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VS.怪人ミノム氏 1

 頂高18.6メートルの巨大ロボットが全体重をかけてヒーロー・スケーリーフットを踏みつける。コンクリートがクモの巣状に裂けて、スケーリーフットの体が沈み込んだ。


『ドクトル・Gは進化計画の達成前にお前を倒し、ご自身の研究が優れている事を証明されるつもりミノ』

「くっ、うッ!」

『このガルドムもガワだけではない。内部構造は結社清掃班のDIYによって補強されているミノ。エヴォルン・コールが少し本気を出せばスケーリーフット程度、相手にもならない』


 虫を潰すがごとく、つま先の一点に重量が集中していく。

 スケーリーフットが苦しげな声を上げた。珍しく劣勢を強いられている。


「うぉぉおッ!!」


 黄色い装甲の各所からブースターの火が吹き上げる。

 馬鹿げた推進力により巨大ロボットの足底から脱出を果たしたスケーリーフット。空中に跳び上がると急旋回して、怪人ロボットのすねを蹴りつけた。

 金属と金属がカチ合う甲高い悲鳴。

 衝撃に耐えきれず怪人ロボットは一歩後退したものの……遠目には、大きな破損は見受けられない。


『ヒーローを倒した怪人は新世界での高い地位が保証されているミノ。私はスケーリーフットを倒して、高い地位と権力を総動員して完璧な自宅警備を実現する! 野望実現のためのいしずえとなれっ』

「そんな世界は訪れない。お前達の身勝手な野望は必ず叩き潰す!」


 スケーリーフットは両腕を下方に振る。と、腕の装甲板が滑るように伸びて刃と化す。

 ヒーローが使う武器にしては凶悪的な形状である。ホラー系の化け物が所持している事が多い武器だ。ぶっちゃけて言うと電動ノコギリが二本、長方形の刃が交差しながら怪人ロボットの関節部を狙った。


「ガジェット・ソーッ!」

『それは叩き潰すのではなく、切り裂くが正しくないかミノ?!』


 怪人ロボットの左腕の肘へと刃が押し当てられる。刃の端が高速駆動して金属さえ断絶させる摩擦を生んだ。

 細かな火花が上がり、ロボットの腕が脱落していく。




 これまで以上に強力な怪人だ。攻撃力も防御力も申し分ない。

 何よりも質量差がある。パワー系怪人は第二ヒーローの不得意分野だ。一撃死がありえる相手とは戦いたくない。

 ここはスケーリーフットに任せて先に行く。幸い、戦う手段はあるようだ。善戦を期待する。


「戦闘員の数が減っている。救出のチャンスだ」


 ソファーの搬出作業が完全に止まっていた。これならトラックをパンクさせる破壊工作は不要だ。人質を助け出す方が手っ取り早い。

 蜻蛉切フォークを片手に手近なソファーへと駆け寄った。浅く革に切り込みを入れて、中にとらわれた人物の出口を作り出す。


「大丈夫ですか!」

「た、助かった。もうソファーの中から出られず、美女が座ってくれるのを待つだけの人生かと思っていた」


 一人目の救助者は中年男性。


「逃げてください」

「狭くて落ち着いた場所で、家事のない生涯を過ごさなくていい……のね」


 二人目の救助者は主婦らしき女性。


「さあ、早く出て」

「……え、出ないと駄目?」


 三人目の救助者は学生らしき青年。

 勘違いだと思いたいが、後になるほどソファーから脱出してくれるまでの時間が伸びている。窮屈であるが、その事実に目をつむればすべてが満たされた完結したソファー内部に心が囚われているらしい。俺も入っていたので共感できなくはない。

