VS.大都会ディスイズニーランド地下
夢の国の地下に広がる秘密の空間。
華やかな地上とは異なり、水銀灯に照らされる工場のごとき大空間がそこにあった。まるで何かの製造ライン、生産プラントである。
「――ごめんくださーい。A級怪人、マヨ様の使いでやってきましたー。誰かいらっしゃいますかー?」
訪問者らしき女が、声を上げて人を呼んでいる。夏本番だというのにモコモコした帽子を被った長髪の女だ。
女の声に気付いたのか、赤い甲殻の怪人が控室から顔を出す。
「本部からの伝令ザリ?」
現れたのはハサミと長い髭を有する、甲殻系の怪人だ。甲殻の上に白衣を羽織って、鼻先に小さな眼鏡をかけている。
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▼怪人ホロカアムシペ
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“戦闘力:31”
“怪人技:緊急後退”
“ザリガニと女研究員を合成して生み出した怪人。
エヴォルン・コールの前身となった組織の研究員として参加していた女が、自らを実験台にした結果誕生した怪人。人間だった頃からドクトル・Gの助手として働いていた”
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肩をほぐすように複数ある腕を回しながら現れた人間大のザリガニは、寝起きらしい。
訪問者の帽子女に応対する前に、壁際に設置してある自動販売機でコーヒーを購入し一服している。気だるげに髭を揺らしていた。
「いえ、本部からではなく。マヨ様の所でお世話になっている、B級怪人の安田です」
「……旧人類だった頃の名前はいい加減、捨てなさいザリ。そんなのだから、体が旧人類寄りのままなのよ」
「マヨ様からはミシェル・スパイダーという名前をいただいていますが、まだ慣れなくて」
「派閥の差ザリね。まあ、よそ様の事はいいわ。それで何の用事?」
安田と名乗った帽子女も、立派にミシェル・スパイダーという怪人名を有しているようだ。外見上は人間そっくりなのだが、中身は異なるらしい。
ほぼ人間的な特徴を失っているザリガニ怪人からすれば、旧人類だった頃の未練を残した情けない姿なのだろう。ただ、人間に近い姿というのは都合が良い場面が多い。人間と同じように行動しても怪人と疑われずに済む。戦闘員は外出時に薬を必要とするが、安田にはその制約がない。そのため、安田は上役の怪人から使いを頼まれる事が多かった。
今回、安田が大都会ディスイズニーランドの地下を訪問したのも、使いとしてだ。
魚類系怪人の総本山に、虫系怪人派閥から謝罪のために派遣されている。安田の手には高級菓子の紙袋と、虫系怪人の首魁が直筆した手紙が携えられていた。
「搬入予定だったソファーですが、作戦失敗によりキャンセルとなりました。今回はご迷惑をおかけした謝罪に」
「その事なら、私にではなくミズチ様に直接伝えるべきザリ。この時間なら……、隠しアトラクションを監督しているはずよ。案内するわ」
安田は隠しアトラクションと聞いて、内心ワクワクする――帽子の毛が細かく揺れているので外から見てバレバレだが。人間だった頃には一年に一度は訪れていた遊園地だ。公開されていない、一部のマニアしか知らないアトラクションがあると知れば、笑顔になってしまうのは仕方がない。
「この派閥には、戦闘員さんがあまりいないのですね」
「代わりがいるからザリね。本部から派遣されていた戦闘員も、全員帰還してもらった」
怪人ホロカアムシペは安田の楽し気な様子に興味はなく、複雑な地下空間を先導して案内する。区画をまたぎ、脇道を曲がり、現れた階段を上がっていく。
階段の先には鉄扉しかない。
目的地はその向こう側らしく、怪人ホロカアムシペはハサミで器用にカードキーをかざして解錠していた。
重い鉄扉を押し開くと……巨大なウツボの目が二人を出迎えた。
獰猛な肉食魚の視線を向けられた安田は「ひァっ?!」と可愛らしく声を上げ、瞬間的にその場から退避。帽子から赤い点を複数輝かせて天井に張りついている。
「A級怪人ミズチ様。天井にいるのは他派閥からの使いですザリ」
「怪人ホロカアムシペ、案内ご苦労。丁度、一階にゲスト達が集まっている。見学してもらいなさい」
ウツボの目が奥に移動したので、安田と怪人ホロカアムシペは目的地、一階を見下ろせる観覧席へと入室できた。
観覧席と称しているが、着席するための椅子はない。立ったまま、一階の様子を眺めるだけ。光も非常灯が足元で灯っているのみだ。一階に現れたゲスト達を過剰に刺激しないための処置である。
観覧している人物も少ない、というか、二人が現れるまでは一人しかいなかった。ただ、その一人が大きいのだが。
大都会ディスイズニーランドを統べるA級怪人ミズチは、巨大だ。体長十メートルに達する巨大なウツボが、獰猛な眼光で一階を見下ろしている。
ゲストは二階部分にいる彼を見てビクりと震えるが、大きい彼を本物とは思わない。アトラクションに飾られている動く人形と勘違いしていた。
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▼怪人ミズチ
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“戦闘力:?”
