VS.三昆虫怪人
間一髪のところだった。メイドの正体に気付けなければ、俺も五十鈴響子と同じように眠りこけていたに違いない。
「第二ヒーローッ、いつの間に入店していたパピ!?」
「テーブルの下に隠れ潜んでいた。どうしてそんな場所にビー!?」
「まさか、私達を下からずっと観察していたのか。変態ルキ!」
強制的に脳内にアルファ波を流し込まれていたのだろうか。酷く穏やかな気持ちとなっていき、気付けば眠る寸前に陥っていた。
エヴォルン・コールが開発した秘密兵器なのか、怪人技なのか。
正体はメイド共を打倒して訊けばよい。
「ここにいた大学生の男が第二ヒーローだったパピ?」
「勘違いするなよ、エヴォルン・コールのメイド。ヒーローが人質となる女を連れて入店するはずがないだろ?」
「それもそうパピ。やはり、ずっと下から俺達のスカートを覗き込んでいたのか!」
五十鈴を運ぼうとしていたキラビ、ヒメの二人を押し退けて取り戻す。まだ眠ったままの彼女をお姫様だっこで運び、守るのに最適な部屋の角地へと寝かせた。
「どうやって、マヨ様のメイズ・リラクゼーションから逃れた。第二ヒーローッ」
アゲハが俺を問いただしてくるが、リラックス系の精神攻撃などという搦め手に対する対抗手段など所持していない。俺も陥落寸前だったのだ。
……ただ、コップを落としかけて俺の手とメイドの手が触れた瞬間、聞こえてきたのである。
『――あー、メイドなんて、かったりぃールキ。何がご主人様、お嬢様だ。無駄に時間かけさせやがって、ヤニ吸いてぇ』
メイドの抱える闇が真っ黒過ぎて、リラックスしていた心まで黒くなって眠気がすっかり覚めてしまったのだ。幻聴だったのかもしれないが、女の怖さが感じられる真実味があった。
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“怪人技:海馬握手”
“怪人ブレイン・モンスターの遺品たるアイドルの握手券を所持している状態で、他人と手を握る事で発動する怪人技。相手の思考を読み取る事ができる。
握手券は財布の中にあるのだが、あまり他人の手を握る事のない第二ヒーローは怪人技の存在に気付いていない”
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まあ、幻聴には慣れたものだ。気にし過ぎずに放置しておこう。
『幼馴染:私は幻聴だろうと何だろうと私だというのに。強情よねぇ、アンタも』
気付けば店内にいるのは俺と眠る五十鈴、それとメイド三人だけだ。数で負けていようと戦闘服を着ている第二ヒーローなら十分に戦える。
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▼第二ヒーロー(戊A型戦闘服)
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“戦闘力:15”
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対峙するメイド三人が間隔を空けて並んでいる。不気味な形に口元を歪めており、近づき難い。何かを企んでいるに違いない。
実際、目に見える変化が起きている。
彼女達のメイド服の一部が、盛り上がっているのである。
人間の形を失い、怪人に変化しようとしている。そうとしか思えない。
「くくく、飛んで火に入る第二ヒーローかパピ」
「私達を本物のメイドと思って侮ったなビー」
「虫系怪人派閥の科学は独自発展しているルキ。戦闘員が使う外出薬を改良して、怪人が旧人類に擬態するための新薬を作り出――」
「くらえ、“模倣するは猫”の無修正動画」
「うぎゃぁァ、パピッ」
「ああぁああ、ビーッ」
「きゃああぁ、ルキッ」
等間隔に立っていて、距離感を掴み易かったのでメイド全員に対し、怪人技“模倣する猫”の元動画を、仮面の投影装置からプロジェクションしてやった。
動きを止めるのに特化した編集版ではなく、サメ映画を観たくなる効果しか発揮しないのだが、相手を邪魔するのには適している。
「ちょっ、変身中に何してくれてんのパピッ」
「お約束を知らないのビーッ」
「何してくれんのルキッ。サメ動画を出しやがれッ、第二ヒーロー!」
意外と立て直しが早くて隙がないメイド三人衆が、人間的ではなくなった姿で俺を威嚇する。
「怪人が三体同時だと。拠点でも何でもないメイド喫茶に!? 戦力投入の仕方を間違えている!?」
信じたくはないが、三人全員が怪人に変身していた。
「怪人アゲハ、変身完了パピ」
背中から濃淡ある翅を広げて、カチューシャ付近から長い触覚を伸ばしているのが怪人アゲハ。翅の形状から、チョウチョの怪人でほぼ確定だろう。
「怪人キラービー、変身完了ビー」
右の手首から棘を突き出させて、足を黄色と黒の縞々に変化させているのが怪人キラービー。ミツハチの要素が随所に見受けられる怪人だ。
「怪人プリンセスホタル、変身完了ルキ」
赤く染まった顔と髪を見せつけて、全身を蛍光色に光らせたのが怪人プリンセスホタル。光る昆虫系怪人とくれば、ホタルが代表格となるか。
連戦経験はあるものの、三体同時を相手にした経験はない。かつてない厳しい戦いになりそうだ。
複眼と化した三対の目が、俺を睨んでい――。
「ちょっ、針から毒液を散らすな、汚い奴めパピ」
「はぁ?! アンタの鱗粉でクシャミ出るんだけどビー」
「二人ともやかましい。私みたいに慎ましく光っていればルキ」
