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VS.顔を隠す物

 一度、館内通路を通って係員もぎりの傍を通る。


「ちょっと外に出まーす。また入れますか?」

「イィー」


 半券を持っていれば再入場可能との事だったので安心して出られる。

 目指している場所は映画館に必ず存在する売店コーナー。上映作品のパンフレットや関連グッズを売っている。品揃えは悪くないものの、はたして、俺の求める物は販売してくれているだろうか。


「都合良く顔を隠せるような物は――」


 現在放映中、オペラ座の常識人、の主人公が装備している額と目を隠すベネチアンマスク。二千円。


「……オペラ座の常識を疑うな。他!」


 4DXで公開中! ギャラクシーウォーズの帝国兵に君もなれる。フルフェイスでボイスチェンジャー付き。五千円。


「シュコー、シュコー、シュコー。……うん、呼吸のたびに音がするのは論外。他!」


 少女は最強の猟兵を目指す! ガールズ・アンド・イェーガーの作中で登場したピンクのガスマスク。実際に使用可能です。五万円。


「高いっ。持ち合わせがない」


 売店では、何故か顔を隠せる商品ばかりがラインナップされているというのに、どうにも実用性がない。実用性が高いものは費用対効果が悪い。

 怪人捜索にあたり、悪の秘密結社に対して身元バレを防ぐために顔を隠すものが欲しいだけなのだが。最悪、サングラスだけでもと思って売店コーナーを訪れた。まあ、そうそう都合の良いものは売っていない。


「というか、これだけ顔隠す物売っているのにサングラスはないのか」


 こうなれば、映画館の外までサングラスを入手する旅に出かけるしかないか。


「――いや待て。4DXにも対応している映画館なら、もしかするとアレがあるのか」




 買い物を済ませると、次は人目を避けるように館内トイレへと入る。個室のドアを閉めた。


「もしもの時のためにと持参しただけなのに、役に立つとはな」


 カバンの奥から取り出したのは、コンパクトに真空圧縮された服である。旅先でかさばる衣類を小さくして持ち運ぶために真空パックに詰める方法があるが、まさにそれだ。

 パック詰めされているのは黒スーツ。

 以前に拝借はいしゃくした、あの戦闘服である。


「大都会に上京して既に二度、怪人と接触している。三度目がないと楽観できなかった俺の勝利か」


 秘密結社の謎技術が注ぎ込まれたウェットスーツ似の何か。軽く着心地が良いのに、強化外骨格並みのパワーアシスト機能を有している。対衝撃も完備。ためしてはないが耐火性能も有しているかもしれない。

 ただし、デザインが絶望的でカジュアルさは皆無だ。タンスのやしにするしかないと思っていたのだが、緊急事態により登板となった。


「この戦闘服、体形に合わせて気持ち悪いぐらいにフィットする。洗濯したのに縮んでいない」


 体をすっぽり包み、グローブ部分だけを後から付ける。手をグーパーに開閉して感触を確かめれば着装はほぼ完了。

 口元は、通路に置いてあったブランケットで隠す事にした。

 目元は、入手したばかりのアイテムで隠す。


「もう時間だ。春都が待っている」





 バックヤードへの入口を探すために行動していた春都は、しばらくの探索の後、スタッフオンリーの扉を発見する。

 施錠されているためドアノブを回せない。そう思い、軽い気持ちでドアノブに手を伸ばしてしまったのは春都の不注意だ。


「あれ、開いている――」


 春都の知るところではないが、この映画館は本来、反社会組織と一切関わりを持たないただの映画館である。

 怪人や戦闘員に占拠されたのはつい最近。人件費削減のために受付が完全自動化されて店舗人員が少なくなっていた、というのは小さな要因でしかない。怪人に狙われれば、一般人の抵抗など無意味である。

