3.拗らせた初恋
「修ちゃん、遅いよー!!」
一夜明けて他のクラスは集合時間ぴったりに全員集まり、それぞれ自由行動に散り始めている中、ウチのクラスだけはあろう事か担任待ち。
「ごめんなー、ちょっと色々あってな」
その割にはニヤニヤしてるし、いつもヨレヨレの服着てるのに今日はおろしたてのシャツにしっかりアイロンがかかった爽やかパンツスタイル。
「もう何でもいいからさっさと点呼してくださいよ、みんな待ってるんだから」
今日一日先生と一緒に行動しなきゃいけないってだけでイライラしているのに、足並み乱されて苛立っている優。
「ごめんごめん」
そういい加減に謝りながら、早口で点呼をとっていく。
「ねぇ、柚子。今日なんだか修ちゃん変じゃない?」
「変っていうか……どっかデートでも行く様な気合いの入り様だね」
色々突っ込みたいところはあったけど、まぁ焦る事はないと解散を待つ。
「よし! じゃあ、行くか!」
「私たちついて行けばいいんですよね?」
本当にこの人について行っていんだろうか……異様なテンションを見せる修ちゃんに、一抹の不安を覚えながらも私たち四人はぞろぞろと後をついて行く。
「あぁ、任せとけって言ってるだろ?」
はちきれんばかりの笑顔がウザすぎる……
私と優は顔を見合わせてため息をついた。
◇◆◇◆
「さて! 着いたぞ」
バスで移動中、終始落ち着きのない修ちゃん。
生まれ育って何度も見た事のあるだろうに、景色を見ていちいち『綺麗だ!』なんて柄にもない事言ってみたり、優の髪型を突然褒めてみたり。
流石の斎藤くんに『アイツ、今日気味悪りぃな……』そんな言葉を吐かせるほど、足元がフワフワと浮ついているようだった。
バスを降りると広大な海が広がっている。
「うわぁ!」
修ちゃんの違和感にみんな不信がっていたものの、目の前でキラキラと輝く海にすっかりと夢中になる。
「康太、今度二人で来ようね」
「あぁ」
ついついまた触れるくらいの距離で私たちが肩を並べると、すぐに優が修ちゃんに『この二人密着してますよー』とチクリ出した。
「……まぁ、今この時は二人にとって大切な時間だもんな……」
遥か地平線を見つめながら、哀愁を漂わせてそう呟く修ちゃん。
「先生! この二人監視するって昨日言ってましたよね?」
突然優が真面目ちゃんに変貌し、先生の顔を覗き込む。
「………仏?」
何か悟りを開いたような穏やかな先生の顔に優が固まった。
「……誰??」
薄気味悪いものでも見たのか、ブルっと身を震わせる。
そんな失礼な優の言葉や態度など修ちゃんの耳には全く入っていないようだ。
「……さぁ、カフェへ行くぞ」
「かふぇ?!」
「……どしたの? 修ちゃん……」
私と優は顔を見合わせた。
フワッと導かれるように歩き出す修ちゃん。
「カフェー? 砂浜で可愛い子見つけて目の保養したいよー」
「もう夏は終わったの! 水着の娘なんて誰もいないって」
一人で駄々をこねる斎藤くんに一言ぶつけて萎ませた後、私たちも後を追って歩き出した。
そこから歩いて2、3分。
こじんまりとした小さな喫茶店の前で立ち止まる。
ゴクリと修ちゃんの喉が鳴った。
「………?」
一体ここに何が……?
