VS.大都会ディスイズニーランド 3
急ぎ足であったが、フォレストエリアを探索し終えた上杉恭介。彼は今、定期連絡を前にスマートフォンで撮影した画像で探索した場所を振り返っている。
「……AIでは自動判別できない。特殊な物で溢れるテーマパークで使うなら、専用の学習を行わせないと駄目か」
戦闘員や怪人の一部でも撮影できていれば、瞬時にピックアップするAIを準備していた恭介であるが、役立っているとは言い難い。怪人と誤認識した着ぐるみばかりがヒットしている。
「後輩達に良い報告はできないとは、面目ない」
液晶に集中し過ぎて酷使したからだろう。恭介はスマートフォンを置いて、眼鏡をずらし、目尻を押さえてマッサージを開始した。
なお、スマートフォンはテーブルに直接置かれていない。長方形の厚紙の上にある。
厚紙は写真フォルダーだ。中の写真は、コースターに乗っていた恭介を激写したもの。アトラクションの出口付近で売っていたのを買い取ったものだった。
撮影不可能なアトラクションの内部を写した唯一の写真であるが、恭介はまだ見ていない。
眼鏡を曇らせて、無表情となっている恭介。
彼の背景にあるモニュメントには【6-よ】という文字が掘られている。
昼休憩中に、二回目の定期連絡をLIFEで行う。
『二郎:定期連絡。まずは本人確認のための符号を』
『恭介:幼馴染は』
『春都:負けヒロインではない』
『幼馴染:よし、全員本物ね』
『春都:……誰だ今の』
俺が発見した手掛かりはなし。眼鏡先輩と春都も同様らしい。
「成果がないとモチベーションが下がってしまう。怪人がいるという確信が欲しいところだ」
同じ砂浜を掘る作業でも、意味もなく掘るのと、宝が埋まっていると知ってから掘るのとでは効率が段違いだ。
購入した魚肉ハンバーガーを食べながらメッセージを打つ。
『二郎:午後はエリアを交換してみますか?』
『恭介:同じ人間が同じエリアにいるのも不自然だから、賛成するよ』
『春都:同意』
しまった。液晶が汚れてしまった。
指を拭かずにスマートフォンを操作してしまったのを後悔していると……春都から追加メッセージが届く。
『春都:あ、少し待ってください。手掛かりを発見した、かも』
LIFEに素早くメッセージを打ち込んだ春都は、ベンチに一人で座っている、さる人物へと近づいていく。
シーエリアの中央に存在する広い人工海。その海上で現在進行形で開催されている海軍と海賊の白兵戦を鑑賞するために、多くのゲストが柵へと詰め寄っている。
そんな中、人の壁に遮られて海の見えない木陰のベンチに座っていたのは、夏場に暑そうなモコモコ帽子を被った長髪の女だ。多くの人間とは異なる行動を取っている事と、それ以上に、〇ーテルのような帽子が目立つお陰で、春都は一度しか遭遇していない相手を発見できたのである。
一人分のスペースを空けて、春都は帽子女の隣に座る。
横目で秘密裏に窺った帽子女の顔色は、真冬の寒さに凍えているかのように青かった。
「……ごほん」
春都はわざとらしい咳をしてみるが、帽子女に反応はない。
俯いているので、帽子女は気付いてすらいない。
話しかけてみるべきか。こう春都は思ったものの、どう話しかけるべきなのかが分からない。春都は立ち食い蕎麦で隣り合った女を覚えていたが、女は春都を覚えていないだろう。一方的に相手を覚えていて、親しく擦り寄るなどストーカーのそれと同一だ。頭のネジが抜けている二郎には行えても、春都にはできない所業である。
それでも、不肖の友人を見習うとすれば、一度決めた事を投げ出さないところだ。
「そんなに怖いアトラクションがありましたか。シーエリアにはお化け屋敷も絶叫マシーンもないはずですが」
「…………私に、話しかけていますか?」
「怖い思いをしたという自覚があるのなら、そうじゃないですかね」
春都と帽子女の傍には、魚の頭を模した自販機が設置されている。種類が妙に少ないもののお茶は売ってある。夏場なのでホットは売っていない。
二本購入した春都は、一本を帽子女の傍に置く。
「午後に向かうアトラクションの参考にしたいので、教えてくれませんか? 話せば、楽になる事もあるでしょうし」
帽子女は一瞬、春都の顔を見た。人畜無害――某、二郎と比較して――な大学生の顔に悪意は一切ない。
ナンパにしても、自分のような女に声をかけてくる旧人類はいない。こう女は考える。春都の言う通り、言葉にすれば楽になるのかもしれないと追加で考えて、口を開く。
「……私の感想は参考になりません。昔は確かに夢の国だったはずなのに、今は違うから。夢は夢でも、悪夢で出来てしまっているから。地上の構造物はすべて霧に映った虚像です。旧人類を楽しませる遊具の後ろに隠れている存在は、善意はあっても、善性ではないから」
「運営会社が変わったなんて話、ありましたっけ」
「……私に言える事はただ一つだけ。私みたいな虫けらに飲み物を分けてくれるような貴方は、早く家に帰るべきです」
意気消沈してしまっている割には饒舌な帽子女に、春都は少し悪気を感じていた。自動販売機のお茶はそこそこ高かったものの、ここまで明確な情報を提供してもらう程の値段ではなかった。
取引は適正価格で行われるべきである。
過剰な情報提供の代価を、春都は支払う。
「――心配ありませんよ。このテーマパークに悪夢が蔓延っているなら、それをぶち壊しにしてくれるヒーローは、きっと現れます」
春都は意識的に口を滑らせて、帽子女に伝えてしまった。
「旧人類さん。スケーリーフットをあまり当てにしない方が、将来的に辛くありませんよ。あのヒーローの戦闘力は、おおよそ分かっていますから」
「スケーリーフットについては分かりません。ただし、第二ヒーローは必ず」
悪の秘密組織と関係ありそうな女に、重大な情報を伝えてしまうミスを犯してしまった。
帽子女は一瞬で呆気にとられた表情を作り上げる。第二ヒーローという部外者の名前を聞いた瞬間、恐怖に染まった顔色が少しだけ好転してくれた。春都の思惑通りだ。
「何を……いえ、冗談にもなりません。第二ヒーローのようなアマチュアが現れたところで、犠牲が増えるだけです」
「ええ、もちろん。貴女を笑わせるための冗談です」
「全然、笑えません」
いちおう、春都は冗談を言った事にして話を繕ったものの、帽子女が不審に思わないはずがない。今後の第二ヒーローの活動を揺るがす失言である。一番困るのは二郎なので気にしない、というのが春都のスタンスだ。
春都は伸びをするように立ち上がる。帽子女の恐怖を、第二ヒーローという変な奴で上書きし終えて、用事は済んだ。
「冗談だと思ってくれたのなら、静観を。第二ヒーローは狂犬みたいな奴なので近づかないように。では」
離れていく春都へと声をかけた帽子女。
「……待って。あっち――」
女の細い指先にあるのは、ランドの中心に聳える巨城だ。
「――ノー・トラスト・キャッスルのエレベーター。停止していますが、合言葉を言うと地下に行けます」




