VS.大都会ディスイズニーランド 4
『春都:ノー・トラスト・キャッスルにあるエレベーターが、悪の秘密結社のアジトに通じるルートです』
『二郎:なんと!』
二十分弱で戻ってきた春都は、重大情報を掴んでいた。大都会ディスイズニーランドが怪人に支配されているという値千金の情報だ。
流石は俺の親友である。心の友と書いて春都と読む。
『二郎:ちなみにソースは?』
『春都:安心しろ。先輩にだけ伝えてある』
何故か俺にだけ情報源を教えようとしないのが解せないが。こいつ、本当に俺の親友なのだろうか。突然、身の丈に合っていない重大情報を得るとか怪しいな。
『春都:ただ、エレベーターを動かすためには合言葉が必要らしい』
『恭介:……合言葉と聞いて改めて確認したのだけど、【6-よ】という意味深な文字が写真に写っていた』
合言葉という情報を聞いて、眼鏡先輩が新しい情報を書き込んでくれた。
それなら俺にも心当たりがあると、液晶をプッシュする。
『二郎:【1-し】という文字なら俺も発見しましたよ。合言葉は断片化して園内に散らばっているのでしょうか?』
『恭介:そういう噂がマニアの間で広がっているらしい』
『春都:英字が基本の園内でひらがなは、可能性が高いと思います』
『恭介:二郎君、発見場所を教えてくれるかな?』
俺が発見した文字はタウンエリアの中央付近。眼鏡先輩はフォレストエリアの奥。
無料配布されているパンフレットのマップページを開いて、土産屋で購入したニー君のボールペンで丸を書き込んでみる。
残念ながら、パっと見ただけでは距離が離れているとしか分からない。時計の数字と関係があるかとも思ったが、角度がやや異なる。
『二郎:数字と発見場所に関係はあるのでしょうか?』
『恭介:数字はアナグラムを避けるための番号の可能性もあるけど、場所にも関係していると僕は思う。この合言葉はゲストを遠ざけるものではなく、少数のゲストを呼び寄せる罠と想定される。あまりにも複雑な暗号では、誰も秘密のアトラクションに到達できないからね』
第二ヒーローチームのブレーンは頭の回転が早い。
眼鏡先輩が聞いた噂話では、秘密のアトラクションに到達するためには園内に隠された合言葉が必要になる。春都との話と一部が合致している。
更に噂話では、秘密のアトラクションを訪れたゲストは戻って来ないらしい。
ゲストが戻らない秘密のアトラクションの噂を流せる人物は、アトラクションの運営に他ならない。噂を流したという事は、運営は少数のゲストだけに到達して欲しいのだ。
『恭介:配置的に、合言葉は多くても十文字ぐらいかな』
合言葉を探すヒントは限定されている。数字と合言葉の文字が隠れている場所に関係性ぐらいないと、誰も隠しアトラクションに到達できなくなってしまうだろう。
ただし、地図上の位置と数字の順番が一致しているか否かは、最低もう一つは文字を発見しないと確信できない。
確信を得るために調査範囲をランドの半分、【1】と【6】の間に絞り込む。主要なアトラクションや、人気キャラクターが訪れる場所を優先して文字を探す。
『二郎:すぐに移動します。春都は移動距離が一番長いから急げ』
『恭介:文字を発見した時点で即時連絡。数字と場所に相関関係があれば、残りの文字を探すのが簡単になる』
『春都:言われる前からもう移動だぞ』
俺はタウンエリアを反時計回りに移動して各所を巡る。
魚介が売りの大きなレストランは早食いで済ませられたものの、列に並ばなければならないアトラクションは時間がかかって仕方がない。午後になってゲストの数が増えたのも悪条件となっている。
こうなれば、裏技を発動するだけ。アトラクションから出てきたゲストに突撃取材を行い、妙な文字がなかったかを訊ねるのだ。二度と出合う事のない人間相手に恥ずかしさなど感じていられない。
出口付近で待ち構えた。
少々の時間の後、建物から現れた女二人組へと聞き込みを敢行する。
「少しお時間をいただきます。アトラクションの中に、数字とひらがなを組み合わせた文字はありませんでしたか?」
