第18話 ~決戦は3日後~
朝も早くからファイン達の泊まる宿に届けられた、一枚の通達。差出人は町長、サニー達を探し当てる手段には事欠いていない人物だ。昨夜二人を笑顔で迎え入れた宿の主人が、一転腫れ物を見るような目でサニーに手渡したのは、町長カルムが二人に突きつける令状である。
まあ、だいたい書いてあることはサニーにとっても予想通りだったとおり。3日後には、北のタクスの都に駐在していた天界司法人がこの町に赴き、ファインとサニー、ならびにクラウドへの刑を定めるという内容。それまでお前達は裁かれる立場として、この町から出るなという話。関所も固めてあるから出ることは許されない、強引に出ることあらば罪状は上乗せされ、決して逃がさぬというカルムの熱意が、町長仕様の丁寧な言葉遣いの文字列からぷんぷん匂ってくる。
宿の主人にそれを受け取り、ひととおり目を通したサニーは、はいはいお疲れさんとばかりに令状をびりっびりに破り、近場のゴミ箱に捨て去った。知りませんよ、と苦い顔の主人を前にして、どうせなるようにしかならないですし、と、へらっと笑うサニーの態度には、肝が太さがよく見える。今も宿の一室で眠りについているファインに、直接こんな薄汚い文章を見せるぐらいなら、とっとと破棄してしまった方がいい。こんなこともあるだろうと、ファインより早起きしておいて正解だったと思う。
「申し訳ありませんが……」
「ええ、チェックアウトで。複雑な立場の者を、一夜でも受け入れて下さったことには深く感謝します」
罪人と、混血種。宿屋の主人にとっては、いずれも厄介者でしかない客の肩書きだ。天人に忌み嫌われる、天人と地人の混血児だが、地人とてそんな人物と懇ろにしていたら、貴様らそんな奴と、と天人に目をつけられかねない現実がある。結果的に、天人と地人の混血種というのは、双方の立場から排斥すべき対象として認識されてしまうのが実状だ。
別にサニーも、自分達を追放しようとする宿の主人に、皮肉めいて感謝の言葉を述べたわけではない。自分達が、安寧に過ごしたい人々にとっては、係わり合いになるべき相手ではない立場であることぐらいわかっている。混血児であるファインを親友と称し、絶対に離れないと古くから決意したサニーにとって、そんな運命いつ見舞われても覚悟の上のことだ。慇懃無礼に頭を下げ過ぎるわけでもなく、敬意を込めた瞳で宿の主人に感謝するサニーの姿は、少なくとも開き直っている立場には見えなかっただろう。
「ただ、色々あって私の友達も疲れているんです。あの子が起きたらすぐにでも出て行きますので、自然にあの子が起きるまでは待ってもらえませんか?」
「……まあ、いいでしょう」
「すみません。深いお心遣い、本当にありがとうございます」
だから、話が通じる。改めて礼を述べたサニーの姿は、一見して令状に記されたような悪人には見えないと、宿屋の主人に思わしめるには足るものだった。
「さーって、今日からどうしよっか」
「屋根があれば一番いいんだけどな」
宿から出たサニー達の前には、町の自警団達が数人群がっていた。二人を連行し、留置所に相当する場所に二人を招こうとした、カルムの差し金である。当然、サニーはきっぱりと拒絶した。この町の自警団なんて、町長たるカルムの息がかかった組織に決まってるし、ほいほいついて行って拘束される身柄になろうものなら、どんな扱いを受けるかわかったものではない。従わぬなら公務を妨げる行為につき、さらに罪が重くなるぞとも脅迫されたが、好きにして下さいと突っぱねたサニーの判断は正しい。相手がしっかりした組織ならともかく、蛇の巣だとわかりきっているのにほいほいと囚われに行くのは、見え見えのリスクを思えば賢くない。
ただ、それによって寝泊まりする場所が無くなってしまうのが困りもの。とうに町中にファイン達のことは通達されているだろうし、二人を受け入れてくれる宿も期待しない方がいい状況だ。もしも腫れ物も恐れず、二人を受け入れてくれる優しい宿があったとしても、その宿の今後を思えば世話になんかならない方がいい。昨夜泊まった宿は、日の浅さから二人を泊めたことにまだ言い訳も立つだろうが、今日からはそうもいくまい。罪人ないし混血種を、そうであると"知ってから"泊めた宿となれば、看板に傷がつくのが目に見えている。
飲食は生きるために不可欠なことなので、どこかで食べ物を買うことぐらいはしてもいいだろうが、それが他者と関われる今日からの二人の最大限だろう。お金もあるのに町の中で野宿という、世知辛い日々が3日後まで続くことになるが、自警団を突っぱねた時点で二人ともそれは覚悟済みである。
