VS.大都会ディスイズニーランド 2
タウンエリアに現れたディスイズニーキャラクターの追跡を続けた結果は、芳しいものではなかった。残念ながら、悪の秘密結社に繋がる事実を何一つ発見できなかった。
「まさかニー君の前職が冒険者だったなんて。矢を受けて泣く泣く退職するしかなかったのは可哀相」
「モモの衝撃はそっち? 個人的にはエルボーちゃんがナックル君と密会していた方がショックだったのだけど」
ヒロイン系キャラとその幼馴染キャラが密会していたが、幼馴染なら普通の行動だ、うん。
着ぐるみ達はゲストを楽しませるだけ楽しませて、建物へと消えていく。俺と同じように着ぐるみを追っていたゲスト達も解散していった。これ以上は何もないらしい。
無駄足に終わってしまったが、落胆するには早い。今日だけで悪の秘密結社の尻尾を掴めるとは思っていない。
いちおう、着ぐるみが入っていった扉を押してみた。が、施錠されており開きはしなかった。
「収穫はなしか。まあ、まだ始まったばかりだ。気長に行こう」
押しても開かない古びた木製扉の表札には【1-し】と書かれている。どういった意味を持つのかは、ディスイズニーに明るくないため分からない。
その後、定期連絡を怠った春都に電話して、スマートフォンの画面で確認した現在時刻が午前十時。
朝から眩しかった太陽は、昼が近づいて本格的に照りつき始める。各所にミストシャワーが用意されているのは有難いものの、喉の渇きまでは抑えられない。
レトロカーを模した路上販売店を発見し、飲み物を購入する。
「ファンタジー・肝油ジュース、二百五十円。メロンソーダ・バニラアイスとイカ墨のドリームトッピング、四百円。ただの水道水、五百円か。ふむ……ただの水道水をください!」
「ボシ!」
入園する前から覚悟していたとはいえ、なかなかの値段だ。きっと夢の国は、日本との交易に関税をかけているに違いない。
蛇口から直接注いだ採れたての水道水で喉を潤していると、ふと、俺と入れ替わりで、女が店のカウンターに立つ。
「……うーん、私の好みからは外れています。ユナイテッド・スタジオ・ジャパンのマーガリンビールはないのでしょうか?」
「ボジ!」
「ありませんか。残念です。肝油ジュースで我慢しましょう」
女が、魚の油が浮いたジュースをグビグビと飲んでいる。目を閉じて、抹茶でも飲むように両手を使って上品な飲み方で、されど一気飲みだ。
その気持ちの良い飲みっぷりに惹かれたのか、それとも、どこか浮世離れした印象を受ける女そのものに目を囚われたのか、一滴残さず飲み切る姿を眺め続けてしまう。
日本人形のよう、と形容したくなる女だ。切り揃えた前髪がそう連想させるのか。服装は今風であり着物で着飾っている訳ではないのだが。
ぼけぇーと、女の容姿の観察を続ける。
その間、キャリーバックのハンドルから手を放してしまっていたのだが――、
「お兄さん。荷物が危ないですよ」
――見入っていた女から突然、声をかけられて驚く。
そして、俺以上に驚いていたのは……死角から接近して、俺のキャリーバックを掴んで去ろうとしていた怪しい中年男だ。ハンティングキャップがいかにも怪しい。
中年男は会釈しながらも、第二ヒーロー変身セットが入った大事なキャリーバックから手を放さない。それどころか、衝撃から立ち直った瞬間に、脱兎の勢いで走り出す。太り気味なフォルムがシャツ越しにも分かる体格だというのに、妙に素早い。
「置き引きですよ、お兄さん。早く追わないと」
「なッ。おいっ、待て!!」
カバンの中には仮面も入っている。あれがないと俺は第二ヒーローに変身できない。
置き引き犯が逃げていくタウンエリアの路地裏へと、俺は走り出した。
怪人とは無関係に、普通の犯罪に巻き込まれるとは不運だ。