「…………はぁぁ。また、貴方ですか。二郎さん」
女の一人に目を細められた後、嫌な相手と遭遇した時の顔で睨まれる。
確かに俺は不審人物かもしれない。が、人の顔を見て溜息をつくとは失礼な女だな、五十鈴響子。
まあ、共感はできる。俺だって、出合いたくない女暫定一位がアトラクションから出てくるとは思っていなかった。ピンクで可愛い建物でありながら、ここはホラーハウスだったらしい。
「え、二郎さんってキョーコ。……うわ、今週も現れるなんて、やっぱりストーカー?」
「……名前を知っているだけの他人よ。行きましょう、モモ」
「ちょ、ちょっと待ったっ! 行く前に答えて欲しい。どこかで妙な文字を見ていないか?」
一度、遭遇したのならとことん聞いてやる。これ以上、嫌われる心配のない女ほどに話しかけ易い人間はいないではないか。
「しつこい」
「大事な事だ。嘘ではなく、人命にかかわる」
機嫌が氷点下まで下がっている五十鈴であったが、ついに、生来の律義さが失われる事はなかった。
思い出すように頭上を見上げた後、五十鈴は渋々と答えてくれる。
「【2-ん】という文字なら、あった気がします」
三つ目の文字の発見場所をマップに書き込む。
【1-し】と【2-ん】は近くにあって、【6-よ】は遠い。
ノー・トラスト・キャッスルへと線を伸ばして角度を測れば、数値との相関が見えてくる。
『恭介:【1】から【2】の角度は四〇度。【1】から【6】の角度は二四〇度。合言葉は九文字だ』
眼鏡先輩は分度器でも携帯しているのだろうか。
文字の位置はおおよそ予測できた。巨城からの距離は一定ではないが、四〇度ごとの線の上にあるアトラクションやモニュメントはかなり限定される。
『二郎:【3-か】を発見。タウンエリアとフォレストエリアの境目にあるアーチゲート』
『恭介:【5-の】が滝に落ちる直前に書かれてあったよ』
『春都:【7-び】を見つけた。人形が看板を持っていた』
発見報告が次々と舞い込んでくる。発見した文字と、恐らく九文字だろうという予測を組み合わせると――、
【1-し】
【2-ん】
【3-か】
【4-?】
【5-の】
【6-よ】
【7-び】
【8-?】
【9-?】
――となる。
『二郎:しんか? のよび?? ……新歓の呼び込みか! もう八月なのに遅くないかっ』
『春都:違うぞ、二郎。八月なら、新刊の予備なし。つまり、同人誌の発行部数に制限があるという意味になる』
『恭介:……もうすぐ揃うから、当てずっぽうで考えるよりも探した方が早いと思うよ』
眼鏡先輩の言う通りなので、俺はこのまま【4】を探し出す事に専念する。汗を流しながら走って、言葉が隠されていそうな場所へと急行だ。キャスター付きとはいえ、キャリーバックがかなり邪魔である。
到着したのはフォレストエリアにあるフラワーガーデン。
ひまわりの花で満たされた丘は絶好の撮影スポットとなっている。それだけ綺麗だと花壇の面積が広大で、文字が隠されていそうな場所が多いのだが、泣き言は言っていられない。
額から流れ落ちる汗を拭う。記念なのでスマートフォンで絶景を記録してから、花壇の中に向かおうと――、
「――なるほど。最後は【い】ですか。下を向いたらすぐに分かりました」
――ふと、見た覚えのある日本人形風の女と擦れ違った。耳元に彼女の独り言が聞こえてしまい、足を急制動させて振り返る。
残念ながら、ゲストの波に女の姿は消えており発見できない。
「下??」
嫌に耳へと残ってしまった女の言葉を考える。下を向いたらすぐに分かるというのは、どういう事か。
足元には方角記号と、立ち位置を示すための靴跡っぽいものがある。
ひまわりは太陽の方角を向いて咲く花で、朝は東、昼は南、夕方は西へと方向を変えていく。現在は昼を過ぎたぐらいなので南向き。北の方角を示す4に似た記号の尖った先に花壇がある訳だ。
「……あ、4ってこれか。という事は、俺が踏んで立っている靴跡が【い】になると」
女の独り言がなければ時間を無駄にしていた。擦れ違う瞬間、耳元近くで絶妙に聞こえてきたので、囁かれたと勘違いしてしまいそうになるが、そんなはずはないだろう。