「お前が一番光っていてウザイパピッ」
――チームワークは皆無らしい。そもそも、そう大きくはない喫茶店に怪人が三体もいて満足に動けるとは思えないが。
とりあえず、最も攻撃力の高そうな真ん中の怪人キラービーを優先目標にした。
椅子を投げつけて牽制に使う。と、椅子の板が怪人キラービーのスティンガーに貫かれて大穴が開く。
「怪人技“蜂のように刺す”ビー!」
椅子を貫いた針先からは毒液が滴っている。刺されただけでも重症であるというのに毒で確実に相手を殺すという意思を感じる。かなり危険な怪人だ。
「ミツバチベースの怪人たる私は、一日一回、針を使った攻撃が可能だビー」
「……まぁ、ミツバチは一生に一回だから、そう思うと、まぁ」
椅子を突き刺すために突き出している右腕を掴み取って、背負い投げる。柔道を習っていなかった分、むしろ、相手に対して危険な投げ方となったが怪人相手に手加減は不要である。
「戦闘服を着ただけの旧人類に何を手こずってやがるパピ。怪人技“攪乱鱗粉”!」
「怪人アゲハに手柄を取らせるかルキ。怪人技“目潰し発光”!」
左右の怪人が同時に怪人技を使う。
片方は年末歌合戦衣装のような大きな翅を羽ばたかせて、砂嵐レベルの鱗粉を吹き付けてくる。
片方は局部規制のごとき眩い光を全身に燈し、室内を白く染める。
地味にどちらも対処できていない面倒な怪人技だ。ガードされていない口で鱗粉を吸って咳き込み、仮面の視界は白く焼き付いた。
呼吸が難しく何も見えないため、下手に動けない。身を縮めてガード体勢を整えるぐらいしかできない。
「目が痛ァパピっ。光るな馬鹿怪人」
「ケフォゲフォ、そっちこそルキっ。粉っぽいんだよアホ怪人」
怪人同士で連携できていないため、互いの怪人技を俺と同じぐらいに受けてしまったらしい。全員がその場から動けず、怪人技が止むのを待つ。
そして、最初に活動を再開したのは俺だ。
怪人アゲハの体を持ち上げると、怪人プリンセスホタルに向かって投げつけてやった。
「ぐゥッ、第二ヒーローがこんなに強いと、聞いていないぞパピ」
「いや、お前等が弱いんだが」
近接戦闘をしてみた感想は、三体の怪人共の戦闘力はかなり低い。戦闘服の筋力強化で圧倒できてしまっている。
これまで対峙してきた怪人の中では弱い方に分類され、戦闘力は20もないとみた。
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▼怪人アゲハ
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“戦闘力:12”
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▼怪人キラービー
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“戦闘力:13”
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▼怪人プリンセスホタル
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“戦闘力:10”
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今までが激戦続きなだけであって、多くの怪人は一般人の十倍ぐらいの強さに留まるものなのかもしれない――十分に脅威ではあるのだが。もらった戦闘服の性能が異常とも言えるだろう。
「俺達を馬鹿にしやがってパピ。思い知らせてやる」
食器や椅子が散乱する現場から真っ先に立ち上がった怪人アゲハが、鱗粉をメイド服から落としながら取り出したのは、スマートフォンだ。サメ映画の検索画面を閉じて、何かのアプリを起動している。
「怪人アゲハ権限上限、mtHを100まで接続パピ」
仮面の機能で怪人の複眼をズームしてみると、眼に反射する映像が見えてくる。
補正機能で色合いを調整すると、怪しいアプリの課金ページっぽい画面が現れてくる。丸の中にいくつかの線が書かれた図と、100の数字。しっかり録画しておいて、解析は研究室で行うとしよう。
怪人の指が認証ボタンをタップする。
すると、指の力を緩めて怪人アゲハはスマートフォンを落としてしまった。前のめりに倒れる寸前までバランスを崩したが、完全に倒れる寸前に一歩足を強く踏み出す。
「――パピぃぃイっ。準備完了だ」
「だったら、殴ってもいいよな!」
怪人アゲハが顔を床から正面に向け直した瞬間を狙い、拳を繰り出す。
……頬を捕えた拳に、固い感触が伝わった。明らかに人間の頬の感触ではない。殴った手に痺れを感じるぐらいだ。
「こいつッ、固い!」
「第二ラウンドだパピ。第二ヒーローッ」
俺を見てくる怪人アゲハの形相は、人間的要素が薄れて蝶々の要素が強くなっていた。
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▼怪人アゲハ
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“戦闘力:12 → 22(mtH100接続中)”
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怪人の背中にある綺麗な翅が膨張して、これまで以上に大きく広がった。
巨大生物の目のようにも見える文様が、第二ヒーローを凝視しているかのようだ。




