VS.怪人ホールベアー 1
夜の公園で穴を掘っている怪しい影。夜中でも分かるぐらいに不審な行動であり、野良ネコであっても迷惑な行為である。
「ここ掘れベアベア。ふむ、なかなか良い土だな」
砂を掻き出している犯人の両手からは、熊手のような鋭い爪がはみ出していた。というか、シルエットから判断するに熊の手そのものにしか見えない。人間にしては毛深過ぎる。
人間であれ非人間であれ、不審人物には違いない。
懐からスマートフォンを取り出して、110とプッシュする。
「あ、もしもし、警察ですか。公園に不審者――」
「そこの一般市民! 公園は公共の場所で、そこでただ穴掘りを楽しんでいるだけの利用者を即時通報するとは何を考えているベア!」
不審者から声がかけられると共に、スマートフォンを持つ手に衝撃が加わる。手の内からスマートフォンが落下してしまった。
「お、俺のスマフォがぁ!? しっかりしろッ。返事をしてくれ!」
「お前のような奴がいるから、帰宅路が同じなだけだったサラリーマンが女に通報されたり、小学生に挨拶しただけで通報されてしまう世の中が誕生してしまったのだ! 反省しろ!」
「スマフォーッ」
落としたスマートフォンへと叫びながら駆け寄る。
アスファルトに転がる高級通話機器の液晶はひび割れていない様子で、電源も入ったままだ。ただ、警察への通報は途切れてしまっている。
スマートフォンを落としてしまった手には、湿った土が付着していた。
まさか、公園の不審者は掘った土を丸めて土団子を作り、それを俺の手に命中させたというのか。恐るべき制球力である。
「ベアベア、驚いたようだな。甲子園の砂を通販サイトで買った経験は伊達ではない」
「くそ、正体を現せ!」
「ほう、一般市民にしては勇気がある。よかろう、オレ様の姿を見て恐怖するがよい!」
公園中央から電灯のある入口付近まで不審者は歩み出る。その重量感ある足音自体が人間らしくなく不気味だ。
不審者は、全身が毛で覆われてしまっている。
「後悔しても、もう遅いっ。このオレ、怪人ホールベアーの威容はツキノワグマやアライグマを圧倒する。恐れるベア!」
体格や特徴は日本最大の陸上生物クマそのものだ。確かに恐怖を感じるに相応しい。……ただし、この怪人。目の周りだけ黒くて鼻が少し長いという特徴も併せ持っている。
伊達に田舎に住んでいた訳ではないので、俺はホールベアーの正体を知っていた。
「何だ。クマではなくハクビシンじゃないか」
「違うッ。アナグマだ! 失敬ベア!」
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▼怪人ホールベアー
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“戦闘力:30”
“怪人技:正体不明(ムジナ)
タヌキ、ハクビシン、アライグマと見分けがつかなくなる”
“アナグマと人間を融合して完成したアナグマ型怪人。
黒い縁の目と長い鼻がどこか愛嬌のある顔になっている。爪は長く凶暴に見えるが、基本的には戦闘用ではなく穴掘り用である。
穴を掘るのは趣味であって怪人技ではない”
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アナグマだろうとハクビシンだろうと、同じ穴のムジナという括りで言えばセーフだ。それに、人間と動物が不確かな割合で混じっている怪人の種類を言い当てるのは難しいと思われる。正直、ホールベアーがタヌキ怪人だったとしても違和感はない。
「だ、誰がタヌキだァ!! 重ねての失礼な振舞い、お前は許さんッ」
未来から来たネコ型ロボットみたいなキレ方をしていた。
一人で夕食を食べて、その帰り道に散歩をしていただけだというのに怪人の逆鱗を踏んでしまうなんて不幸だ。不幸で済ませてよいエンカウント率なのか分からないが、不幸な事には変わりない。
「どうして公園で穴を掘っている、怪人!」
「ボール遊びもできず、回転する遊具もない公園などという施設は無用の長物なのだ。新参親に古参親がマウントするだけの場と化した公園など邪魔なだけだ。だから破壊し尽くすベア!」
「そんな事はない。公園は必要な公共施設だ」
「公園デビューに失敗して自信を失い、娘と妻に逃げられ、エヴォルン・コールに拾われるまで世捨て人となっていたオレ様を説得できると思うなベア!」
微妙に同情的な気分となって絶句していると、怪人が突撃してきた。大柄かつ重量級の怪人だ。タックルをくらうだけでも骨折してしまう。
回避に専念して大きく跳ぶが……ホールベアーが回り込んで退路を塞ぐ。公園内部にしか逃げ道がなくなった。
「ベアベア。すぐには終わらせん。お前も公園で敗北を味わえ!」
「お前に教わるまでもないッ」
公園はボールが外に飛び出さないようにフェンスで囲まれている。ゆえに逃げ道が極端に少ない。中央を突っ切って反対側の出口に到達できればよいが、ホールベアーの突進力から逃げるのは厳しいか。
とりあえず、電灯の傍から走って闇の中へと姿を隠す。
「公園らしく鬼ごっこといこうではないか。ベアベア!」
深呼吸で荒い息を落ち着かせながら、肩かけカバンの底を乱暴に探る。
「む、どこに隠れたベア? 鬼ごっこではなくかくれんぼをしたいのか」
映画館の時も用意していたが、今日も真空パックして戦闘服を持ち運んでいた。
二度と第二ヒーローなどという虚構を演じようと思っていなかった俺であるが、日常的に怪人と遭遇してしまう大都会での生活を無防備に過ごしていられる程に、のほほんとしていない。
戦闘服の用意はもちろん、目出し帽も購入済だった。顔バレだけは避けなければならない。
「茂みにはいない。トイレや遊具の死角にもいない。どこに隠れたベア?」
怪人に捜索される焦燥感の中でも着替えられる隠れ場所。
それは、公園中央に掘られた穴の中だ。怪人の図体に合わせて掘られた穴なので、男子大学生標準の俺であれば立っていられる。
ホールベアーの奴も、まさか自分が掘った穴を利用されているとは思っていない。見当違いの場所ばかり探している。
「さて、着替え終わった次は……どうしよう」
戦闘服のアシストによって走る速度はアップしただろうが、ホールベアーを上回る程ではない。隙を探すか作るかするしかないか。
汗を流している俺とは対照的に、ホールベアーは水飲み場で喉を潤していた。公園にしか存在しない特殊形状の蛇口へとかぶりついて、舐めるように飲んでいるところが悪の怪人らしい所業である。
「仕方がない。第二ヒーローの出番だ」