スマートフォンで発見した文字を撮影、LIFEにアップする。
『二郎:【4-い】です』
『春都:【8-ご】だった』
『恭介:【9-え】だね』
ほどなくして、すべての言葉を集め終えた。
繋ぎ合わせて読み上げると、ある言葉になる。
【1-し】
【2-ん】
【3-か】
【4-い】
【5-の】
【6-よ】
【7-び】
【8-ご】
【9-え】
「……深海の呼び声?」
声にして読むと、海がモチーフの恐怖系アトラクションの名前にありそうな合言葉が完成していた。
期待外れというのとは少し違うが、悪の秘密結社と関係がありそうな言葉ではない。テーマパークを占拠している奴等が全員、海産類なら納得できるかもしれないが、やや釈然としない。
『二郎:城に直行します。二人は近場で待機を。ピンチになったら切り札を使います』
直下から見上げたノー・トラスト・キャッスルの存在感は、遠くから見るよりもはるかに大きい。実際の高さは日本一の電波塔たるスカイ・バンブーよりも低いはずだが、それでも大きい。顔を上げている俺の方向へと落ちてきそうな錯覚を覚えてしまう。
これだけ大きいというのに、現在、ノー・トラスト・キャッスルはシンボルとしての役割しか有していない。
過去には、城の中を巡り、悪い魔女を倒すという団体ツアー形式のアトラクションがあったはずだ。俺が子供の頃にはまだ行われていたので、きっと、幼馴染の奴にせがまれて参加したはずだというのに、記憶に残っていない。酷く残念である。
『幼馴染:勇者メダルが貰えなくて泣いた奴―っ』
「黙れ。過去は忘れた」
廃止されたアトラクションが眠る城だからこそ、その地下に隠されたアトラクションがあると知ればゲスト達は合言葉を意欲的に探してしまう。まるで誘蛾灯に誘われる羽虫のように。
『幼馴染:地下に降りたら、もう戻れないわよ。そんな装備で大丈夫?』
「第二ヒーローに着替えて挑みたいが、それだとエレベーターに乗った時点で敵にバレバレだ。このまま行く。出たとこ勝負だ」
『幼馴染:……このまま帰ればいいのに、私なら、そう言うはず』
エレベーターの入口を発見するのは、そう難しくなかった。茨の壁に隠れた外から見え辛い位置にあるが、それだけだ。入口は手で開けられた。
ただし、中に入ってボタンを押しても反応はない。そもそも、地下に移動するためのボタンがなかった。
“――地下を目指す汝。汝が我々の仲間であるのならば、不死である――”
動かないエレベーターの操作パネルには、そのような注意書きがなされている。最後の最後で新たな謎が付加されてしまった。
考えてみたものの、答えは浮かばない。フレーバーテキストの可能性もある。
とりあえず、合言葉を言ってみる。合言葉が間違っていたらエレベーターが動かないだけだろう。
意を決した俺は、集めた合言葉を声にする。
「しんかいのよびご――」
『幼馴染:……違う。その合言葉は誘引されたゲストのもの。奴等用のものは不死、【4】はいらない。間違えないで』
――突然鳴ったスマートフォンを見ると、幼馴染が警告してくれていた。
ありがたいと心の中で感謝しながら、改めて合言葉を言い放つ。
「しんか、のよびごえ。……進化の呼び声」
悪の秘密結社、エヴォルン・コール。奴等を示す合言葉への反応はすぐにあった。というか、ピンポーンという音が鳴った。
エレベーターの扉がガシャリと閉じられて、稼働音と共に足元が揺れる。
外の光が見えなくなった瞬間に、天啓を受けるがごとく察知した。地下では、これまで以上に厳しい戦いが待っていると。
俺は戦いに備えて、右手に持ったスマートフォンを仕舞う。
……そして、無自覚に左手で握り締めていた、俺のものではないスマートフォンに目を向ける。
そのスマートフォンは傷だらけだ。画面が砕けて、一部分が熱で溶けてしまっている。そんな壊れかけのスクラップの癖に、自分のスマートフォンより大事なのだ。持ち主はもういないから、俺が大事に所持するしかない。




