VS.サーバー室
屋上に大きなアンテナが建っている、まさに本部という外観の建物を発見した。四階建ての長方形の大きな建物。新築とは言い難く、築年数は俺の年齢よりも上だろう。向こうにある住居用の建物の方が新しそうだ。
駐屯地本部の様子を探るべく、植木の影に潜んで人目を避ける。
夏祭りで忙しいからか、室内照明が点灯している部屋は少ない。歩哨の類がいるのは正面ゲートの中だけだ。
「さて、ここからはアドリブだぞ」
眼鏡先輩でも建物の図面までは入手できていないため、サーバー室の正確な位置は把握できていない。が、セキュリティ的には人の出入りが少ない場所を選ぶのがセオリーなので、最も人通りのある一階に設置されているとは考え辛い。
必然的に上層階か地下となるのだが、推測できるのはそこまで。水害を考慮しているのなら上層階となるのだが、地下の方が秘密基地っぽくはある。悩み所だ。
「……よし、地下を調べよう」
根拠はないが地下にした。そもそも、地下があるのかも分からないが、考えるだけ時間を無駄にしてしまう。
できる限り暗い場所を選んで建物の外壁に近づく。と、プラスチック製フォークを取り出して、切っ先でコンクリートに五十センチ程度の円を描き込んだ。窓の鍵の部分だけ切ればよかったのではと気付いたのは、侵入口が完成した後の事である。
切ったコンクリート壁を室内に押し込んだ時に、やや大きめの音が響いたのだが、まだ警報は鳴り響いていない。
エレベーターを発見したのに、監視カメラが天井にあって使用できない。仕方なく、扉がある正面からではなく、裏手の壁をくり抜いてエレベーターシャフトに侵入し、地下に下った。気分は銀行強盗に入る〇川五ェ門である。
ここまでで既に三十分は経過している。帰りの時間を考えるとあまり時間は残されていない。
「イィー《俺も盆踊りに出たかったなぁ》」
「イィー《そうだよなぁ。噂だと、大きな計画が今年中に発動されるらしい。来年は盆踊りできないかもしれないからなぁ》」
とはいえ、足音が近づけば身を潜める必要が出てくる。二人分の気配が遠ざかるのを待っているだけで一分消費してしまった。
「内部空間が思った以上に広い。クソ、このままだと間に合わないぞ」
猫の手も借りたい状況とは今の俺を示す。
暑さと緊張が合わさって汗の流れる量が増えていく。額から仮面の裏側を通じて滴る汗を拭うために、左手を無意識的に動かす。
……けれども俺の左手は、汗がばっちいのか触れようとしない。
代わりに取り上げたハンティングキャップも男臭さでは負けないと思われるのだが、何故、俺の頭に被せてくる。
「おい、ヒーロー活動中だ。ふざけるな」
『幼馴染:何よ! 手伝ってあげたのに』
スマートフォンまで持ち出した左手に文句を言う。ただの精神的外傷で幼馴染の行動をトレースしているだけの俺の無意識が、何を手伝ってくれると言うのだ。
『幼馴染:幼馴染バフよ』
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“怪人技:神は死んだ(ハンティングキャップ)・逆位置”
“カワハギ型怪人の怨念的な何かが付与された帽子。
対象を目視しながら帽子を床に叩きつけると、対象に降り注ぐ上位存在の干渉を否定、いわゆる加護や幸運を一時的に消失させる。単純に言うと、不運になる。
……ならば、相手に帽子を被せれば運が上昇するかも理論。一瞬だけ共感しそうになるが、それやっぱりおかしくない?”
