VS.第二ヒーロー
「効きが悪かったようだニャ。くらえ、怪人技“模倣するは猫”! 今度こそ、どうニャー」
「うーん、変化なし」
恐るべき怪人技の光を浴びた俺は、平然としていた。
特別な対策を一切行っていないのに怪人技の影響は受けていない。観客を見ると、怪人が現れたというのに未だにスマートフォンを掲げたままなので、コピーキャットの人に犯罪を模倣させる怪人技が嘘っぱちという訳でもなさそうなのだが。
妙な居たたまれなさから、頬をかきたくなってしまい手を顔に近づける。
そして、指が触れた先にある3D眼鏡。悪の秘密結社相手に顔バレをしたくないと装備していた。暗い映画館ではかなり邪魔だ。正直外したい。
「いや、もしかすると……」
ふと、コピーキャットの怪人技の影響を受けていない理由に思い当たる。というか、これしか思い付かない。
3D眼鏡は原理上、左右の目で異なる映像を見せるようになっている。偏光方式ならばレンズ部分に偏光フィルターが貼り付けられているはずだ。その偏光フィルターにコピーキャットの目の光が遮られていると考えれば現状を納得できる。
狙った訳ではなかったが思わぬ副次効果だ。
「ニャんなんだ。お前はニャんなんだ!」
「……ふっ、俺か?」
怪人技の効かない不気味な俺を恐れて、コピーキャットが一歩後ずさる。
相手の反応に答えるため、俺も謎の人物っぽく鼻で笑ってみせる。あまり後先考えていないその場のアドリブだ。
観客席の人々もいい加減「あれって本物の怪人?」「えっ」「あの戦闘員は……」「宣伝にあんな猫の怪人いなかったような」「眼鏡先輩、変わった映画ですね」「というかなんで猫?」とヒソヒソと騒ぎ始めている。真実に気付き、一斉に逃げ出す直前だ。
ならば、俺はこのままコピーキャットの気を引き続けるのがベストだろう。何もないのに不敵に笑い続ける。
怪人としての意地を奮い立たせて、コピーキャットが一歩立ち位置を戻そうとした。
「ニャっ?」
「俺は……お前達、悪の秘密結社、エヴォルン・コールを仇なす者だ」
だから、俺は牽制すべく両腕を斜め上へと構える。子供騙しの格好良いポーズだ。
「ニャニャっ?!」
「俺は、お前達、怪人共の悪事を決して許さない。この映画館に俺が現れたのも偶然ではない」
「まさか、我輩の完璧な犯罪計画がバレたというのかニャ」
「それだけではないぞ。俺はお前はマタタビが好きで、アワビを食べると耳が溶ける事さえ知っている」
「何でそんな個人情報まで知っているニャッ。いや、そんな事よりも……お前っ。怪人の邪魔をするなど、自分がヒーローだとでも言うつもりかニャッ」
ただの大学生がヒーローを騙るのはおこがましい。
何よりも危険だ。怪人と戦えるだけの力を持たぬ者が怪人を倒すヒーローを称するのは、医療免許を持たぬ者が患者の腹を裂く程に危険である。自分だけが傷付くだけならまだマシで、他人に迷惑をかけてしまう可能性だってあるだろう。
「いや、俺はヒーローではない。ヒーローは既にスケーリーフットがいるだろ」
「では、お前は何だと言うのだニャッ」
しかも、大都会には本物のヒーローは存在して絶賛活躍中だ。今回のような手違いがない限り、どこからか飛んできて確実に怪人を仕留めてくれる。わざわざ大学生が出しゃばる必要はない。
だが……今は、あえて名乗ろう。
斜め上方に両腕を振り上げ、指先まで伸ばしたまま名乗るのは少々恥ずかしいが、それでも名乗ろう。
ヒーローではない非ヒーロー。
「俺は……、俺はっ! 第二ヒーローだ!!」
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▼第二ヒーロー
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“戦闘力:1.5”
“怪人技:無(ただの大学生のため)”
“ヒーローと騙っているだけの一般市民が戦闘服を着込んだだけ。実質何も変わっていない。中学生の柔道選手の方がまだ強い”
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ゆえに、俺は第二ヒーローだ。
スクリーン上で巨大な爆発が発生する。ハリウッドらしい大迫力。映画もそろそろ佳境なのだろう。
「スケーリーフット以外の新たなヒーローだとニャ! そんな情報、本部の奴等は何も言っていなかったニャ。ここの映画館を占領し、犯罪を犯した観客を恐喝して金をせしめる崇高な作戦がどうしてバレたニャ!?」
「観客の人々よ! ここは俺に任せて早く逃げるんだ!」
『ここにいたら皆殺されるぞッ、皆、逃げてくれッ!!』
「い、いや。これは映画の字幕……」
ここにきて観客達が一気に立ち上がる。
「本物だ、本物の怪人だ!?」
「いやァああッ、殺さないでェッ」
