11.好き……とは?
「先生、出てきちゃって大丈夫だったの?」
「あぁ、おじさんに任せてあるから」
二人の後ろをまるでチンピラのように睨みつけながら歩いている斎藤くん。
「……久しぶりだな」
「ホントに私の事覚えてた?」
優が嬉しそうにほんわかと笑っている。
「そりゃ……まぁ」
「……そっか」
なんか二人だけが通じ合う世界……?
私と康太は顔を見合わせる。
「あんなに仲よかったっけ、優と先生」
「いや、俺が覚えてる限りじゃ、仲良いどころか殆ど会話してるのすら見た事なかったけど」
「……そうだよねぇ」
後ろから見てると恋人みたいな距離で歩いている二人。
「元気だった?」
「まぁ、ね」
「よかった。心配してたんだ、あれから大丈夫だったかなって」
『あれから』……?
やっぱり私の知らないところで何かあったのは間違いなさそう。
「おい! お前ら! さっきから近すぎんだろ!」
斎藤くんが当たり屋のように二人の間に割って入る。
「は? なんなのよ?」
「お前なぁ、修学旅行は友達同士で楽しむもんだろ? 遠い昔に先生だったヤツと仲良ししてる時間なんてねぇんだよっ!」
ギロリと花房先生を睨みつけた。
「あぁ、そうだよな、ごめんな」
花房先生がスッと斎藤くんに優の隣を譲った。
「そうそう、こうでなくっちゃ」
ドヤ顔で優の隣を陣取る斎藤くんは嬉しそうに優を見る。
「ねぇ、なんなの急に。私の事好きなの? キモいんだけど」
「す、好きなわけねぇだろがっ! バカかお前はっ!!」
「じゃあなんなのよ? あんたとは修学旅行じゃなくったっていつでも顔合わせられるでしょうがっ! 先生とはもう会えないかもしれないのに……邪魔しないでよ」
急に涙目になる優。
斎藤くんはそんな優を見てびびったのか、ぱったりと足を止めた。
「……分かったよ。ほら前行けよ、センセ」
大人しく先生に優の隣を譲る。
「ほら、先生、行こ!」
花房先生は優に腕をグッと引っ張られてまた元の隊形に戻る。
康太はきっと斎藤くんが居た堪れなくなったのか、声をかけた。
「なぁ、今日どうした? 新道となんかあった?」
前の二人と少しずつ距離を開けながら斎藤くんの本音を聞き出していく。
「どうしたって……別に」
私の方をチラッと見て言いづらそうにしている。
「コイツは俺とニコイチだから気にすんな」
「なんだよ、また惚気かよ」
はぁっとため息を吐きながら並んで歩いている二人の後ろ姿を恨めしそうに眺めている。
「実はホントに優の事好きになっちゃったんじゃない?」
冗談半分に言ってみたけど、斎藤くんの表情を見ているとまんざらでもない気もしてくる。
「うるせぇ。……川嶋には……そう見えんのか?」
急に真面目な顔で私たちを見た。
「よくわかんねぇんだよ、好き……とか。お前らはお互いの事どう思ってんの?」
斎藤くんの急な質問に私も康太もフリーズする。
「どうって……俺はコイツは誰にも渡したくない大切な存在。正直柚子がお前と話してるとこ見てたって……あんまいい気しない」
頭をポリポリ掻きながら康太が顔を赤らめる。
「はい? 俺と川嶋が話してるだけで妬けるの? そりゃ重症だな」
斎藤くんが呆れて気持ち悪そうに康太を見た。
「私もだよ。いちいちヤキモチ妬いてたら康太も嫌になっちゃうと思っていつも我慢してるけど。本当はずっと二人で一緒にいる時間が最高に幸せ」
康太が本音を話してくれているなら私もちゃんと伝えたい。
斎藤くんにそれを聞かせたところでだけど……好きってそういうもんでしょ?
「へいへい。ごちそうさま!」
面倒さそうに足元の石ころを前の二人に向かって軽く蹴飛ばした。
「斎藤は今あの二人を見てイライラしてるよな?」
康太が楽しそうに斎藤くんに突っ込んだ。
「あ? 別にしてねぇし」
「してんだろ、さっきからお前、とてつもなく落ち着きないぜ?」
「うっせ! 俺はいつも通りだっ!」
優の事、ホントに好きなのかな。
確かに、明らかに様子がおかしいけど……
「俺は嬉しいよ」
「は?」
「仲間ができてさ」
「仲間じゃねぇだろ、俺と違ってお前はもう付き合ってんじゃねぇか」
「俺と違って……ねぇ」
斎藤くんが『しまった』そんな顔をした。
「ま、待て! 別に好きとか、そんなんじゃねぇって」
「なんだよ今更」
「ちょっと気になってるだけだよ、新道が……らしくない顔見せるから」
「少なくとも、新道に興味があるのは間違いないな」
「違うって! そういうのじゃないって……たぶん」
口をモゴモゴさせながら歯切れの悪い返答に私たちは確信した。
「あのさ、素直になれよ。別に新道に直接言ってるわけじゃなし、好きになる事は恥ずかしい事じゃねぇだろ」
「恥ずかしいに決まってんだろっ!! お前が異常なんだよ!」
「異常? 俺だいぶ今でも抑えてるけど?」
私の髪に指を絡ませる。
「こ、康太っ!」
私は斎藤くんの前で恥ずかしいよ……こんな事。
キスを見られた時だって死ぬほど恥ずかしかったのに!
「好きな気持ちを抑えるなんてできねぇよ。口開けてみてる間に誰かに取られるくらいなら、俺は今ここで全力で好きなヤツを口説き落とす」
私の目をじっと見ながら康太が言った。
「わ、私にいう事じゃないでしょ?」
康太の頬を両手で挟んで斎藤くんの方に向けなおした。
「……このまま花房に先越されるのは……嫌だ」
斎藤くんが低い声で呟いた。
「だったら拗ねてねぇでお前も変わらなきゃな。新道の気持ち、ちゃんと考えながら」
「……変わる……?」
「あぁ」
バシッと斎藤くんの背中を康太が叩いた。
(康太も私のために変わろうとしてくれたのかな……?)
ふと恋人ごっこをした頃を思い出した。
あの時康太が動いてくれなかったら……今頃両想いになれてたのかな?
「康太、大好き」
「……どした? 急に」
フニャッと笑って私の髪を撫でる。
『大好き』って、何度だって言うよ?
「好きの気持ちは恥ずかしくなんてない。相手が求めない態度とか行動は逆効果だけど、好きになってもらうために努力する姿って少なくとも私にはすっごく魅力的に見えるけど?」
それを康太に教わったんだ。
だから斎藤くん。
優の事だから、色々難しいかもしれないけど……
「頑張って!」
「……川嶋……ただの惚気聞いてるだけなのに、ほんの少しだけお前がいい女に見えた気がしたよ」
斎藤くんが潤んだ瞳で私を見る。
「コラ! 俺の彼女見つめんなっ!」
私は引き寄せられた康太の腕の中で、本当にこの人が恋人でよかったと、心からそう思った。




