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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第1章  晴れ【Friends】
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第19話  ~完全決着~



 運命の日。


 ここイクリムの町の公民館に、昼過ぎに招かれた3人の少年少女は、4日ぶりの再会となる。諸々の事情からクラウドに対して頭の上がらないファインだが、彼を目にした瞬間に駆け寄った彼女が何か言うより早く、クラウドが掌を前に出して、何も言うなと制止した。拒絶の仕草だろうか。そうでないのは、言いたいことがあるにせよ後で、と、朗らかな笑顔を返してくれたクラウドの態度からも明らかだ。


 ひとまずは、今日を乗り切らねば明日も見えないのだ。過去を振り返るより、目先のことに集中すべきとファインを抱き寄せたサニーは、クラウドと共に公民館に入っていく。そうした態度を見せつつも、クラウドに小さく会釈するサニーの行動には、クラウドも気にしなくていいよと微笑みかけてくれる。


 巻き込まれたこと、混血児と関わってしまったことに、クラウドが嫌悪感を感じていないことを表明する態度は、少なくとも二人には嬉しかったことだ。ならばなおのこと、今日を乗り越え彼に降りかかる理不尽を、僅かでも和らげようという決意が二人の間で固まる。作戦は、しっかり固めてきてるのだ。


「全部、私に任せて。話も合わせて頂戴ね」


 本当なら、クラウドとも作戦会議がしたかったのだが、所在がわからず会えなかったため、それは叶えられなかった。司法の場へあと数十歩という所で、サニーが持ちかけてきた話に対し、クラウドも急に何を言い出すのだろうと思ったものだが。


「……わかった。二人に任せるよ」


 クラウドも、あったことを話すぐらいしか出来ないし、その上でろくな結果にならないことは予測出来ていて悩ましかった頃だ。サニーの言葉を信用し、頼りにさせて貰うよと明言したクラウドに、サニーはありがとうの一言とともに力強くうなずいた。






 さあ、公民館の一室、特に綺麗にしてある一室に入った3人を迎えたのは、向こうも3人の天人だ。町長のカルム、その側近のマラキア。そして、3人にとっては初対面の、二十代半ばと見える若い顔立ちの天人だ。ただし、天人であるサニーはその人物の顔を知っている。


「はじめまして。僕がどのような立場の者かは知っているね?」


「……テフォナス様ですか?」


「おや、知っているのか。まあ、白状すると司法人という柄ではないんだけどね」


 天界に住まう上級魔術師よりも上の立場に立つ者、特級天界兵として既に名を馳せている、テフォナスと呼ばれた男がふっと微笑む。若作りだがその実30代半ばであり、実力に上乗せしての甘いマスクから、天人達の間でも広く支持される存在だ。天界人というだけでそれなりの地位が保証されているマラキアではあるが、こちらはそれ以上の実績もはっきりと持つ、正真正銘の天界のエリートといったところだろう。


「本来ならば、しっかりとした司法人を向かわせるのが筋というものなんだけどね。今日のところは、タクスの都に駐在していた僕が赴くことになった。――カルム氏も、納得してくれるかい?」


「勿論です。わざわざご足労かけたことを、深くお詫び申し上げます」


 カルムも目上の者にへつらうのは早いものだ。一介の町長なんて天界人に比べれば平民みたいなものだから、媚びておくのが吉。憎まれっ子世にはばかるという言葉があるが、こうして強きにへつらい弱きを虐げる者が、下々に嫌われながら自らの地位を保持しようとする現実があるから、その格言にも信憑性があるというものだ。


 さて、そんなことはさておいて、とっとと話を纏め上げて界人様なんかには帰ってもらわねば。話が長引き機嫌を損ねられると面倒だと、サニーもマラキアも感じている。町長陣営のマラキア、被疑者陣営のサニー、二人の眼差しはすでにぶつかり合っている。


「さて、それでは話を聞かせて貰おうかな。まずはマラキア氏、君からだ」


「はい。まずは……」


「あの、すいません」


 マラキアが語り始めようとした矢先、いきなりサニーが口火を切った。司法人のテフォナスが導いた手順を妨げるのは、本来してはいけないことだ。それでも、マラキアが余計なことを言うより先に、サニーには言っておかねばならないことがある。この手順は不可欠だ。


