4.大人な優
「おい、新道! 俺の甥っ子に惚れるんじゃねぇぞ? 晴翔は女子高生は苦手みたいだからな」
修ちゃんが優のハートを払い除けながらぶすりと釘を刺す。
「何で? 女子高生嫌いなんですか?」
「いや……別に嫌いってわけじゃ……」
困った顔で優を交わそうとする花房先生。
「じゃあ、いいじゃないですかー。もう学校関係ないんだしお友達からってことで」
「そう言うわけにはいかないの! 大体犯罪でしょ、未成年に手なんか出したら」
そそくさとテーブルにお水の入ったグラスを置いて修ちゃんの後ろに回り込んだ。
「おじさん、勘弁してくださよ……」
コソコソと修ちゃんに文句を言いつつ、オーダーを素早く聞いて逃げるように厨房へ戻っていく。
「新道、お前な、気に入られたいんだったらもうアイツに近づくな。晴翔はグイグイくる女が大嫌いなんだよ。だから学校で女子生徒にしつこくされすぎてトラウマになって、すぐに辞めちまったんだ」
「え? 何それ? モテるのに何が不満なのよ?」
優はムスッと腕を組んだ。
「俺、なんか分かるわ」
「何? 康太のモテ自慢なんて聞きたくないんだけど?」
「いや、そうじゃなくて」
優の絡みを鬱陶しそうに交わす康太。
「興味のない子に執拗に付け回されたり、キャーキャーすぐ側で叫ばれたりするのは俺はストレスでしかなかった」
「あー俺もそんな思いしてみてぇ……」
斎藤くんが横でくぅと悔し涙を拭う。
「俺は柚子だけで十分。他の女の子見てる余裕なんてないよ。コイツホント危なっかしいし」
「さりげなく惚気んじゃないわよ!」
優の牙を見て康太が修ちゃんに助けを求める。
「でもな、新道。俺はどっちかっていうと斎藤の気持ちの方がわかる。でもな、好きな子一人自分の方をちゃんと見てくれたら、確かにそれで満足だっていう気持ちも……すっごい分かる」
うんうんと頷く修ちゃん。
「じゃあ、あたしはどうしたらいいのよ? やっと恋が生まれるチャンスが目の前にやってきたっていうのに、何もしないで諦めて、このデレデレな恋愛に溺れる親友をこれからもずっと羨ましそうに指加えながら見てろっていうの?」
興奮した優がバンバンとテーブルを叩く。
「おい、大きな声出すなって。晴翔に聞こえるぞ?」
優を何とか宥めて諦めさせようと修ちゃんも必死だ。
まぁ、自分の職場で教員やってた身内が自分の教え子と恋仲になるなんて、出来ることなら避けたいのは私でも分かる。
「ただいまぁ」
突然女性の声が聞こえて来た。
修ちゃんが石ころのように固まった。
「おかえりー! ありがとうね、助かったわ」
中から修ちゃんのお姉さんが小走りで出てくる。
ちょうど大きな観葉植物の緑に顔が隠れて声の主が見えない。
「香奈ちゃん、びっくりする人来てるわよ」
クスクスと笑いながらチラッとこっちを見るお姉さん。
「え? 誰ですか?」
コロコロと可愛い笑い声。
修ちゃんの顔が見る見る赤くなっていく。
「先生、顔ヤバイですよ?」
「え? ヤバイ? 何が?? どこが??」
自分の顔が写りそうな場所を必死で探している。
(普段はムカつくおっさん先生だけど、可愛いところもあるのね)
私は笑いを堪えるのに必死になる。
「ほら、こっち」
お姉さんの手招きにしたがって、コツコツと床を鳴らし近づいてきた。
「………修くん?」
艶々のグロスが光る唇が動いた。
「……香奈ちゃん」
修ちゃんが蚊の鳴くような小さな声で香奈さんの名前を口にする。
「やだぁ! 久しぶり!!」
急に駆け出して修ちゃんの横に立つ。
「た、たまたまウチの生徒達の修学旅行でここ寄ってさ……まさか逢えるなんて……」
おいおい、たまたま?!
私と優が顔を見合わせる。
「先生、ずっと続けてたんだぁ! 私は日本に帰りたくなっちゃって……仕事辞めちゃったよ」
『こんにちは』と私たちに軽く会釈して恥ずかしそうに『えへへ』と笑う姿は、修ちゃんと近いだろう年齢を感じさせない位に可愛らしい。
「あ、あのさ。時間あったら……ゆっくり話さない?」
普段かったるそうに授業をしている修ちゃんの口からこんなセリフが出るとは……!!
「いいけど……これからお店忙しいんだ」
「いいよ、待ってる」
即答する修ちゃん。
「えっ? 私らは?? この後どうするんですか??」
まさかの放ったらかし?!
「あぁ、タクシー代出してやっから江ノ島行ってろ。後から追うから」
「えー? 秘密の観光スポットは??」
「ココだよ、ココ!! ……頼むよ、なっ!」
最後はもう聞き取れない位小さな声。
「もう! じゃ花房先生変わりについて来てくださいよぉ」
端の方で様子を伺っていた先生に声をかける。
「いや、これから忙しから……」
「優……もう諦めよう、今日は私がっつり優のお相手するからさ」
私はまた強引に花房先生を誘い出そうとするんじゃないかと思って必死で止めた。
「忙しいんじゃ……仕方ないか」
「優?」
意外とすぐに引いてビックリした。
花房先生も断り文句を言おうと開けた口が開きっぱなしになっている。
「うちも花屋やってて。お客さん多い時は仕方ない。一人欠けるだけでも大変だもんね。強引に先生連れ出して一番困るのはお客さんだから……。諦める」
「……優」
急に優の大人な部分が見えて……見直した。
「その代わり、またプライベートで遊びに来るから、その時はちゃんと相手してね」
ふふふと笑って見せる。
「あ、あぁ」
花房先生はそんな優を今までとは違った表情でじっと見ていた。