VS.怪人コピーキャット
薄暗い映画館のバックヤードはホラーゲーム感があってスリリングだ。
「どちらかというと潜入捜査ゲームになると思うが……二郎、足音だっ」
「まずい。用具入れの中に隠れろ!」
「おい、二郎。どうして俺と同じ用具入れに隠れるんだ!?」
歩哨なのか業務なのか、時々歩いてくる戦闘員をどうにかやり過ごして進む。戦闘員との遭遇頻度が高くなっている事から、怪人が近くにいると想像できた。
「春都。怪人を発見する前に手順を確認しておこう」
「ああ、そうだな。でも、外に出てからにしないか?」
「怪人を発見次第、各自所有のスマートフォンにて撮影または録画を行う。そして怪人に気付かれる事なく脱出後、警察に通報する。以上」
「ああ、完璧だな。でも、先に外に出ないか?」
くどいぐらいに念押しするが、一般市民たる俺達に怪人と戦う力はない。戦闘員との戦闘でさえタブーだ。
館内で映画の撮影、録音を行っている眼鏡先輩達の行動が、怪人に強制されたものであるという証拠を掴む。そこまでが俺達の仕事だ。怪人の逮捕は警察なりヒーローなりが行えば良い。
「戦闘回避のため、怪人に発見されないのが大前提だ。それでも発見された場合は、二人の内、どちらか一人だけでも逃げ出して通報できれば俺達の勝利とも言える」
最悪のケースにおいては、戦闘服装備で多少なり戦闘力を有する俺が怪人を足止めする。春都が警察に通報する役目だ。
「分かった。もしもの時は必ず二郎を置いて逃げるから安心しろ」
「……いや、もう少し反論や言い方というものはないのか?」
「子供じゃないんだ。目立つだけの危険な役割を引き受ける馬鹿を煽てはしても、張り合って俺まで危険な役割に立候補するつもりはない。絶対に置いていくから安心して弁慶となってくれ」
何故か提案した俺が不満を感じつつそれぞれの役目を確認し終えた。
覚悟を決めてバックヤードの奥へと突き進むと、ついに、怪人が潜んでいそうな部屋へと到着する。
「たぶん、俺達がいたEホールに隣接している部屋だ」
「ここが一番怪しいが、まずは聞き耳ロールからだぞ。二郎」
映画館の扉だけあって遮音性に優れている。耳を澄ませても物音はまったく聞こえてこない。
窓のようなものもない。こうなればドアを少しずつ開いて、こっそりと室内の様子を探るしかないか。
「俺が開ける。春都はスマフォの撮影ボタンを押しておいてくれ」
音を立てないように静かにドアノブを回して、ゆっくりとミリ単位で扉を開いていく。
零れてくる室内電灯の光の幅が一センチになったところで一旦停止。角度的に肉眼では覗き難いものの、スマートフォンのレンズならばどうにか確認できるだろうか。
「――我輩の完全犯罪の唯一の欠点は、映画が終わるまで暇な事ニャー」
数人の気配がする。何者かの声が聞こえてくる。
戦闘員は覆面の所為かイィーとしか喋れない。つまり、人語を話せる時点で中にいる敵の正体は怪人でほぼ確定だ。一般従業員の可能性ももちろん残されているだろうが、語尾にニャーを付ける従業員の方が怪人よりも稀な気がする。
「春都、どうだ?」
「姿が撮れていない。もう少しだけ開いてくれ」
室内中央にいる怪人の姿が撮影できていない。もう少しだけ、二センチ程度までドアを開いていく。
「何度も同じ映画を観ながら待つのは苦痛だニャー。この映画、レビューで何点なのだニャー?」
「イィー!」
「2.9点? やっぱり繰り返し観直したいレベルの映画じゃないニャー」
スマートフォンを傾けていき、ついに、怪人の姿の激写に成功する。
猫の怪人だ。黒猫で、妙にアニメ調な顔付きだ。スクリーンで投影されていた猫人間は、怪人本人だったらしい。
「ニャぬ? ドアが開いているニャーッ。何者だニャー!?」
「ヤバイ、気付かれた!?」
「走れ、春都! ここは俺が抑える!」
最終目標である怪人の撮影にはギリギリ成功した。怪人に発見されてしまったのは痛恨であるが、事前の打ち合わせ通り俺が残って春都を逃がす。
「ここは俺に任せて先に行……って、もういないし!?」
後ろを振り返った時には、既に春都は通路の彼方だった。まったく躊躇せず俺を置き去りにするとは侮れない。
怪人と戦闘員二人が部屋から出て来そうだ。慌ててドアを閉じ、背中で扉を押さえ込む。
「従業員じゃないニャー! ドアを大人しく開けるニャー!」
「は、入ってますっ!」