 怪人は集客率の大きい休日を狙って現れる。

 休日は出勤すべきスタッフの代わりに、スタッフに化けた戦闘員が映画館の業務を完璧に代行する。お客様満足度は平日の150パーセントをキープしていた。

 つまり、本日映画館にいるスタッフ、係員、売店の店員にいたるまで全員が偽者だ。一部の猛者は覆面のまま接客をこなして、アンケートにてサービスの素晴らしい店員もぎりと褒められた。

 ただ、どれだけ接客が完璧だったとしても所詮は偽者でしかない。上映作品を間違えたり、パンフレットの購入数の桁を一つ間違えたり、バックヤードのドアの鍵をかけ忘れたり、と偽者らしいミスを犯す事も多かった。


「イィ、イィー」


 春都が開いた扉の先には……通路を箒で清掃している中腰の戦闘員がいる。それなりに長く占拠している映画館なので、埃が気になってしまったのだろう。

 戦闘員は開かれたドアと、ドアを開いた春都に注目している。


「――あ、詰め替えシャンプーを買っておいたんだった。取りに戻らないと」


 春都はすかさず、風呂場の扉を閉めるような自然さでドアを閉めた。その場をつくろうための台詞も忘れていない。


「イィーーッ」

「クソ、だまされないか!」


 閉めたばかりのドアから戦闘員が跳び出してくる。

 戦闘員の手が伸ばされて春都の服を掴んだ。もう逃げられない。


「離せ、戦闘員!」

「イィーっ!」


 春都が男ではなく女だったならば、どこからともなく現れるイケメンヒーローに助けられるシチュエーションなのだろう。が、春都は男だ。美人ですらない。

 だから現れる助けがあるとすれば、精々が春都と同レベルの、男子大学生レベルのヒーローぐらいなものだった。



「大丈夫か、春都っ!」



 突如、戦闘員は背中を蹴られて顔面から転倒していく。

 簡易改造と戦闘服で強化されている戦闘員であるが、完全な不意打ちにまでは対処はできない。しかも当たり所が悪かったのか、手足をぐったりと伸ばし、意識を朦朧もうろうとさせていた。

 春都は、自分を救ってくれたヒーローに声をかける。


「……えーと、誰?」

「俺だよ。俺」

「いや、だから誰だよ」


 現れたヒーローは、倒れた戦闘員の拘束に取りかかった。戦闘員の背中のファスナーを下げて中途半端に服を脱がす。腕を交差させながら、袖口を引っ張って背中の真ん中まで伸ばす。袖口同士を結べば拘束服の出来上がりだ。

 戦闘服の謎素材の伸縮性を知っていなければ思い付かない方法であるが、知っていて当然。現れたヒーローも戦闘服を着ている。

 戦闘員との相違は顔のみだ。ヒーローは覆面の代わりにプラスチックっぽいサングラスとブランケットを使って顔を隠していた。


「春都も手伝え」

「お前は……何だ、二郎かよ。まぎらわしい恰好に着替えているな」

「春都を騙せているなら完璧だ。俺の素性はばっちり隠せている」


 春都はようやく現れたヒーローの正体に思い当たり、戦闘員の拘束を手伝った。左右の靴の靴紐を固結びしている。


「二郎、その安物っぽいサングラスは何だ?」

「ここは映画館だからな。3D用の眼鏡を買ってきた」

「いや、入手元をいているんじゃない。どうして顔を隠している?」

「悪の秘密結社に顔が知られたら不味いだろ」

「……俺はもう手遅れなような」


 拘束した戦闘員を放置できないため、何処に隠すかを二人は思案した。

 戦闘員が所持していた箒から連想して、近場の掃除用具箱に詰め込む事で意見を一致させる。戦闘員を協力して運び、用具箱に放り込む。


「もしもの時は俺が前に立つ。春都、怪人を探すぞ」

「ええい。こうなればヤケだ。行くぞ、二郎」


 二人の男子大学生は身の程知らずにも怪人の潜むバックヤードへと侵入する。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ベネチアンマスク、顔に穴、うっ頭が
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