“怪人技:?”
“エヴォルン・コールが誇る三体のA級怪人の一体。
姿は巨大なウツボであるが――。
その恐るべき戦闘力はヒーローに匹敵すると言われている”
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「午前の部のゲストが現れたところでね。私はここのアトラクションの悪役、深海に住まう大ウツボという設定を演じている最中という訳だ。すべて終わるまで声は小さく願いたい」
体格の割に、怪人ミズチの声は理性的だ。ダンディーな大人の男の声質で静かに喋っている。
旧人類の頃は四十代前半の男性だったらしいが、面影は一切残っていない。
「ここが、隠しアトラクション??」
安田は帽子だけ縁から出して、一階の様子を覗き見ている。
一階には透明な円柱型の小部屋が二列、十器ずつに並んでいた。
中には座席が一つだけ。一人一部屋で参加するアトラクションと思われるが……妙なうすら寒さがある。一階も電灯は少なく、円柱の中のみが照らされている状態でゴーストハウスに近いから、というのは副次的な要因だ。
「……水族館の水槽みたい」
「虫型怪人にしては良い着眼点だ。ここのモチーフは水族館の裏側となる」
ゲスト達は円柱部屋へと自主的に入っていく。
機械音声のアナウンスに従い、疑いなく入っていく。
“――本アトラクションでは安全のため、手荷物等は室外のロッカーにお預け願います。また、暴れた際にお怪我をしないように、座席の固定ベルトは足、胴、腕、胸、頭と存在します。係員が固定をお手伝いいたします――”
ゲストは皆、公にされていない秘密のアトラクションの開始を待ち望んで楽しげだ。
少し前まで、安田も同じ表情を見せていたはずだが……二階からの光景に妙な違和感を覚えて、頬にあった笑窪を無くしてしまっている。
二十器ある円柱部屋の十九器まで埋まった。
残り一器には、二名の係員で運ばれる中年男が格納された。ハンティングキャップを被った悪人面の中年であるが、今は悪事を働けないよう手足を縛られているらしい。
「ここは、どこだァ?! エイリアンの巣なのかッ!! 出してく……ヌヌーッ」
猿轡をされた中年男は、大人でありながら酷く怯えて、涙目だ。
「あの、あの人は?」
「園内で置き引きを働いた悪いゲストだよ。ああいう手合いは、警察に手渡しても犯罪を繰り返す。迷惑を続けられるぐらいなら、私達の実験動物になってもらうのが有効な使い道だ」
「実験、動物??」
「実験動物はやや語弊があった。この施設であれば失敗はないのだから、死ぬ危険はない。犯罪に手を染めていながら、優先的に新人類と成れるのだから恵まれているとさえ言える」
安田が真実を聞き返す暇は与えられなかった。
二十器の円柱部屋。
……いや、二十器の怪人化槽の中へと、紫色の液体が流し込まれていく。浸水に気が付いたゲスト達は抗議しながら暴れたものの、複数のベルトで座席に固定されているため脱出できない。
二十人の叫ぶ声が、地下空間で反響した。安田が耳を手で覆ったところで聞こえなくなる音量ではない。
しかし、悲鳴は続かないから安心だ。
頭頂部まですっぽりと液体に浸されたゲスト達は、もう叫ばない。やかましくない。肺に残された酸素を喪失していき、仕方なく口を開き、液体をたらふく飲んでしまう。地下はいつもの静けさを取り戻した。
「この派閥ではッ、何をしているのですか!?」
「いいや、ここからが本番だ」
すっかり動かなくなってしまったゲスト達は、ミズチの言葉通り、一斉に手足を動かして痙攣し始める。ベルトと皮膚が擦れて血を流し、中には骨折してしまった者もいたが、構わず暴れる。
苦痛に彩られた時間は、体の変化率の上昇と共に穏やかになっていく。
一分少々の時間で、ゲスト達は全員落ちついた。
