しるし(2)
持って来た荷物をリビングルームの片隅に集めて置き、途中立ち寄ったスーパーマーケットで買った飲食物を備え付けの冷蔵庫に入れる。
「……けど、二階へ立ち入るなって怪しすぎませんか?」
「……それは思った」
定員が一〇名だというコテージのダイニングテーブルは相応に大きい。そんなダイニングテーブルを持て余しつつ、四人はスーパーマーケットで買った夕食用の弁当や飲み物などを各々広げる。
なんとなく、先ほどのオーナーの言葉を思い出したニカがそう告げると、隣の席に腰を下ろしていた宇津季が同意する。
「二階を丸ごと封鎖するくらい雨漏りしてるなら、直してから記事書いてもらわないと、落ちた客足は戻らないんじゃないんですかね」
「……それはそうだな。さっきは移動に疲れ切ってて頭回んなかったわ」
「二階には、なにかがあるってこと?」
ニカの指摘を聞いた筒井筒が、天井へと視線をやる。それに乗じて異世界先輩も黒い目をきらりと光らせて、天井を見上げた。
「突撃するなよ」
「一応分別はあるんだけどな」
筒井筒が釘を刺せば、異世界先輩は眉を少し下げて言う。しかしその視線は筒井筒には向けられていなかった。
筒井筒は異世界先輩を疑わしい目で見つつも、ある可能性について言及する。
「……けど、龍田の言うことは気になる。なんか隠したまま、半ばお前にやらせ記事みたいなもの書かせようとしてるんじゃないのか」
「あー……そういう可能性もありますね」
「『なにも起きなかった』って異世界先輩の取材結果から記事を書かせて、噂を払拭しようとしているのは、オーナーの話を聞く限りでは、隠している感じではないですけれど」
「……二階は隠してるよな」
「やっぱり二階になにかがあるんだ!」
「おい、異世界」
目をきらきらと輝かせる異世界先輩を低い声で呼び、筒井筒は再度釘を刺した。
「階段は見ただろ。わざわざ折りたたみ式のテーブルを置いてロープまで張って封鎖してんだから、さすがに入るなよ?」
「元通りにすればバレないかもよ?」
「分別はあるんじゃないのか」
ニカはルームツアーよろしく一階を四人で見て回ったときのことを思い出す。
筒井筒の言ったとおり、二階へと続く階段は上がれないように折りたたみ式の長テーブルがいくつかパズルのように置かれていた上、黄色と黒のロープが張られ、「立入禁止」とマジックペンで書かれた貼り紙がされているという念の入れようだった。
「オーナーは『なにも起きませんでした』と書かせたいのはたしかだけれど、まだなにも起こらないと決まったわけじゃないし」
異世界先輩が弁当の透明なフタを開けつつ言う。
三人とも、これまでの長距離移動に疲れていたので、それ以上考えるのも面倒になり、それぞれ夕食の弁当に手をつけた。
食後は交代でシャワーを浴び、寝室のある二階が封鎖されているために、リビングルームの床に敷かれた布団で眠ることになる。
異世界先輩もこの段階になると、さすがに今日の疲れが出てきたのか大人しく、「二階へ行こう」などとは言い出さなかった。
最後に戸締りをチェックして回り、電気を消す。
こうして、二泊のうち一泊目の夜はなにごともなく過ぎて行った。……というか、四人ともが疲労ゆえに大いに爆睡したため、もしかしたらなにか異変があっても気づけなかったかもしれない。
「なにか起こるとしたらやっぱり夜だよねえ」
朝。一番に起きたのは異世界先輩だった。三人はどうせ寮外にいるのだからともっと長く寝ていたかったが、異世界先輩が「海を見に行きたい」と言い出したために素直に体を起こした。
昨日買ったパンを朝食として食べつつ、異世界先輩は先の言葉に続いて「今日は夜更かししたい」と言った。
「……まあ、課題やらないとだしな」
連休だからといって課題が出なかったり、少なかったりすることはない。
ニカと宇津季は半ば忘れかけていたその現実を思い出させられて、「うっ」となった。
しかし連休が終わる前に四人とも学園に戻るのだ。逃げ場はない。
「火法科は課題が多いって言うもんね~」
「普通科だからって涼しい顔しやがって……」
「えーっと、異世界先輩は海見に行きたいんですよね?」
「うん。ここに来るときに見えたからさ」
このコテージは海に近い。防風林を抜ければすぐに海辺に出られることは、道中の車内でオーナーが話していたことだ。
昔は海水浴場として運営されていたものの、事故が多発し現在は遊泳禁止区域となっていることも、オーナー自ら話してくれたことだった。
「それに、なんだか海の夢を見た気がするんだ」
「それで行きたくなったって?」
「そう」
異世界先輩の言葉に少し引っかかりを覚えたのは、ここが「神隠しコテージ」だと知っていて、ナイーブになっているからかもしれない。
最終的に三人は異世界先輩にくっついて海を見に行くことにした。
その動機には多分に課題への逃避行が含まれていることは、今さら指摘するまでもないことではあった。
防風林を進めば波の音が徐々に大きくなって行く。道なりに林を抜ければ、堤防があり、それを越えられる階段を上れば、すぐに冬の海がお目見えする。
「おお~」
異世界先輩が感嘆の声を上げた。
波が引いては打ち寄せる音は、異世界先輩がそんな声を上げるのも理解できるほどに雄大であったが、冬の海風は想像以上に冷たかったので、ニカは首をすくめる。
「……降りますか?」
「……いや、砂が靴の中に入りそうだからいいや」
「ここまで来て? ……いや、まあ冬の海ですることなんてないしな……」
宇津季が異世界先輩に問えば、意外にも異世界先輩は首を横に振った。
ニカと同じように首をすくめている筒井筒は、そう突っ込んだものの、すぐに思い直して自己完結する。
背後では冬の海風を受けて防風林の枝が震えるように揺れていた。ゴーッという風の音は、気の弱い小さな子供が聞いたら泣きそうだなとニカは取り留めなく思う。
防風林に視線をやっていたニカは、「痛っ」という異世界先輩の声を聞いて、あわてて体の向きを戻した。
「どうした? まつ毛か砂でも目に入ったか?」
異世界先輩は顔の右半分を手で覆っている。そんな異世界先輩に心配げな声を筒井筒がかける。
「わかんない……なんか、右目の右端が痛い、かもしれない」
「見せてみろ」
異世界先輩は緩慢な動作で顔の右半分を覆っていた手をどける。
「……なんだこれ」
「アザ……?」
呆気に取られた様子の筒井筒に続き、異世界先輩の顔を見た宇津季がそう言った。
異世界先輩の右のこめかみからその近辺は、うっすらとまだらに、鬱血したような青紫色で染まっていた。




