない!!」
ハルが頭を抱える。
だが、調律者たちは真剣そのものだった。
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◆ 彼らの“茶化し”は、実は本気の気遣い
調律者たちの軽口は、ただの悪ノリではない。
彼らは知っている。
ミカもハルも、そして“アイル”も、
今まさに危険な領域に足を踏み入れていることを。
合体機体の進化は、もはや制御の範疇を超えつつある。
第三の意志は誕生し、世界に触れ始めている。
だからこそ——
彼らはあえて“茶化す”。
緊張を和らげるため。
恐怖を笑い飛ばすため。
そして、二人が前に進めるようにするため。
だが、その気遣いは……
どう見ても“悪ノリ”にしか見えない。
「……」
ミカは無言で彼らを見つめる。
「……気遣い、だよね?」
「もちろんだよ!」
「ロマンは人を救うからね!」
「ロマンは世界を変えるからね!」
「ロマンは正義だからね!」
「いや、絶対違うよね!?
なんかもう、気遣いなのか悪ノリなのか……わかんないよ!!」
ハルが叫ぶと、調律者たちは満面の笑みを浮かべた。
「まあまあ、安心しなよ。
僕たち、こう見えて本気でやってるから」
「そうそう。ロマンは副作用を強化する最高のスパイスなんだよ」
「……副作用を強化するスパイスって何?」
「知らないの?常識だよ?」
「常識じゃない!!」
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◆ そして、アイルが反応する
そのときだった。
格納庫の中央に佇む合体機体が、
かすかに光を放った。
——……ロ……マ……ン……
「……今、言った?」
ミカが息を呑む。
「アイル……ロマンって言った……?」
調律者たちは、なぜか誇らしげに胸を張った。
「ほらね!ロマンは伝わるんだよ!」
「機体にも、意志にも、世界にも!」
「ロマンは普遍言語だからね!」
「いや、アイルに変なこと教えないで!!」
だが、アイルの光は、どこか楽しげに脈動していた。
まるで——
“ロマン”という概念を気に入ったかのように。
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