「先に、謝罪させて頂いてもよろしいでしょうか。私達なりに、反省したことも沢山あるのです。それによって慈悲にあやかろうというつもりもありません。ですけど、先に申し上げておきたいのです」


 まあ、殊勝なことで。もっとも、その言葉の裏に何らかの思惑があることは、テフォナスもマラキアも何となく勘付いていることだ。許可されるだろうか。サニーは挑戦的な眼差しではなく、懇願するような目をちゃんと作っている。


「マラキア氏はどうかな?」


「……いいでしょう。聞くだけになると思いますがね」


 よし、通った。土俵に上がれたことを確信し、サニーは数日前からの顛末を、ひとつひとつ語り始めた。






 初日、カルムに手を上げてしまったこと。ただし、こうこうこういう事情で手を出してしまったという内容も併せてだ。カルムの理不尽さ、手を出したファインの動機を聞いて、司法人テフォナスの下す裁定が変わるとはあまり思っていない。自分の横暴を暴露されるカルムは渋い顔をしているが、だからってテフォナスが自分にどうこう言ってくるとは思っていないため、カルムも甘んじて受け入れた。最後はファインならびにサニーが、謝罪の言葉とともに頭を下げることで締め括ったため、まあ特に角が立つこともなかった。


 問題は翌日、カルムの屋敷に乗り込んだファインとサニーの証言だ。黙って聞いていたテフォナスとしては、なるほどそういう顛末で、というだけの話。しかし、カルム側に着くマラキアにとって、事実とは違うサニーの報告には、聞けば聞くほど頭を巡らせずにはいられなかった。


 サニーの説明はこうだ。罰金に納得出来なかったサニーは、ファインの制止も聞かずにカルムの屋敷に乗り込んだ。ここまではまあ、マラキアも納得できた。しかし、事の顛末をここまで筋道立てて説明できるサニーが、マラキアに不意打ちを受けたことや、ファインが地下牢に捕えられたことを一切公表しなかったのだ。


 減刑を受け入れられなかったことに満足できず、カルムの屋敷で暴れてしまって本当に申し訳なかったと。サニーは頭を蹴られたことなど、先にされたことの一つも公表せず、すべての非を自らでひっかぶっている。相手の非を口にせず、立てる形で尻尾を振っているのだろうか、と、真実を知るマラキアの邪推が走るのは当然だ。


「暴れた私はマラキア氏に取り押さえられました。どんな罰でも受け入れねばならない局面を、友人のこの子や、縁のあった彼が見かねて助けてくれました。そうして、今日まで逃げてきたのです」


 これが一番大きい。サニーが公表"しなかった"事実の中でも最も大きいのは、サニーがマラキアを破ったという結果。そうと言わずに、友人二人が不意を打ち、マラキアが3人がかりの急襲を受けてしまい、無法者をやむなく取り逃がした、そういうふうに事実を書き換えようとしている。


 申し訳ありませんでした、と重ね重ねの謝罪を、頭を下げて述べるサニーとファイン。怪訝な瞳を隠せないマラキアの目を、顔を上げたサニーは一瞬だけ、鋭い眼差しで突き刺した。その一瞬だけで、本当ならばもっともっと、天界人様にちくってやりたいことがあるというサニーの胸中を、マラキアはしっかり感じ取ることが出来た。同時に、マラキア自身が最も回避したかった事実の公表を、サニーが伏せてくれたことへの真意の読み取りにシフトする。


 話が違うな、と思いつつも、サニーの作り話に合わせて頭を下げるファインとクラウドによって、こちらの連携は成立している。マラキアが敗れた経緯を見ていないカルムは、そういう流れだったのかと聞き及ぶ程度の認識だ。マラキアと3人の中で、密かな駆け引きが行なわれていることに、彼だけが気付いていない。