人里は、その外よりも野宿する場所を見つけづらい。どこもだいたい、土地の所有者が決まっているからだ。まあ、その辺りは大きめの公園の隅辺りにでも、夜に陣取ればいいだけの話なので、今日はこの辺りで寝ようかという場所だけ当たりをつけて、二人は朝食を買いに町へ歩きだす。雨が降ったら色々まずいが、屋根があればいいんだけどと言っていたファインも、あくまで理想論を口にしただけだ。これぐらいの不自由、想定内かつ許容範囲内である。
「……クラウドさん、どうしてるのかな」
「…………」
複雑な顔で軽食を売ってくれた出店の若い商人に、温かい焼き物の朝食を受け取った二人は、公園のベンチで腰を落ち着かせる中で、彼のことを思い浮かべていた。カルムの暴力的な采配により、住む家まで奪われた上で、きっと彼もこの町を出ることを許されない立場になっているだろう。暫定罪人めいた烙印を押され、寝泊まりする場所もなく、町を出ることも許されない彼の状況を、世間では飼い殺しと形容するのだ。カルムに家を奪われた後、とっととこんな町出て行くつもりだと言っていたことからも、野宿に抵抗がなさそうなのは想像できるが、それにしたって楽な立場ではあるまい。まして彼が、自分を助けることでそういう立場に明確に追い込まれた現実がある以上、ファインも今のクラウドを思うたび顔を上げられなくなる。
「3日後になれば、また会えるわ。言いたいことがあるのなら、その時にしましょう」
「……うん」
自分が混血児だと知った後の、宿の主人や商人の顔を思い出すファイン。あんな眼差しと同じ種類のものが、恩人たるクラウドにも、罪人を見るような形で注がれていないことを、ファインは祈るような心地で願っていた。たとえそれが、叶いにくいものだと知っていても。自分に端を発することであるとわかっていてもだ。
「……天界司法人様を招かれたのですか」
サニーに破れ、使用人に担がれる形で医療所に運ばれたマラキアは、医術士の手当てもあって今は随分と回復した。町長屋敷お抱えの医術士となれば、天人の魔術師も地人の魔術師も擁している。ファインは一人ですべてを為していたが、数人がかりで彼女と同じく多種の魔術を駆使してくれたので、一日安静にしていたマラキアも随分回復した。
天人と地人が手を結び、自分たちにしか扱えない魔術を複数人で共有すれば、こうした早い医療もスムーズに行なえるはずなのだ。なのに天人と地人の溝が深い現状に、非効率ないし非合理を唱える者が少ない世の中は、やはり歪なものだと言えよう。
ひとまず歩けるようになったマラキアだが、カルムに話を聞いた時には、思わず眉がひくついたものだ。。自分がいないところで、なんてことをしてくれるんだと。天界からお偉い様を招いたら、場合によっては得策ではないと、少し前に話したこともう忘れているのかと。
「貴様がしっかりしていれば、かの方々の手を煩わせることもなかったのだがな」
「……そうですね」
それは事実だと、マラキアも苦い顔を隠して受け入れるしかない。まあ、奴らを陥れるためなら愚策ではないとは思う。天界司法人は露骨に天人贔屓だし、サニーはともかく、地人クラウドや混血種ファインへの当たりはきついはず。自分も天人であるし、騒動の渦中にあった自分には発言権もあるだろうから、例の3人を陥れる弁を作ることはそう難しくないだろう。審判がこちらびいきの出来レースなど始めから勝ったようなものだし、目的に沿えばカルムの判断は適切な道筋だとも思う。
ただ、他にもっといい手段はいくらでもあったのに、そうしてくれなかったカルムの単細胞を憎みたい想いのマラキア。念のため尋ねてみれば、執事も嬉々としてそれに乗ってきたという話。どいつもこいつも。昔からわかっていたことだが、カルムといいその取り巻きといい、思慮というものがないのかと思う。今までも彼らの短慮に呆れることは多かったが、今日ほど身内の慮り無さに辟易したことはあるまい。
「……なんだその顔は。不満でもあるのか」
「いいえ、特には。連中を晒し者にするのが、楽しみですね」
ポーカーフェイスで面を固め、カルムの機嫌を取る言葉を連ねるマラキア。そうだな、と両手を組んでほくそ笑むカルムを目の前、マラキアの胸で渦巻いていた失望の想いを、この町長は知る由もない。
悩ましいのはサニーも同じだ。幸い晴れた今宵の星空を、公園の隅に寝そべるサニーが、複雑な顔をしているのは寝心地のせいではない。まあ、虫刺されを気にしなきゃいけないなというのは懸念事項であるが、それより天界司法人様が来る当日のことが気がかりだ。
