VS.怪人ウィッシュ・クリケット
空を飛ぶヒーローは、テレビレポーターが消えた衣料品店へと急行する。駐車場を滑走路にランディング。ギリギリで反応した自動ドアへと滑り込んで入店を果たす。二つの足底が摩擦熱のラインを引いていた。
妙な事件が起きた現場に急行するにしても強引だった。スケーリーフットらしい。いつも通りと言えばいつも通りであるが、今日は更に急いている。
まるで、誰かに追いつかれる前に決着をつけようとしているみたいだ。
「試着室は、あそこかっ」
「スケーリーフットが秋物の新作を手にしているぞ。タンクトップじゃないのか!?」
「どうして女物の服なんて……。中の人はマッチョのはずだろ」
店員に咎められないように服を適当に選び、レポーターが消えた試着室のカーテンを開く。
大きな鏡と丸椅子。当然ながら、入口以外に人が出入りできる場所はない。
「この全身鏡かッ!」
右の拳を構えると、スケーリーフットは鏡を殴りつけて腕半分まで埋没させる。突然の凶行に店員は驚き、残っていたテレビスタッフはカメラを向ける。
「お客様っ、試着室ではカーテンを!」
「スケーリーフットが自分の体形が気に入らなくて、鏡を破壊したぞ!」
「出てこいッ、うぉおおォ」
突っ込んだ手の先で何かを掴むと、力任せに引っ張り出す。
アギトの形をした砕けた鏡の中からまず現れたのは……昆虫型怪人に多く見られる長い触覚だ。遅れて異形の体が出てきて、店内へと投げ飛ばされていく。
「やはりいたか。エヴォルン・コールの怪人ッ」
「痛たたぁァ。ヒーローの癖に乱暴者めウィッシュ」
怪人が投げ飛ばされた先で、複数の棚が倒れていく。舞い落ちる服や散らばる服が落葉のようだ。
倒壊の中心地にて、やれやれ、と打った腰を押さえながら立ち上がったのは、黒いシルクハットに、ジャケットが翅になったタキシードの怪人だ。
「まったく。これがヒーローの仕出かす事かねウィッシュ。まだ売れていない服が台無しだ」
「試着室の鏡の後ろに潜んでいた怪人が言う事か!」
「悪人だろうと正しき事は正しいと言うさウィッシュ。さて、もう少し魔法の鏡の後ろにいる仕事を続けたかったが仕方があるまい。まずは自己紹介を。私は怪人ウィッシュ・クリケット。エヴォルン・コール一の紳士と自負している」
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▼怪人ウィッシュ・クリケット
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“戦闘力:16”
“怪人技:見捨てられたロバ
悪人に共感する人物を時間経過でロバ化させていく”
“定年退職直前に覗きの罪で捕まった男性とコオロギを合成して生み出した怪人。
年が六十代のため直接戦闘には不向きである。が、挑む際にはあまり時間をかけるべきではない。怪人の言葉に頷くたびに耳が長くなり、尻尾が生え、最後にはロバとなり出荷されてしまうのだ”
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怪人ウィッシュ・クリケットは翅をこすらせてキリキリと心地良い音色を披露する。それで怪人がコオロギなのだと、スケーリーフットは気付いた。
「さあ、まずは散らばった服を畳もう。話はそれからだウィッシュ」
「問答無用ッ! 怪人は即刻倒す」
「短気なヒーローだウィッシュ。……おっとっ」
スケーリーフットの突進を怪人は直前で避ける。
戦闘力の差を理解している怪人ウィッシュ・クリケットは回避に専念しており、間合いを大きく確保していた。そうでなければ戦闘はすぐに終わっていただろう。
「これは余裕ぶっていられないウィッシュ。mtHを1000申請しよう」
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▼怪人ウィッシュ・クリケット
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“戦闘力:16 → 52(mtH1000接続中)”
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怪人ウィッシュ・クリケットは後ろ手に持つスマートフォンを操作する。すると、外部から注がれる力により筋肉が異常膨張したではないか。ただのC級怪人が、B級怪人と比較しても遜色ないパワーを手に入れた。
突然のパワーアップに油断したのはスケーリーフットだ。怪人の頬を殴り飛ばすはずだった鉄拳を掴まれてしまい、動揺する。怪人の回避時の動きを見ていたからこそ、入れる力の見積もりを誤った。
「な、にっ?!」
「ふむ、多くの人々の力が私に集まっているのを感じるウィッシュ。これがmtH。300以上の接続は効率が大きく下がるとはいえ、素晴らしいものだ」
「ガ、ガジェット・パンチ!!」
掴まれた拳を、スケーリーフットはガントレットのブースター点火で無理やり振りぬいた。
怪人はレジカウンターまで吹き飛び、無人精算システムが誤作動する。ギリギリ店内に留まったものの、半壊した壁の向こう側はもう外だ。
「とはいえ、ヒーローを相手取るには厳しい。話も聞いてくれない。私が戦うには相性が悪いウィッシュ」
額を傷付けた怪人ウィッシュ・クリケットはハンカチで流れる血を払い、シルクハットを被り直す。
その間に、スケーリーフットは左のガントレットのブースターを始動させており、有線式のパンチを繰り出す準備を整えた。
「もう一度、ガジェット・パンチ!」
重機さえ軽々振り回すヒーローの力は一撃必殺の武器に他ならない。ただ殴る。芸はなくとも単純確実。そう間違った選択ではなかった。
「グラスホッパー・キックッ!!」
「キャメルクリケット・キックッ!!」
店の左右から躍り出て、飛び蹴りでガントレットを跳ねのける新たな怪人がいなければ、怪人ウィッシュ・クリケットを倒せていた。
色違い、服違いながらよく似た顔立ちの怪人が三体並ぶ。
「怪人ギリギリス、怪人カマドホース。来てくれたウィッシュかっ」
「我々だけではないぞ。怪人金欠に、怪人ジャイアント上田も援軍として向かっている。全員で力を合わせてヒーローを倒すギリ」
「お前一人を戦わせる悪の秘密結社ではないぞホース」
現れた怪人共もmtH接続済みだ。スケーリーフットと言えど即座に討伐とはいかない。
怪人警報が鳴った所為で、該当地域への道が封鎖されてしまった。無人タクシーは勝手に道をUターンする。
「ここで下りる!」
「七二〇円となります」
クソ、手配したのは春都でも金を払うのは俺か。
怪人警報は確かな証拠。他の可能性は考えられなかったが、行方不明事件の犯人が怪人と確定した。先行しているスケーリーフットが正体を暴いたのだろう。遅れて到着しても、スケーリーフットがすべて解決してしまっているかもしれない。
途中までとはいえ金を払っているので、行かないという選択肢はないのだが。
徒歩でも戦闘服での移動なら、そう時間はかからない。警報で人が逃げているので大都会の狭い道も歩き易い。
「――ここで会ったが百年目パピッ。潰れろ、第二ヒーローォ!!」
何者かの声がしたので街路樹の遥か上空を見上げる。
空の高みより下降していたのは、鮮やかな翅を広げた既知の怪人である。名前は怪人アゲハ。
「マジかっ。怪人イーグルアイと戦ったばかりなのに、また飛行型怪人かよ!?」
『幼馴染:はぁ、やっぱり役立たないわね、あのヒーロー』