 ただし、人質全員が同じ反応を示すのは不自然だ。年齢や性別に関係なく、ソファーを気に入り過ぎている。在ソファーを促す洗脳効果があるのかもしれない。


「嫌だ! 出たくないっ」

「そんな我儘わがまま言わないでください」


「大いなる母の胎盤へと回帰している。素晴らしい事とは思わないかね?」

「おら、生まれる時間だぞ」


「三食昼寝付き。WiFiまで揃っているのに、どうして外に出なくちゃいけないんだ!?」

「誰かが三食用意しなくちゃいけないからです」


 ソファーから出たがらない人達を戦闘服のパワーアシストで無理やり脱出させる。戦闘服強化の最初の恩恵が救助活動というのは良い事なのだろう。

 人々の抵抗は激しいのだが、外の空気を吸うと正気を取り戻す。非常口を示すと逃げてくれるので手間ではない。

 救出活動を手伝うと言ってくれた人もいたが、辞退してもらった。


「イィーっ!」

「邪魔をするなら、“模倣するは猫”の刑だぞ」

「イィぃ!?」


 時々、戦闘員が襲ってくる危険な場所に、一般人を残しておけない。

 硬直させた戦闘員をいたソファーに詰め、足で押し込みながら勇気ある一般人を説得する。すると何故か「手際がいいね……」と引きつった表情を作りながら納得してくれるのだ。時間がかかっても俺一人で作業を続ける方が安全だと分かってくれて嬉しい。

 こうして、同じ作業を続けて二十人目。

 効率的に救出できるようになってラップタイムの更新を続けていたのだが……ソファーの中の人物を目撃して手を止めてしまう。

 入っていたのは百井ももいだ。

 見知った相手がいたから手を止めた、のではない。

 見知った相手が泣いていたから、どう反応したらいいのか分からず手を止めるしかなかった。



「怪人に襲われる外の世界なんて嫌。もう出たくない……」



 一般女子大学生の精神をここまで追い詰めてしまうとは、やはり怪人は害悪だ。

 無理やり引っ張り出すのは難しくないのだが、泣いている女に手を出すのは躊躇ちゅうちょしてしまう。


「私が遊びに行く場所、行く場所。どこにでも怪人が現れて。もう嫌」

「安心しろ。俺も似たようなものだ」

「ただ普通に生活したいだけなのに。こんな理不尽に遭う世界で生きる意味なんてあると思う?」


 酷い弱音だった。

 先人達の多くがそう思い、否定し、数千年も霊長類を続けてくれたお陰の果てに今がある。そういった今は当たり前の貴重品だという自覚をこの女は持っていない。この女のように理不尽が嫌で逃げ出す奴ばかりが人類だったなら、今は存在し得なかったのである。

 ……ただし、そんな主張には一切の意味がないのだが。心の砕けた人間に立ち向かえというのはただの横暴でしかない。

 そもそも、理不尽な行動を起こす者達が一番悪いのである。悪人ではなく、悪人の被害者を責めるのは弱い者イジメだ。

 俺だって、理不尽な世界に仕返ししようと奮起するまで一年もかかってしまった。


「……いや、だからといってソファーの中に引きこもっても。ここにいると危険ですよ」

「嫌よ。外の世界怖い」

我儘わがままを言うなとは言いませんけど、引き籠るなら自宅に帰ってからにして欲しいのですが」

「お前が家に帰れ! 変な仮面つけた変態! その頭、似合っているとでも思っているの?!」


 ……ふ、このアマ。少し同情してやればつけ上がりやがって。

 引きこもりの主張など聞いていられるか。武力行使のごぼう抜きだ。ソファーの中から強制退去させてやる。

 面倒にも俺が伸ばした手から逃れようと、百井がソファーの奥へと沈み込んでいく。その所為でなかなか救出できない。

 そうやって俺が手間取っていると……俺以外の手が伸びてきて、ソファーごと百井を屋外へと引っ張り出していった。

 よく確認するまでもない。巨大ロボット、ガルドムの手だ。



『――このガルドムをもってしてもヒーローに届かぬとは。仕方がないミノ。こうなれば、仲間を呼ぶしかない』

「仲間っ?! まさか怪人が二体いるのか!」

『スケーリーフット。お前は確かに強い。しかし、所詮一人、孤独ミノ。同じ思想を共有できる友を持たない。それでは私に勝てない。勝てるはずがない! さあ、一緒に戦おう。新たな……引き籠りに目覚めた同志よ!』



 百井が入ったままのソファーが、ガルドムの頭上にかがげられている。アトラクションだとしてもかなりの高さで恐怖心をそそられる。

 だから、引き籠っていると危ないと言っていたのに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そうだ!ここは今までのいきさつを措いて二人で協力。スケーリーフットは足止め、二郎が救出......になりそうにないところ。なんと形容すればいいのか不明の二郎ムーブが炸裂しそう。 [気になる…
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