それとも不注意が過ぎたのか。敵地かもしれない園内で商売道具から手を放してしまうから、置き引き被害に遭ってしまうのだ。
「そのキャリーバックだけは止めてくれ! 開発にいくらかかったと思う」
「ふはは、夢の国を楽しんでいたところ、悪いな若造。テーマパーク専門の置き引き、ゲンさんとは俺の事よ。角を二つも曲がれば、バックミラーからお前の姿を消してやるぜ」
威勢の良い中年男は、俺の追跡をまくために路地裏へと逃げ込んだ。よって、人目は極端に少なくなっていく。こんな場所がディスイズニーにあるとは思わなかった。
中年男は最短ルートで角を曲がろうとする。俺の追走を気にして後ろを見ていたため、前方不注意だった。
曲がった先にいた誰かと出合い頭に衝突し、倒れ込んでしまうのは仕方がない。俺にとっては嬉しいアクシデントだったが。
「い、いてぇ。前を見て歩きやが……ひぃっ?!」
俺は中年男を無視して、離れた場所に転がったキャリーバックの回収を優先する。
だから、気付くのが遅れてしまう。
中年男と衝突した角の向こう側にいた人物。彼の体表面が滑っており、表面から流れ落ちる粘液がぺちゃり、と滴っている事にまだ気が付かない。
「ば、化け物ォっ!!」
中年男が叫んだので、目線を向けた。
ようやく目撃したその人物は、異形の風貌だ。建物の日陰に立っているから見間違えたという事にしたかったのに、あまりにも人間離れした顔を見間違える事はない。
なにせ、顔の半分以上が口だった。
しかも、口からは歯並びの悪い牙が飛び出している。逆に、口以外の重要器官であるはずの目や鼻、耳さえも存在しない。確かに化け物としか形容できない姿だ。
……いや、ただの化け物ではない。滑った体と口の大きな化け物なのだ。多くの人間が同じ想像を抱いてしまう。
「嘘だろ……。あれは、エイリアン?!」
危険な異星人、エイリアンがいるとすれば、こういった姿をしている。
エイリアンは口をゆっくりと開いていく。口から漏れた唾液が、中年男の頬に付着する。
「ひやァ、溶けるッ」
「関西のユナイテッド・スタジオならいざ知らず、大都会の夢の国にどうしてエイリアンが!?」
「そこの若造。置き引きしたのを水に流すから、た、助けてくれェッ!」
中年男は腰が抜けたのか、俺に見せつけた脚力で逃げ出さない。
エイリアンに足を掴まれた中年男は、暗がりの奥へと引っ張られていく。叫びを上げているが場所が悪く、助けは現れない。
ちなみに、映画上の話となるが、見た目が類似する異星人は犠牲者をすぐには殺さない。巣へと案内した後、強制妊娠させてしまうノクターンも真っ青な化け物なのである。
置き引きは許せないが、エイリアンの子を出産する末路を迎える程の罪ではない。
第二ヒーローに変身すべく俺はキャリーバックの鍵を解錠し――。
「――どうして、霧が?」
――足元から満たされていくミストに、俺は包まれていく。
――朝から眩しかった太陽は、昼が近づいて本格的に照りつき始める。時計を見るともう十一時だ。自覚はなかったが、いつの間にか時間が過ぎてしまっている。
「あら、お兄さん。荷物は取り戻せたようですね」
ふと、日本人形みたいな女が話しかけてきた。背が低いので、下から見上げるように、甘えるような仕草で俺へと近づいてくる。
顔に見覚えは……ないはずなのだ。特徴的なパッツン前髪なので、以前に出会っていれば覚えている。初対面なのは間違いない。
……だというのに、デジャビュが脳裏に浮かび上がるのは何故だろう。
「マーガリンビールが好きだったりします?」
「ええ、好きですよ。やっぱりテーマパークは関西のユナイテッド・スタジオ・ジャパンが上手ですね。ここも悪くはないですが、地元に楽しいテーマパークがあるのに、わざわざ大都会まで来る必要はありません」
本人に悪気はなさそうなのだが、微妙な評価だ。どうして、この女は大都会にやってきた。




