神隠し癖(1)
連休最終日。島外某所のコテージから学園の寮へと戻るための大移動に、四人ともが疲れ切っていた。
ただ、今はもう学園のある島内に戻っており、街を巡る路面電車に乗り込んだところだ。
自動車に揺られ、電車に揺られ、船に揺られ、路面電車に揺られ……移動に次ぐ移動で疲れ果てたニカは、座席で船を漕いでいた。
そんなニカの右肩に、隣に座る宇津季の肩が触れた。というか、寄りかかってきたので、ニカは心地よいまどろみから現実へと引き戻される。
宇津季も疲労で眠りこけているのだろう。
そんなことを思った次の瞬間、急ブレーキをかける音が響き渡り、ニカの体もまた大きく揺らいだ。
その衝撃でニカは完全に目が覚めた。
ねぼけまなこをしぱしぱと瞬きさせつつ、対面の座席を見た。
そこにはだれも座っていなかった。
ゆっくりと周囲を見渡せば、路面電車の乗客はニカを含め四人だけとなっていた。
「トラムでも異界に迷い込めるんだね」
いつの間にやら座席から立ち上がっていた異世界先輩が、ぐるりと路面電車内を見回して、そうつぶやいた。
「わけ知り顔だな」
筒井筒はまだ眠気が抜けていないのか、目をしょぼしょぼとさせつつも、異世界先輩にそんなことを言う。
そんな筒井筒が座る席を振り返って、異世界先輩は黒い瞳を細めた。
「電車に乗っていたら異世界に迷い込みました――というのは、今はもう定番だからね。でも、トラムで異界駅に迷い込んだ話は寡聞にして知らないかも」
「異界駅……」
「……とりあえず降りてみない? このままトラムに乗って路線をぐるぐる回っていれば戻れる可能性は半分くらいだし」
「降りて大丈夫なのか?」
筒井筒が、窓を見やった。
ニカもそれにつられて、大窓から外を見る。
学園のふもとに位置する、見慣れた街の景色が窓の外には広がっていたが、なんだかいつもよりすすけて見えた。
全体的に灰色がかっているような、彩度が低いような。
思わずニカは窓に顔を近づけた。
空の色は明確に灰色だった。
そして街にはひとの姿がない代わりに、黒や白の煙のようなものが、さながら人間が歩行しているような揺らぎを見せながら、街の中を移動していた。
「え……なんですか、アレ……」
ニカの声は半ば路面電車内に流れたアナウンスの音にかき消された。
いつもであれば、女性の声が聞こえるはずのアナウンスは、妙に低く、そして非常に聞き取りづらかった。
しかし、街の景色から、ここが学園最寄りの駅だということはわかっていた。
「龍田くん、美平くんを起こして。いったん降りよう」
本音を言えば謎の煙のようなものが闊歩する街へは出たくなかった。
しかしこのまま路面電車に乗り続けることが最善なのか、ニカにはまったくわからなかった。
路面電車の運転席を見る。
遠くからでもわかった。
運転席には黒い縦長のもやのようなものが、ゆらゆらとうごめいていた。
ニカは隣に座り、未だ眠りこけている宇津季の肩を叩いた。
「――で、降りてここからどうするんだ?」
レールの上をゆっくりと走る路面電車を見送る。
灰色がかった街並みで、四人だけが妙に鮮やかに見えた。
宇津季はきょろきょろと周囲を見回しているが、ニカは煙のようなものを見たくなくて、異世界先輩と筒井筒へ目をやる。
さすがの筒井筒も、声にはかすかな動揺が見受けられる。
他方、異世界先輩は落ち着いていた。おどろいている様子も、恐れおののく様子も、はしゃぐわけでもなく、冷静な声で言う。
「こういうときって迷うよね。電車から降りたほうがいいのか、降りないほうがいいのか」
「なんか確信があって『降りよう』って言ったんじゃないのかよ……」
「可能性は半々だから。それにここ、街中だからトンネルないし」
「トンネル?」
「トンネルを抜けたら異世界に通じていたり、あるいは元の世界に戻れるのもまた定番の展開かなって」
「この近くにトンネルって――」
「学園に繋がるケーブルカーの途中にあるじゃない」
ニカたちが籍を置いている学園は、山の頂上という非常に不便な場所に建っている。
そんな学園から麓の街へ向かったり、逆に学園へ向かうためのケーブルカーがあるのだ。
そして異世界先輩が言う通り、そのケーブルカーの道中では、そこそこ長いトンネルをくぐることになる。
「路面電車が運行しているなら、ケーブルカーも動いているはず」
「……そのトンネルをくぐれば戻れるって?」
「正直、他に帰れる方法は思いつかないかな。ああ、あとエレベーターで異界に行くって方法もあるけれど」
「……一度、ケーブルカーの駅まで行ってみるか」
「そうしよう」




