VS.一人飯
――悪の秘密結社“エヴォルン・コール”の本部――
「第二ヒーローとはのう。大都会では我々の英知でも計り知れぬ、不可思議な出来事が起きるものよな」
金色に輝く義手の中指と親指をカチカチ合わせる老人が、面白くもないのに口元に笑みを浮かべた。
それを目撃した研究員は用事を無理やり思い出して外へと退避していく。部屋を離れられない警備担当の怪人は儚い怪人生に涙を流した。エヴォルン・コール内でドクトル・Gと呼ばれる義手の老人に対する正しい反応だ。
実際、ドクトル・Gが人間を改造して怪人を生み出している。彼の不評を買えば改造実験のモルモットだ。好評でもデータ取りのために解剖されるのだから始末に負えない。
室内中央にそびえる円柱型の投影スクリーンに流れる第二ヒーロー関連の報道を、ドクトル・Gは見上げている。
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▼ドクトル・G
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“戦闘力:?”
“怪人技:?”
“悪の秘密結社、エヴォルン・コールの創設者。
外見から年齢は七十歳近いと思われる。白衣が普段着であり、左右にしか豊富に残っていない白髪と分厚いモノクル、と分かり易いマッドサイエンティスト。人間を怪人にする冒涜的な実験を繰り返している。
左腕が金色の義手は、本人的に生来の手より高性能と好評”
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「進化計画を前に、馬の骨が騒ぎおってからに」
老人は白衣のポケットから胡桃を取り出すと、義手の平の上で器用に弄ぶ。
「エヴォルン・コールが倒すべきヒーローは残り一人。大都会というワシの実験室を荒らす害虫は早々に踏み潰す。そうであろう……、ホワイト・ナイト?」
ドクトル・Gが背後へと話しかける。
すると、コツコツと硬い床を歩く金属音が近付き、老人の傍で停止した。
「ドクトル・G。そう目くじらを立てずとも。我々は進化計画に専念し、下手に手出しするべきではないと考えますが?」
「はっ、ワシよりも五十歳も若い癖に弱腰な」
「ドクトル・Gが歳の割に神経質なのですよ」
ホワイト・ナイトと呼ばれる新たな人物は特徴的だ。仰々しくドクトル・Gに傅いてみせている仕草も特徴的であるが、そこは個性の範疇に入るので問題はない。
問題はホワイト・ナイトの外見にある。
全身は強化外骨格のような甲殻で覆われている。顔もバイザーで隠れているため人相は不明。声質は男のものであるが、機械的に加工されている可能性は十分にある。
誰に似ているか。こう大都会の民に問いかければほぼ同じ答えが返ってくるだろう。
……ヒーロー・スケーリーフット、であると。
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▼ホワイト・ナイト
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“戦闘力:?”
“怪人技:?”
“悪の秘密結社、エヴォルン・コールに属する謎の白いパワードスーツ。
色以外はスケーリーフットに酷く似ている”
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黄色がベースのスケーリーフットと比較して、白がベースのホワイト・ナイトは彩色が異なるものの、逆に言えば色以外はすべて一致していると言えた。
「エヴォルン・コールは既に、旧人類に対して王手をかけています。誰がどうあがこうと、進化計画は止まりません。第二ヒーローなる芸人の登場を、計画開始までの余暇を楽しむ娯楽と思えばいかがでしょう?」
「ワシは既にワシの実験を楽しんでいる。その楽しみを害するゴミを放置しろと言うのか」
ドクトル・Gなる老人の声に怒気は含まれていないように思われたが、義手の指に摘まれた胡桃が潰れて中身がはじけ飛ぶ。
「そこまで仰るのでしたら、私自らが出向いて第二ヒーローなる道化の顔を剥がしてみせましょう」
ホワイト・ナイトは穏やかな口調ながら、好戦的にも鋭く尖った爪先を光らせた。