「彼女の言っていることは、真実なのかな?」


 テフォナスも、ちょっとした違和感を感じ始めてはいるだけの勘は持っているが、何せ持っている情報が少なすぎるから、その真まで読み取ることなど出来るはずがない。マラキアを見やるテフォナスの目の前には、腕を組んで謝罪を聞き入れるマラキアの態度しか見えないが、彼もまたポーカーフェイスが上手い。天界人様の手前、知られてはまずい真実を秘匿するため、しっかりと内面に渦巻く感情は隠し通している。


「……真実ですね。誠意は受け取りましょう」


 さあ、これは大きい。作り話を、マラキアが真実であると断言したのだ。この言質が取れたのならば、彼が賢明ならばもう大丈夫だろうと、サニーも勝算を掴んだ実感を得る。元々サニーは、あの馬鹿町長が未だに町を上手く治めているように見えるのは、その裏でマラキアがいるからだと、容易に推察できている。マラキアのことは個人的に好きでも何でもないが、彼が悪い意味も含めて、話のわかる頭の持ち主だとは読めているのだ。狐は狸の気配には敏感である。


「謝罪を聞き受けたマラキア氏として、何か説明することはあるかな?」


「特にありませんね。私が語ろうとしていた顛末は、すべて彼女が話してくれました」


 最善の展開だ。余計なことを一つも語らないということは、マラキアがサニーによる水面下の交渉を呑んだことを暗示している。わかってくれてるでしょうね、と、脈絡無く小さくうなずいて見せるサニーの態度は、司法人や町長にはわからず、マラキアにだけ伝わるメッセージだ。


「事情はわかった。では、求刑といこうか」


「どんな罰でも、受け入れます」


 どんな刑を下すにせよ、まずは原告側の求める要求を聞くのが天界司法人のやり方だとサニーは知っている。このやり方を天界司法人が好むのは、被害者たる天人側がどんなに度の過ぎた罰を望んでも、それを贔屓し認める権利が、天界司法人にはあるからだ。言わば感情任せの言い値、求刑を認め、法の力で天人の敵を裁く天界司法人の進行は、結局は天人贔屓のやり口なのである。


 どんな罰でも、という言葉を敢えて口にしたサニーの真意は、あんたの裁量で全部決まるわよと、マラキアに最後に念を押すメッセージだ。一方で、カルムもわくわくしている。自分もそれなりに腹に据えかねているが、混血種にこけにされたマラキアなら、激烈な求刑をしてくれると信じているからだ。鞭打ちを経ての死刑あたりなら一番いいとか、そういう下賎な思索を巡らせるカルムの隣で、マラキアは考え込んだふりをした後、間を開けて求刑の口を開いた。


「3名は、この町を永久追放と致しましょう。今後二度と、この町に立ち寄ることを禁じ、それに反すればその時こそ厳罰という形を求めます。屋敷を破壊した賠償金も請求したいところですが、支払い能力にも乏しいようですし、それは今後の書面で請求することにしましょう」


 成功だ。話のわかる奴だと読んだ自分に間違いはなかったと、サニーは内心でガッツポーズ。予想外すぎる甘い求刑に驚いたのはクラウドもだが、ぎょっとしてマラキアを見るカルムはもっとだろう。


「……その程度でいいのかい?」


「ええ。それなりに痛い目は見て貰いましたし、これ以上むきになっても大人げないでしょう」


「ちょっと待て! 貴様はそれでいいかもしれんがな……!」


 屋敷を荒らしたサニーとクラウド、自分を締め落とすにまで至ったファインを、カルムはこの程度の罰で許せるわけがない。まあ客観的に見れば、法で立ち入ることすら許されない町がひとつ出来るというのは意外に不自由するもので、そんなに軽い罪でもないのだが。ただし目先を鑑みれば、どうせこの町に長居するつもりもなかろう3人を、鞭で打たずに追放するだけでは何もしないのと同じだとカルムには見える。実際、本質はそうだ。


 納得出来るかとマラキアに怒鳴り立てようとしたカルムを、素早く振り向いたマラキアが両肩を握り締めにかかる。何だ離せ、とカルムが口にするより早く、爪を立てて凄まじい握力をかけ、司法人に見えない角度で威圧的な目を浮かべるマラキアが、言葉を半ばにしたカルムを黙らせる。


