しるし(6)
「異世界先輩っ!」
じっとりとした嫌な空気を引き裂いたのは、珍しい宇津季の大声だった。
異世界先輩と筒井筒の視線が、宇津季に向けられる。
宇津季はそんな視線を向けられて、一瞬ひるんだように見えた。
それでもじっと異世界先輩からは目を離さず――ずかずかと、大股で異世界先輩に近づいた。
そして、
「外に出ないでください! 出ないと言うまでこのままです!」
……と言い放つと同時に、あろうことか異世界先輩を抱きしめた。
いや、勢いとしては「抱きつく」と表現するほうが適切だと思えるていどに、宇津季は勢いよく異世界先輩の細い体を抱きしめた。
だがやはり、異世界先輩のほうが背が高いので、感覚としては「抱きつく」が近い。
異世界先輩も、筒井筒も、ニカでさえも、おどろきに目を丸くすることしかできない。
しばらく、よくわからない沈黙がリビングルームを支配した。
ややあって、異世界先輩の顔からあの薄ら笑いが消えて行くのをニカは見た。
異世界先輩は毒気を抜かれたかのような表情になったあと、ぽんぽんと優しく宇津季の肩を叩いた。
「……出ないから離してくれない?」
「……本当ですか?」
「うん、約束する」
「……じゃあ、わかりました……」
まだ宇津季は異世界先輩の言葉を信じ切れていないのか、警戒心たっぷりの目をしつつ、渋々といった様子で腕による拘束を解いた。
「美平くんって意外と情熱的だし大胆なんだね」
そう言って微笑んだ異世界先輩の表情からは、先ほど感じたような嫌な雰囲気はなかった。
一方、宇津季は己の大胆な行いを思い返してか、恥ずかしげに頬を赤く染めて、わかりやすく目をそらす。
「ごめんね。からかったつもりはないんだよ。ただ、もう外に出て行くとか言わないから。それで許してくれる?」
「……いえ、別に怒ったとかではなくて……ただ、
ただ、怖くて」
宇津季の答えを聞いて、異世界先輩は目をしばたたかせた。
「いや、明らかにさっきのお前様子がおかしかっただろ」
「そうですよー。いつもと雰囲気が違ってびっくりしましたもん」
「そうかなあ」
ニカはようやく口を開けるようになったので、いつもの軽い調子で言っておく。
筒井筒とニカの言葉を聞いても、異世界先輩はぴんときていないのか、あるいはあえて知らないふりを決め込んでいるのか、とぼけた反応を見せるだけだった。
「明日にはまた大移動が待ってるんだからな。早く寝ようぜ」
……その後は足音がしたり、インターフォンのモニターが点灯することもなく、なにごとも起こらず夜は過ぎて行った。
異世界先輩の言っていた「お囃子の音」がその段階で聞こえなくなっていたのかは、定かではない。
しかし異世界先輩はぐっすりと眠れたようだ。
一番に目覚めていた異世界先輩のすっきりとした顔には、例の「しるし」は消えていた。
「神隠しなんて嘘でしたね」
四人を迎えにやって来たオーナーは、安堵した様子で開口一番にそう言った。
そんなオーナーに、四人は色々と事前に話し合いをして、結局は起こった出来事を包み隠さず報告することにした。
「ヘンピトですか?」
「それはわかりません。俺たちはきちんと試験を受けて免許を取得した火法士ではありませんから、ハッキリとは言えません」
「でも、神隠しは起きませんでしたよね?」
「地域の火法士に見てもらうまで、このコテージを貸すのはやめておいたほうがいいと俺は思いますよ」
オーナーは難しそうな顔をして、それきり黙り込んでしまった。
……その後、オーナーはあのコテージにひとりで泊まりこんだあと、行方不明になったと風の噂で聞いた。