みんな先生の空気に引き摺られるように息を呑んだ。
修ちゃんの手が喫茶店のドアを押す。
キィィというドアの開く音と同時にカランとドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ……あれ? 修?」
そう言って出てきた、修ちゃんと同世代に見える長い髪を一つに纏めた綺麗な女性。
「おう、久しぶり」
「久しぶりって、この前実家で会ったばっかりじゃない」
「ま、まぁな」
キョロキョロと挙動不審な態度を見せる。
私たちは何がなんだか分からず、修ちゃんの後ろに立っていることしかできない。
「あら、修の生徒さん? どうぞ、昼前で空いてるし、中でゆっくりしてって」
穏やかな笑顔で私たちを奥の大きなテーブルに案内してくれた。
「……さては、話聞きつけて会いにきたのね、香奈ちゃんに」
その女性がメニューを私たちの前に出しながら笑いを堪えているように見えた。
「ねぇ、この人修ちゃんの知り合いなの?」
優が代表してみんな疑問に思っていた事を聞いてくれた。
「私はね、修の姉です、ね?」
「あ、あぁ」
修ちゃんは気まずそうに頭をポリポリと掻いた。
「それで、香奈ちゃんっていうのは……」
「お願い、そこは黙って!」
修ちゃんが慌て出した。
お姉さんは構わず続ける。
「香奈ちゃんって言うのはずっと好きだった修の初恋の女の子よぉ」
「姉さん!!」
「えぇ?! まさか初恋の人に逢いたくて私たち巻き込んだってワケ?」
「嘘でしょ? 先生いい歳こいてやめてよぅ! 私達のこと、散々監視するなんて言ってたくせに」
私と優は開いた口が塞がらない。
「まぁまぁ、先生だって人間なんだし色々あるんでしょ。海見れたしいいじゃん。この店の雰囲気もいいし」
「咲田……やっぱりお前はいい奴だな。モテるわけだ」
唯一味方になってくれた康太を見る修ちゃんの目が潤む。
斎藤くんは隣の席のギャル達に釘付けになり、話すらも聞いていないようだった。
「それで……アイツ居るの?」
修ちゃんが不気味に顔を赤くしている。
「いるわよ、今買い出し行ってるから、もう少しで戻るんじゃないかな。じゃ、注文決まったら呼んでね。奢るから好きなもの食べていいわよ」
「わぁ! お姉さん太っ腹!」
「やっぱり来て良かったね」
私たちはメニューのケーキに夢中になった。
「先生が独身なのってまさかその香奈さんの事が忘れられないとか?」
聞いてなかったように見えた斎藤くんが突然踏み込んだ質問をする。
コクンと女子のように頷く修ちゃん。
「ずっと海外にいてな。この前実家帰った時、姉さんが香奈が会社辞めて日本に戻ってきて、働き口見つけるまで、この店で暫く雇うって聞いて、居ても立っても居られなくなってさ」
「それで、初恋の相手に会って先生どうしたいんですか?」
先生の隣で康太が聞く。
「どうしたいって言うか……ただ、顔が見たかっただけ」
「はい?! ここまで生徒巻き込んで会いに来て? ウチらは一生に一度の修学旅行を犠牲にして先生のために付き合ってあげてるんだから、男らしく結果だせっての!!」
優がまた大きな声を張り上げた。
「頼むから静かにしてくれよー……。確かに一人でここまで足を運ぶ勇気がなかったのは素直に認める。こんなおっさんが何言ってんだって思うかもしれないけどな」
過去イチ情けない顔を見せながら弱々しく肩を落とした。
「じゃあ、ただ逢うだけでいいの? それで満足なの? 他の男に取られてもいいの?」
優がイライラ全開で修ちゃんを責め立てる。
「優、ちょっと待ってよ。きっとそんな簡単な問題じゃないんだよ。いつからか知らないけど43歳になるまで初恋拗らせてるなんて、ギネスもんだよ?」
「柚子、それはあんまりフォローになってないな」
康太が私の肩を叩く。
「平松先生が言ったんだよ。咲田と川嶋は自分のようなオヤジになっても見えないような太い絆があるって。お前ら連れてくれば何か俺も変わるきっかけ見つけられるんじゃないかなってさ」
「平松先生が?!」
あれだけ迷惑かけたし、よっぽど敵視されてるんだと思っていたのに。
「お前ら幼馴染で初恋同士だろ? 仲良し兄弟みたいだなとは見ててずっと思ってたけど、まさかここに来てくっつくなんて、俺は想像すらできなかった。昨日まで兄妹みたいな関係だったのが突然両想いになるなんて突然変異もいいとこだろ? もしかしたら俺にも奇跡が……なんて夢みちまってさ」
見た目はおっさんでも少年の純粋な心はまだ消えてないのね……なんて口に出しては言えない。
「さすがに俺もこの歳だろ? もういい加減未練がましく浮ついてないで、自分の気持ちにけじめつけようかって思い始めてさ」
はぁと息を吐いた。
「協力出来ることなんて俺たちにあるかな……?」
「いつも通りイチャついてれば? それ見てスイッチ入るかもよ?」
優は呆れ顔で注文するためテーブルに置いてあった鈴を鳴らした。
「お決まりですか?」
「はい……」
優がメニューから目を離して店員を見た時だった。
「え? 花房……先生?」
「えーっと、……あぁ、一年の時の確か……新道さん!」
猛烈なイケメン講師で話題になった花房晴翔先生だ!
「な、な、何でここに?!」
「姉さんの息子だからな」
優の目の色の変わりようにドン引きの修ちゃん。
「だって先生と苗字違くない?!」
「今年母が離婚して旧姓に戻ったんだよ。だから今は吉岡晴翔」
小さい顔にスラッとしたモデル体系。
何でこの人が講師を?ってみんなで噂していた。
「今は先生やってないんですか?」
「お爺ちゃんに教員免許は取っておけって言われて、取ったとこまでは良かったんだけど……実際やってみると……色々あってね」
そう口を濁した。
それにしても優……
目の奥があからさまにハートになってるぞ?




