VS.スケーリーフットの祖父
怪人事件に巻き込まれた事を理由に、石田ミカの握手会への参加をキャンセルする。こう五十鈴に伝えた。
おしゃれをしてくれた五十鈴には申し訳ないと思うし、男子大学生としても貴重な機会をふいにした気がしなくもない。けれども、今日はとても、アイドルと握手して幸せを感じていられる余裕はない。
怪人がアイドルの熱烈なファンであるという、人間と同じ行動と精神性を示した事。
その怪人を、強大な力を有するA級怪人が襲った事。
そのA級怪人を、仇敵たるホワイト・ナイトが止めた事。
そのホワイト・ナイトに見向きもされなかった事。
たった数十分の間に、色々な出来事が起き過ぎた。
そして、その出来事の多くに干渉できず屈辱を味わった原因は、今日の俺が一般人であったからだ。第二ヒーローとして戦いに参加していれば、もっと違う結果を得られたのかもしれない。
「申し訳ありません。怪人に追われて汗だくで、雨にも濡れました。こんな状態で握手会に参加するのは厳しいので」
「二郎さんの所為では……。落雷で電車の運行もストップしていますから、諦めましょう」
「帰り道は一人で大丈夫ですか?」
「はい、二郎さんこそお気をつけて。その、とても……怖い顔をしていますよ」
俺は俺の物ではない握手会のチケットを握り締めながら、駅から離れる。
帰宅先は当然、大学の研究室だ。春都と眼鏡先輩に顛末を伝えて、早急に第二ヒーローの活動体制を整える必要がある。
職務質問されかねない顔をした二郎を一人で帰宅させてよかったのか、と五十鈴は自問していたが、二郎の背中はもう見えなくなっている。いまさら後悔しても遅い。
「……二郎さんには秘密がある。私の海賊版っぽい白い怪人の名前を知っていて、酷く憎んでいる」
五十鈴も二郎本人に構っている余裕がある訳ではない。
エヴォルン・コールの上位怪人と戦う頻度が急激に増している事に、強い危機感を覚えている。急ぎ、スケーリーフットの強化を図らなければならない。
何よりもまず、怪人雷獣太の電撃対策は必須だろう。いちいち、体が痺れていては戦いにならない。絶縁素材を工務店で購入して体に取り込むのが手っ取り早いが、背面ブースター等の制御を任せている戦闘補助AIについてはパルス対策を施した改良版を用意してもらう他ない。
防御だけではなく、攻撃についても改善の余地があるだろう。
金銭面で決して裕福とはいえないヒーローとしては辛いが、以前に中古ショベルカーを購入した店から質の良いボーリングマシンが入荷したと連絡が入っている――女学生が園芸用と言って重機を購入しても、無表情で応対してくれる優良店だ。五十鈴が服屋の次に気に入っている店でもある。
「戦力強化は急務だけど、まずは二郎さん。私を脅してきた幼馴染も、何となく二郎さんと繋がりがありそう。……大学病院にいるおじい様なら調べられるはず」
五十鈴が足を向けた先は、大学病院である。
五十鈴が在籍している大学と隣接した場所にある大きな病院だ。病院の最上階にはビップが入院するための豪華な個室があるのだが、五十鈴の祖父はそこに入院している。容態は良いとは言えないものの安定している。少なくとも、ヒーロー稼業の裏方を一人で務められる程には元気らしい。
「おじい様にあまり負担はかけたくないのだけど。仕方がない」
五十鈴の祖父が、ホテルのスイートルーム級の宿泊費を請求されるはずの病室に入院し続けていられるのには理由があるからだ。
五十年前、歴史に名前を残す程の万能の天才が二人、学生として在籍していた。
一人は、五十鈴修。五十鈴の祖父である。
一人は、後藤健。
頭脳明晰なる二人は互いをライバル視し、いがみ合い、蹴落とそうと張り合った。成果を量産した。しかし、五十年経っても決着はついておらず、今もどちらの頭脳が上なのかを試している。
二人の天才は結果的にであったが、大学に数々の貢献を果たしている。それゆえに現在も優遇されているのだ。修の方は一時期、教授を務めていた事もあり、プロフェッサー・I、と呼ばれていた時期があった。
『豆腐屋の自家用車に偽装したAI車が、まもなく到着します』
ヒーロー補助AIから、五十鈴にだけ聞こえる声で連絡が入った。駅のロータリーに、それらしい車両が到着していたので五十鈴は乗り込む。
「おじい様がいなければ、私はヒーローとしてエヴォルン・コールと戦えなかった」
スケーリーフットがほぼ単独でヒーロー活動を行えるのも、五十鈴修が孫のために用意したAI群がバックアップしているからである。
孫を甘やかせる五十鈴修は、孫にとって良い祖父と言える。
孫を怪人と戦わせる五十鈴修は、孫に対して悪い祖父とも言える。
しかし、五十鈴修の真意について、五十鈴響子は訊ねた事はない。
予定時刻よりも早く戻った俺を、春都は不審がらずに出迎えた。
「二郎、握手会が中止になって残念だったな」
「握手会が中止?」
「ネットニュースに上がっていたぞ。怪人が駅を停電させて環状線全体に影響が出ているためだと」
電車の停止により、大都会全体で交通網が麻痺しているらしい。タクシーで移動したはずの石田ミカも、結局は交通渋滞に捕まってまだ現地に到着していないらしい。
『ミカ:皆が車で移動するから、渋滞ばっかりーっ』
LIFEでも本人がコメントしていた事に今、気付く。
俺が行かなくても握手会は延期になっていたのか。チケットが払い戻しになる分、得かもしれないが、俺の握手会チケットは家宝にするので金には代えられない。
「握手会がなければ、五十鈴さんと遊びに行けばよかったのに」
「春都。A級怪人が現れた。ホワイト・ナイトもだ」
「……嘘だろ?」
嘘なものか。実際にこの目で見ている。
「二郎……また、怪人事件に巻き込まれたのかよ。そろそろお祓いしてもらえよ」
またって言うな。出かけるたびに事件と遭遇する厄災のごとき探偵とは一緒にするな。
俺が悪いのではなく、エヴォルン・コールの活動が活発化しているのである。つまり、怪人に対抗する第二ヒーローも行動を起こさなければならない。
眼鏡先輩にも現状を報告しなければならない。そう思って研究室の奥部屋へと目を向けると、タイミング良く先輩が現れた。
「――第二ヒーローっ! 次の目標だ。政府軍の駐屯地に潜入して欲しい」