「非常口はどっちだ。どけェ!」
出口に向かって殺到しているが、暗い中、多数の人間が恐怖にかられて押し寄せているため渋滞を起している。
「よくも我輩の完全犯罪を潰してくれたなニャッ! 第二ヒーロー、許さないニャッ!!」
コピーキャットは猫爪を伸ばしたパンチで襲いかかってきた。怪人の身体能力は人間のそれを圧倒している。相手が動き出してから逃げるのは不可能。怪人ではない本物の猫のパンチだって見てから回避できるものではない。
両手を構えてみせるがただのポーズである。迎撃できるとは思えない。一撃でやられてしまう。
「第二ヒーローッ!!」
窮地に陥った俺を助けてくれたのは、裏手、バックヤードからの呼び声だった。背後から春都のものと思しき声が掛けられる。
同時に、ホール内の照明がすべて点灯する。暗所に慣れていたため目を細めてしまうが、人間の俺以上に猫の怪人たるコピーキャットに影響がある。
「ニャッ、目がぁニャ!?」
猫の目は暗い所でも良く見える反面、フラッシュのような急激な光に弱い。繰り出していたはずのパンチを止めて目を押さえている。
好機は今しかない。もがくコピーキャットの顎先を思いっきり殴り付ける。
「ぐニャッ」
「怪人。――お前の仲間に、白い奴はいるか?」
「な、何の話ニャ。白色なんて猫にだって沢山いるニャ」
「知らないのなら、もう用はない」
コピーキャットの髭を掴むと、思いっきり引っ張る。抜けた長い髭が拳の間に残った。
「痛ャッ!?」
猫のデリケート部位を失い、激痛に耐えられず後退したコピーキャットは、段差に気付かず壇上から転げ落ちていった。怪人相手にそれなりの有効打を与えられたか。
とはいえ、紛い物ヒーローにできる事はここまでだろう。
観客の大半は逃げ出している。春都が照明を点ける援護をしてくれたという事は既に警察へ通報を終えたのだろう。目標を達成したと判断し、撤退を開始する。
「照明を落とせ!」
春都の援護によって館内が再び暗くなる。
怪人を残したまま迷わずバックヤードへと逃げ込む。春都と合流した後は戦闘服を脱いで、バックヤードから非常口へ移動、逃げる観客に紛れて外へと出る。
第二ヒーローと名乗っておいて情けない限りであるが、所詮は一度限りの方便だ。怪人から逃げ出してもプライドはまったく傷付かない。
「怪人ッ! このような娯楽施設に潜んでいたとは、なんと卑劣な!」
「ス、スケーリーフット?! ギャッ」
背後で壁が破られてヒーローが突入してきた気配がするが、知った事ではない。三十六計逃げるが勝ちである。この映画館、営業再開までの道のりは長そうだ。
パワードスーツのような堅牢な体を活かし、コンクリート壁をぶち抜いて登場した真のヒーロー、スケーリーフットは早々に怪人コピーキャットを制圧した。怪人技が卑怯なだけの戦闘力11の怪人ごとき、正面から戦えば圧勝して当然である。
スケーリーフットは分厚いガントレットにて、コピーキャットの首を万力のごとく締め上げる。
「怪人! ここに現れた第二ヒーローとは誰だ!」
「し、知るかニャ。た、たとえ知っていたとしても、ヒーローに教えてやる、義理は、ないニャ!」
「悪党の言いそうな事だッ」
コピーキャットの顔面をガントレットがハンマーの勢いで潰す。
「華麗なる吾輩の完全犯罪がどこで崩れたニャァァア!? え、エヴォルン・コールに、栄光あれェェッ!!」
瀕死のダメージを受けたコピーキャット。秘密保持のため体内の生体爆弾が起動して、自爆する。
爆心地にいたスケーリーフットであるが、その体には傷一つ付いていない。強固な外殻は衝撃波をすべて受け流す。
「……第二ヒーローだと。ありえない。奴こそ模倣犯だ」
ホールの中は既に無人。観客は全員逃げ出している。第二ヒーローを名乗っていた謎の青年もどこかに姿を消していた。
遠くではサイレンが響いている。警察が突入してくるのも時間の問題だ。
「いや、面白がっての模倣ならまだマシだ。……だが、本気でエヴォルン・コールと戦うつもりなら、殺されるだけでは済まされない」
コピーキャットは仕留められた。第二ヒーローの情報がエヴォルン・コールに伝わる可能性が潰れた、と二郎ならば喜ぶだろう。
しかし、代わりにヒーローに目を付けられた事実を、二郎はまだ知らない。
パワードスーツにしか見えない己の殻の中で、彼女は焦燥感に駆られた表情を作る。
「悪の組織は皆が思っている以上に、危険だ」
大都会のヒーロー。
またの名をスケーリーフット。
彼の正体は一切知られていない。経歴不明、年齢不明、性別不明。一ヶ月に一度の周期で怪人と戦う姿が目撃されている割には、素性が明らかになっていない人物である。
「私が、止めなければ!」
中の人の性別が女であり、彼女の名前が五十鈴響子だと知っている者は多くない。