「……ホワイト・ナイト。お前を差し向ける程の事案とも思えぬ。獣ならばウサギを狩るのに全力を投じる愚行も行えようが、お前は進化した新人類。第二ヒーローなどという些事に、我が最高傑作を使うなどあってはならぬ。されど、放置するのもまた愚策」
「放置はできませんか。であるのならば、手透きの怪人を暴れさせて、まずは第二ヒーローの実力を確認してはいかがでしょう」
「ふん。ただ殺すだけなら戦闘員でも済ませられる」
「第二ヒーローが旧人類側のヒーローの可能性も。低い可能性でしょうが――、タイプORがついに選定したのでは?」
「今更か? 馬鹿馬鹿しい可能性だ」
ホワイト・ナイトはやれやれ、という表現を誇張するために肩を竦ませる。頑固な老人と馬の骨たる第二ヒーロー。どちらに対しても困っているというパフォーマンスだった。
マッドサイエンティスト。ドクトル・G。悪の秘密結社、エヴォルン・コールの設立に関わり、現在も結社の意思決定に関わる恐るべき悪の知能。
スケーリーフットに酷似した謎の人物。ホワイト・ナイト。エヴォルン・コールに所属する怪人集団の中でもトップクラスの戦闘力を有する恐るべき悪の力。
第二ヒーローは既に、恐るべき二人に目を付けられてしまっている。
「出撃している怪人達には、第二ヒーローを探せと通達しておきます」
「勝手にしろ。ワシは実験で忙しい」
講義以外に何もない大学生らしいと言えば大学生らしく、大学生らしくないと言えば大学生らしくない二週間が過ぎ去った。大都会に引っ越してから不運な日々に見舞われていた俺であるが、ようやく日常を取り戻そうとしている。
第二ヒーロー関連の報道も日々、枠が縮小されていく。鮮度の高い情報を報じてこそのニュースなので、まったく姿を現さない第二ヒーローが忘れられていくのに七十五日も必要としない。
恐怖のヒーローガール、五十鈴響子の接触も喫茶店以来ない。
映画館では仕方なくヒーローを騙った俺であるが、今後はただの大学生に戻って平凡な日々を過す所存だ。人生とは山がない代わりに谷もない、エントロピーの小さな毎日であって欲しい。
「春都の奴は帰宅済か。早く治るといいが……」
講義が終わった後の定番は、春都と合流しての夕食である。が、今日はあいにく春都の奴に野暮用があって俺は一人。何でもサメ映画を観たくて堪らないとか。時々変な事を言い出す奴だが、生温かな目線で見守るために距離を置いておこう。
春都が捕まらないとなると誘うアテがいない。友人が一人だけしかいないのか、とか言わない。
『幼馴染:幼馴染の狭い交友関係について一言』
幼馴染から届いたLIFEを無視して歩き出す。定期的に的確なタイミングでメッセージが届くが、やはり見張られているのではなかろうか。
「眼鏡先輩の研究室へお邪魔するのも微妙か」
最近、交友関係が深まった相手は春都以外にも眼鏡先輩がいるが、夕飯に先輩を誘うと気を使わせて奢ろうとしてくるのだ。今週は既に一度奢ってもらったので今日は遠慮しておく。
ソロでの夕飯となってしまうがそれも一興。と選んだ店はただのチェーンラーメン店。結局無難な選択になってしまう。
腹を満たしてしまうと、他にするべき事はなにもない。帰宅するだけだ。
画一化されているはずの大都会の方が、俺の故郷よりも複雑で迷い易いと思う。建物が密集している所為で目印にできる山が見えず、方角を見失い易いのが原因だろうか。建物が似たり寄ったりで現在位置を見失い易いからかもしれない。どちらにせよ、俺が大都会にまだ慣れていないのが原因だ。
「こっちの方には初めてきたな」
食後の散歩だと思い、少し遠回りになる道を選択した。
繁華街を過ぎ去り、住宅街へと入っていく。自然に周囲から人の気配は薄れていく。大都会と言えど時間帯と場所によっては誰とも遭遇しない事はありえるらしい。
自動販売機の光を道しるべに通りを越えて、公園へと辿り着いた。俺の住まいたる学生向けマンションまではまだ遠かったが、公園の傍で足を止める。
「……誰かが、いる?」
人通りは少ないとはいえ、ペットの散歩やジョギングをする人と擦れ違う事はあった。夜の公園に人がいたとしても不思議ではない。
……ただ、その人物が公園のど真ん中で穴を掘っていたとすれば、かなりの不審者だろう。
「――ベアベア! 住宅街に公園など必要ないのだ。この怪人ホールベアーが穴だらけにしてくれる!」
というか、あの不審者は人間だろうか。