「それはこっちの台詞だニャーッ」
室内からガンガン叩かれる振動に体が揺さぶられる。足に力を入れて踏ん張ったものの、人数的に負けており、敵に人間を超えた力を持つ怪人がいる時点で無駄な抵抗だった。
「猫パンチニャーっ!」
強烈な打撃で防音扉が内から外へと凹み、強引に開かれる。体に振動が伝わって吹き飛ばされていなければ、開き切ったドアと壁の間に挟まれて圧死していたかもしれない。ドアノブが壁にめり込んでしまっている。
「クソ。何て力なんだ。宅急便怪人!」
「黒猫だからと特定業種ばかり想像する奴は嫌いだニャー。ついでに、不幸になるとか言ってくる奴も嫌いだニャー。どちらかというと、猫は沖田の野郎に斬られそうになった被害者だニャー。人間は皆死ぬニャーッ!」
「その物騒な言動のどこが冤罪だ?!」
倒れたままではいられない。床を蹴って無理やり走り出す。もちろん、春都が逃げた方向とは逆へと疾走する。
「やーい。シュレディンガーさんに毒殺されて量子的な存在になる猫―っ!」
「貴様ァっ、ニャンて猟奇的な実験をニャー!!」
怪人のヘイトを稼いで誘導するのも忘れない。
猫怪人の右の猫パンチが俺に襲いかかる。ギリギリ、傍にあった階段へと突っ込んで回避。階段落ちする方が怪人の攻撃を受けるよりも軽症で済むのなら考えるまでもないだろう。
爪とぎの餌食となった壁に深い三本線が生じる。追いつかれたらひとたまりもない。
「この通路はどこに繋がっているんだ!?」
元々、土地勘のないバックヤードだ。猫に追われる鼠となった今、帰り道は分からない。
背後で怪人の気配が強まって、目の前に現れたドアに滑り込む。
『こ、こんな所にいられるかッ。俺は一人でも生き残っ……や、やめろぉおおッ』
重厚でセンセーショナルな効果音の中で俳優が叫んでいた。まるで映画館のような場所である。
ちなみに字幕の洋画なので、スクリーンを観ていない俺には何のシーンなのかさっぱり分からない。
「しまった。ここはッ!」
「追い詰めたニャー!」
俺が逃げ込んだ先はEホールの舞台袖の出入口。勢いそのままに壇上への十三階段を駆け上がって、現在位置は上映中のスクリーンの中央です。
観客全員が携帯端末をスクリーンに向けている不気味な館内に、顔を隠した怪しい俺と猫怪人の乱入で、この場はカオスと化した。
怪人技によって映画の盗撮を当たり前の事だと感じていた観客達も、突如現れた俺達に対しては顔を見合わせて不思議がっている。怪人を見て逃げ出さない様子から、映画のアトラクションか何かだとまだ疑っている様子ではあるが。
「人の前に出てしまうなんて想定外だ!」
『ばれたぞ。逃げろー』
「もう逃げ場はないニャー。簡易改造手術を受けた戦闘員は、薬剤抑制期間以外は覆面を外さないニャー。となると、お前、その戦闘服をどこで手に入れたニャー?」
『畑から出てきたんだ!』
「畑? 嘘を言うなニャー」
『僕、嘘なんて言っていないよ。一緒にいたトムとマイケルが食べられちゃって』
「トムとマイケルって、誰ニャー?!」
「いや、それ映画の台詞で……」
最初以外に喋っていなかったのに、猫怪人が勝手に映画と会話を成立させている。
「猫が愛くるしいからと我輩を甘くみていると酷い目に遭うニャー。我輩は怪人、コピーキャット。目から怪しい光を照射する怪人技で、光を見た人間を催眠させてしまうエヴォルン・コール一、恐ろしい猫だニャー」
『トムは猫のトムだよ。でも、もう殺されちゃった』
「猫が死んだニャぁぁあッ」
字幕から目を逸らしているから英語しか聞いていないのに、コピーキャットは泣いている。ネイティブな英語が分かるなんて博識な怪人だ。
「怪人技“模倣するは猫”ニャーッ! 猫を殺した罪は重いニャー。罰としてお前は公然での裸踊りによる猥褻行為で社会的に死ぬニャーッ!!」
怪人コピーキャットの眼力が強まった。懐中電灯のような光が掃射されて俺の網膜を通じ、脳に対してハッキングが行われる。
「うっ」
「観客全員がお前の裸踊りを待っているニャー」
怪人技の影響を受けた体は言う事を聞かない。無数のスマートフォンのレンズが向けられている中、俺は服を脱いで社交ダンスを踊ろうと――。
「――うーん、何かしたのか、怪人?」
「ニャっ!?」
――などという気は一切起こらない。
俺は若干申し訳ない気持ちでコピーキャットと対峙する。