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クソ、やはり俺の精神は大きな傷を負っているらしい。幼馴染が目の前で死んだのだ。このぐらいの奇行に走ってもおかしくはないか。
『幼馴染:ほら、私を疑ってもいいから、今はサーバー室を探す』
最後まで幼馴染を握っていた左手に、幼馴染の魂が乗り移る。
幼馴染が死後も俺をサポートしてくれる。
……馬鹿馬鹿しい。全部、俺の気の迷いであり、トラウマが特殊な発現をしているだけだ。
この特異なる症例は、幼馴染を失った事を信じたくない無意識の俺が、俺を騙してでも心を安定させようとするための防衛行動に過ぎない。
そして、俺の左手ごときが幼馴染を真似るなど、本人に対する冒涜だ。人形に死んだ人間の魂が乗り移ったと喜ぶ狂気と同類だ。決して許されるはずがない。
『幼馴染:私は気にしないって言っているのに』
「黙れ! 今はその論議をしたくない。一年間、治療に専念して得られた平行線だ」
ハンティングキャップを被ったまま、八つ当たり的に壁を蜻蛉切で切り裂く。俺の異常性を証明する左手をどれだけ憎らしく思っていようとも、斬り落とすだけの覚悟はないからだ。
斜めにスライドして倒壊する壁。
壁面の向こう側から、クーラーの冷気が漏れ出す。
「……えっ」
『幼馴染:あっ』
壁の向こう側に立ち並んでいたのは、サーバーパソコンを格納したラック。
つまり、そこがサーバー室である。
偶然であろうとも発見できてしまった。
迅速にハッキングツールをサーバーパソコンに突き刺して、情報採取を開始する。
ハッキングツールのLEDの点滅具合から、完了まで五分弱。待たされる側としては長く感じるが、普通に考えると異常な処理速度である。
『幼馴染:どういう技術? ログインパスワードや権限は?』
「先輩の謎技術。俺には真似できない」
終了一パーセント前に邪魔が入るというハプニングは起こらず、無事にハッキングは完了した。
ハッキングに成功した情報は、ツールをスマートフォンに接続すれば確認できるようになっている。政府軍の食堂の献立を間違って採取していては無駄足なので、内容を見ておく。
“――第二次中間報告書
大都会政府に接触した■■■■■なる存在が、人類以外の未確認の■■である可能性については継続的な調査と慎重な判断が求められる。
高度な専門知識が求められる調査委員会については、多方面の見識を有する■■■■、■■■の両名の参加が有望視される――”
“――第五次中間報告書
調査委員会の中間報告では、■■■■■は人類以外の■■■■■である可能性が高いと考えられる。■■■■■が提供した体組織の鑑定結果については別紙参照。
また、■■■■■は現在の人類の常識を超える技術、能力を有すると――”
“――第八次中間報告書
個体名■■■■■の申告によれば、同一存在が他に二体、計三体が地球上で休眠している。
調査委員会は、彼等を総称する名称として■■■■■■■を提案している。政府軍でも個体名■■■■■をコードネーム、タイプOKと呼称する事を審議しており――”
流し読みしている所為もあるが、検閲により黒く塗り潰された箇所が多く、何の資料なのか把握できない。
とりあえず今は、政府軍の中でも機密性が高い文章が採取できた事が分かっただけで問題ないのだが。ハッキングツールを大事にしまってから立ち上がる。
目的は果たしたので、急ぎ地上に戻るとしよう。
切り落とされた壁をまたがって廊下に出ると、エレベーターを目指す。
「イィー《やっぱり盆踊りに参加しよう! 夏は誰に対しても公平であるべきだ》」
「イィー《ああ、屋台のイカ焼きも食べようぜ》」
時間を気にして走ってしまい、来る時よりも注意が散漫になっていたのか。素通りするはずだったドアが開かれて、中から現れた人物と衝突しかけた。
「うぉっと、いきなり部屋から現れると危ないだろ……えっ」
「イィーっ《そっちこそ危ない。廊下は走るなと言われているだろうっ》」
政府軍の中にいる隊員に発見されてしまった。そうであるはずだというのに……俺と接触した相手は、黒い戦闘服を着た戦闘員である。
意外な場所でエヴォルン・コールと遭遇した所為で、足が動かない。
「戦闘員!? 馬鹿な、ここは政府軍の駐屯地のはずだろっ」
「イィーッ《お前はッ、甚平を着ているから盆踊り参加者か!》」
「イィーッ《盆踊り参加者が、どうして脱がし魔として戦闘員から恐れられている第二ヒーローの仮面を付けている。怖いだろ!》」
……おお、そういえば、甚平を脱ぎ忘れたままだった。




