12.『手……繋いでもいいですか?』
「うわぁ! いい眺めー!」
「ここの景色最高だろ? まだ来てなくてよかった」
「先生、……やっと笑ってくれた!」
新道の笑顔を見ていると、いつの間につられて顔が綻んでいる自分がいる。
俺たちは展望灯台について、今ようやく落ち着いたところだ。
川嶋と咲田は俺の目を盗んでか、いつの間にか視界から消えている。
斎藤は、急に腹が痛いと言い出し、トイレに閉じこもってそろそろ10分くらい経った。
ここに着くまでに異様に絡んできた斎藤が急に居なくなって、新道と二人、少しばかり気まずい空気が流れていた。
「最近どうだ?」
こんな井戸端会議のような言葉しか出てこない自分が恥ずかしい。
「どうって……今日は先生に逢えてすごく嬉しいよ」
「そ、そうか」
なんだろう。
いい歳こいてこんなに緊張して。
また新道の顔がまともに見れなくなる。
「ここ、ホントカップル多いね」
「まぁ、そうだな。雰囲気最高だもんな」
「あたしたちも……周りから見たらカップルに見えるかな……?」
そんな上目遣い、女子高生がするんじゃない!
元先生だって理性が揺らぐ事だってあるんだぞ?
「もう、あと一時間くらいしたら、またサヨナラなんだよね?」
「まぁ……。でもまたうちのカフェにでも来ればいいよ。友達連れて」
「……私一人じゃ、ダメなの?」
『ダメなの……?』って……ダメなんだろうか?
そりゃそうだよな、やっぱり。
「友達と来た方が楽しいだろ?」
「私は先生ともっともっと話がしたい。色んなところ見て回りたいし……。それは、絶対叶わないのかな?」
「絶対ってわけじゃ……」
絶対ってわけじゃない。
けど、あんまり良くはないよな……未成年だし。
「お願い、ひとつだけ聞いてもらえませんか?」
「急にかしこまってなんだ?」
俺の方に身体を向き直し、声を詰まらせる。
「手……繋いでもいいですか?」
「え?」
手……を繋ぐ。
って言うのはどう言う事だ?
友達でもなくて、恋人でもなくて、元教師と女子高生が修学旅行中にカップルだらけの展望灯台で手を繋ぐ……?
いかん!
どう考えたって、許されるわけがない!!
「だ、ダメだ、そんな事」
「私だってそんな事先生がいいって言ってくれるなんて思ってません」
「分かってんなら言うなよ……」
びっくりするだろうが……
「お願い……もうこんなワガママ最初で最後にするから……」
大粒の涙が頬を伝ってこぼれ落ちる。
「ち、ちょっと! 泣くなよ」
周りの冷たい視線を浴びながら、俺は焦ってその場しのぎに『分かった、わかった』と答えてしまい、ハッと口を塞いだときにはもう遅かった。
「いいの……?」
「……手を繋ぐだけだぞ?」
「うん、嬉しい!」
さっきまで泣いていたのにもう笑ってる。
現金なやつだな。
俺は彼女の左手を取った。
細くて、白くて、柔らかいその手を自分の掌とぴったりと合わせた。
距離が近くなった彼女の腕が俺の腕に触れる。
心地よい体重を感じて……
大人のくせに、苦しいくらいドキドキしていた。
「やっぱり、先生はあったかいや……」
そう言って頭を俺の肩に預けてくる。
懐かしい彼女の匂いに頭の中がクラクラしておかしくなりそうだ。
……止められない……
俺は彼女の肩を抱き寄せていた。
あの時と同じ……?
いや違う。
今は完全に俺が自分の欲求に負けてこうなっている。
彼女は何も言わずに俺の背中に腕を回す。
こんなに可愛らしかっただろうか?
こんなにも手放すことが惜しいと俺が思うなんて……
するりと彼女の腕が解けた。
「先生、ありがと」
彼女の満足した表情……
その顔を見たときに、温かくなった心が、急に冷風でも吹き込まれたように、寂しい感覚に襲われた。
「いい思い出にするから」
「……あ、あぁ」
完全に彼女が離れて、俺はしばらく言葉が出なかった。
どう会話したらいいのか、方法を忘れてしまったみたいに。
「おいコラ! 二人だけで怪しいことしてんじゃねぇぞっ!」
斎藤の声にハッとする。
「ほら、行くぞ、新道! こっちの方が100倍いい景色だぞ」
彼女の手をがっしりと握って俺の側から離れていく二人。
『行くな!』
そんな事を言えるワケもなく。
俺は身体に力が入らなくなって、近くのベンチに崩れるように腰を下ろした。