「――え、あの姿、はッ」
……違う。もうそこにはゲストはいない。
皮と骨だけとなったやせ細った体に、魚の面持ちを持つ怪人が座っている。
眼球を失った虚ろな瞳が、呆然と天井を見上げている。
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▼怪人ニボシ
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“戦闘力:5”
“怪人技:無”
“弱毒化した怪人化薬を用いて怪人となった旧人類。
命じられた事を忠実にこなすが、自我は薄く目は虚ろ。怪人化によって体の筋組織は強化されたが、強化に耐え切れず多くが壊死したため虚弱。戦闘力は怪人とは思えない程に低い。
怪人としての適性が薄いため怪人技を有さない”
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「――――うッ、げふぉ。げ、あぁァ!」
「……ニボシ型怪人が多い。残念だ」
一階での出来事、旧人類の一斉怪人化を目撃した安田はその場で胃の中身をすべて吐き出す。
「なんて、酷い事をっ。こんな狂気は、許されませんッ」
「他派閥の虫けら風情が言ったものねザリ。魚の餌にしてしまおうかしら?」
「……落ち着け、お客怪人に怪人ホロカアムシペ。批判は当然。しかし、私達の行為に後ろめたいものは何もない」
怪人化を完了したため、控えていた係員――これも、容姿に注目すれば怪人ニボシだ――が新たな仲間を迎えに動いている。
「ドクトル・Gの進化計画では助からない命があまりにも多い。弱肉強食主義の雷獣太の派閥は言わずもがな。マヨの派閥は旧人類の自尊心を溶解させる。一方で、私達の方法ならば、少なくとも犠牲者はいない。ニボシとなる割合も、実験を繰り返す事により減少傾向にある」
怪人ミズチの言葉に嘘はないのだろう。
ある怪人化槽では怪人ニボシではない何か、ピチピチと跳ねる平べったい怪人が誕生している。器用にハンティングキャップを被っているのが特徴的だ。
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▼怪人スキンヘッド
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“戦闘力:19”
“怪人技:神は死んだ”
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別の怪人化槽では、やや小ぶりなものの将来性ある怪人が誕生している。
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▼怪人新卒モジャコ
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“戦闘力:10”
“怪人技:出世意欲”
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「本部の力を借りず、独自に戦力を増強しつつある私、怪人ミズチ率いる魚類系派閥こそが新人類にふさわしい。クモのお嬢さん、そう思わないかね?」
怪人ミズチは巨体を動かさず、視線のみで安田に問う。A級怪人の戦闘力で威圧する必要はなく、自分達こそが正しいと信じた真っ直ぐな目だ。
獰猛な目とは思えない程に悪意は一切感じない。恐ろしくも善意しか感じ取れない。だからこそ、恐ろしい。
辛い味に汚れた口を拭う安田は、肯定も否定もできずに俯く事しかできない。
“――本アトラクションはこれにて終了です。新しい新人類の皆様、新生おめでとうございます。繁栄する次の種族として、共に地球を盛り立てていきましょう――”