カルムもマラキアも、あるいはそれらの取り巻きの使用人達も、ここぞとばかりにサニーとファインを悪者扱いしてくるだろう。そしてジャッジは天人贔屓の天界人様。同じ天人である自分でさえ、事実と照らし合わせれば、客観的に分が悪い立場なのだ。町長屋敷に乗り込んで、暴れたことは揺るがない事実であるのだから。土下座させられ頭を蹴られたことや、地下牢にファインが幽閉されたこともきっちり話してやるつもりだし、ある程度まではそう至った経緯も話せる自信がある。
ただ、それでサニーに対してはある程度司法人様も色々汲み取ってくれる可能性はあるが、ファインやクラウドはそうもいかないだろう。自衛ないし自分への裁きは最悪まで想定済みのサニーだが、悩ましきは守りたい二人への処遇だ。何と語れば二人への理不尽な罰を防げるか、今朝からずっと考え続けているのだが、一向に良い考えが出てこない。
かねてから、人生を幸福に生きるために最も必要なものは"対話"と信念を置くサニーだが、話し合いで穏便に収められない現実が多いこともわかっている。でも、それを大人びた諦観で肯定し、ファインならびにクラウドを見捨てるようなことは絶対にしたくない。寄り添うように隣に寝そべる、ファインを心配させるような姿を見せたくないから、溜め息すらつけない現状がより大変。
「……ねえ、サニー」
「ん?」
単に夜空を眺める無表情から、反応するだけの無表情をファインに向けるサニーは、ごくごく自然に胸中の悩みをファインに秘匿することに成功している。きっとファインも、似たような悩みを抱えていることはわかっているけど、自分まで懸念を表情に出していては、運命の日までのファインの不安も大きくなるだろうと思うから。だから、憂いを表に出すことは敢えてしようとしない。
「私、思うんだけど――」
「はぁ、呆れる。こんな時にまで、誰の心配してるのよ」
「でも、気になるよ」
サニーも隠していた溜め息を、別の形で吐くことになった。今の自分がどれだけ大変な立ち位置に置かれているのか、わかっていないわけでもなかろうに、心配する相手がおかしいだろうと。予想だにしなかった発想との出会いは新鮮である一方、人が良すぎるファインの発想には、美徳を通り越してやり過ぎだと感じる。もっとも、どうして彼女がそこまで"いい人"でいようとするのか、ファインの過去を知るサニーも知っているが。
「……どうにか、出来ないかな」
「容赦する必要なんかないわよ。それより自分のことを……」
ごくごく当然の言葉をその後に続けようとしたサニーだが、言葉半ばにしてそれは途絶えた。いや、ちょっと待て。ファインの発想とは違う観点からの詰め方になるが、それは上手く扱えばマラキアを黙らせることが出来る妙手に繋がるのでは――そう思い至ったサニーが、上天を見上げて寝転がっていた体を起こす。
「サニー?」
「ちょっと待って、考える」
捉えようによっては、それはマラキアの急所だ。加えて、敵対陣営の中で一番の権力者はカルムとはいえ、マラキアはそれに次いで発言力のある立場だろう。まして当事者、マラキアの証言が重視されるであろう見通しまで加味すると、これはかなり攻め込んでみる価値がある。そこまで考えて全体状況を改めて見れば、天界司法人という向こうの切り札さえも、こちらの立場を良くするためのカードに変わり得る気がしてきた。
あくまで今の段階では思いつき。しかし3日後までにしっかり論を練り上げれば、それなりの形に纏め上げることも不可能ではないかもしれない。寄る辺なく思考の迷路を漂うだけの3日間は短いが、指針があるなら限られた時間も、充分にある好機への道筋だと前向きに捉えられるものだ。
「……いけるかもしれないわね」
「本当?」
「ええ。無傷とはいかないでしょうけど……想定よりも浅い傷で済みそうだわ」
みんなが、とサニーはその言葉の後に続けた。勝負できそうだ。己が最も信念の軸に掲げる、対話によって事を鎮められる予感には、サニーも意気込んだうなずきをファインに見せられる。ほぼほぼ不可能だと思っていた、救いへの道が一筋でも見えた時、サニーの表情はこれほどまでに輝くのだ。そんな彼女の笑顔を見て、たとえようもない頼もしさを無性に感じずいられぬほどには、ファインもサニーを信頼している。
「見てなさいよ、ファイン。お姉ちゃん、頑張っちゃうんだから」
親友でもあり、今の唯一の家族とさえ言えるサニー。彼女がファインの頭を撫で、温かい体温を伝えてくれる充足感に、ファインが安らぐ表情は、月に照らされ日の光よりまぶしくサニーには映った。この笑顔を守るためならいくらでも頑張れると、改めてサニーは決意を固めることが出来る。