「あなたは町長です。賢明な判断を致しましょう? 引き際を弁えねば、長期の政権も難しいものです」


 余計なことを言うな。そう言外に含まれたマラキアの威嚇に、つつ、と冷や汗を垂らしてカルムも口をつぐむ。この町、一番の権力者はカルムであっても、一番の実力者はマラキアで揺るがない。いよいよ本気で睨み合えば、修羅場をくぐっていない温室育ちの町長なんて、若さと牙が鈍く光るマラキアの敵ではない。


「と、いうわけです。ご足労、深く感謝すると共にお詫び致しますが、かような求刑を受け取り、今後の処置をお願い申し上げたく存じます」


「……まあ、いいだろう。双方が納得するのであれば、そうさせて貰うよ」


 双方と言いつつ、サニー達にそれでいいかと聞かないあたり、テフォナスも天人のマラキア贔屓が露骨。だが、サニー達もそんな刑で済むのなら問題なし。二度とこの町に来なければいいだけ、安いものである。これにて話は纏まって、席を立つ司法人テフォナスを見送る形で、短い交渉は幕を閉じたのだった。






 天界人とは天人の頂点に立つ者の集まりであり、マラキアもその末席に名を連ねている。若くして戦闘魔術師としての才覚を芽吹かせたマラキアは、天界人の中でも期待の若者と呼ばれた立場なのだ。それが年端もいかない女の子に、しかも不意打ちの末に頭に傷を負わせ、脱臼までさせた相手に、一対一で敗れたと司法人に伝えられたらどうなるか。天界人の権威そのものに傷がつきかねない失態と言えるだろう。


 仮にテフォナスにそれを話されたところで、天界人は結託して権威を落とさぬよう、事実を隠蔽するだろう。だが、天界内ではマラキアの名が著しく傷つくのは間違いのないことだ。上級魔術師の肩書きを与えられた者が、年端もいかぬ少女に負け、挙句には混血種にまで出し抜かれてと、天界人の面汚しめと身内間での評価は地に落ちることになる。そうなれば、もうマラキアの出世への道は閉ざされたと言ってもいい。憎らしい3人への苛烈な罰を望むあまり、身内であるはずのマラキアの立場も考えずに、天界司法人を呼び寄せたカルムや執事の短慮には、マラキアも頭を抱えたくなったものである。もしもサニーが、私は負傷した上での一対一でマラキアをぶっ飛ばしましたよ、とでも口走っていたら、天界人マラキアの今後がどうなっていたことか、あいつらは全く考えてくれていなかった。


 サニーが交渉の核としたのは、まさにマラキアのそういう所だ。自分が単身マラキアを破ったことは黙っておいてやるから、あんたの裁量で受けられる程度の罰に済ませなさいということ。苛烈すぎる罪を課せられ、未来がなくなるぐらいなら、死なばもろともあんたの出世街道も断ち切ってやるというサニーの無言の圧力は、未来あるマラキアに太刀打ち出来るものではない。死すら覚悟しなければならない立場の相手に、破れかぶれの切り札を持ち出されては、真っ向からぶつかっても共倒れにさせられて損しかしない。


 最初から敬意を払うに値しない町長だとはわかりきっていたマラキアだが、今回の一件、天界司法人を呼び寄せて、あわや自分の地位を危ぶめるところだったカルムに、この日肩入れ気など起きなかった。どうしてそんな奴の嗜虐心を満たすためだけに、自分の失態を公開し、自らの未来を犠牲にしなければいけないのだ。付き合いも無い仲から自分の立場を想像力で補い、良い落とし所を作ってくれたサニー達の方が、よっぽど話がわかるというものである。話を合わせたのは単なる利害の問題だったが、少なくともうちの馬鹿町長よりは見込みのある奴だとはっきり思えた。


 言葉の裏に隠された、サニーとマラキアの対話。どうにもならぬように見える窮地でも、思わぬ所に抜け道があったりするものだ。ファインの言葉からヒントを得たサニーの"対話"は、最善の結果を勝ち取った。

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