第五話 おおかみ、事情を告白する
「ぼ、ぼくだって、こんなことしたくなかったんだよおおお!」
おおかみは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫びました。
赤ずきんは、ハンカチを差し出しました。
「とりあえず、鼻をかんでください」
「ううっ……ありがと……」
おおかみはハンカチを受け取り、鼻をかみました。
「それで?」
「……え?」
「事情を説明してください」
「……うん」
おおかみは、ぽつりぽつりと話し始めました。
「実は……おばあちゃん、今朝、旅行に出かけたんだ」
「旅行?」
「うん。友達と三日間、温泉旅行に行くんだって」
赤ずきんは、目を細めました。
「……風邪をひいて寝込んでいると聞いていたのですが?」
「ぼくもそう思ってたんだよ!でも朝会ったら、すっごく元気だったんだ!」
「誰から、風邪をひいていると聞いたんですか?」
「おばあちゃん本人だよ!」
「……本人が?」
「うん!『赤ずきんが来るかもしれないから、風邪で寝込んでいることにしておくれ』って!」
「…………」
赤ずきんの表情が、すっと無になりました。
「……続けてください」
おおかみは、びくりと肩を震わせました。
「おばあちゃん、ぼくにお仕事を頼んできたんだ……」
「どのような?」
「旅行の間、誰かが家に来たら、留守だってバレないように対応しろって……」
「なぜ、留守であることを隠す必要があるんですか?」
「わ、わからないよおおお!『家が留守だとわかったら、防犯上よくないだろう?』って言ってたけど!」
「では、なぜあなたが選ばれたんですか?」
「……ぼく、前におばあちゃんの家の窓を割っちゃったことがあって……」
「はい」
「そのとき、おばあちゃんに怒られて……。でも、代わりに窓を直す手伝いをしたら、『あんたは力持ちだし、言うことを聞くなら役に立つねえ』って……」
「それで?」
「それから、時々お使いとか、荷物運びとか、頼まれるようになって……」
「今回も断れなかった?」
「うん……」
おおかみは、しゃくり上げました。
「『断ったら、前に割った窓の修理代を請求するよ』って言われて……!ぼく、お金なんて持ってないし……!」
「……なるほど」
赤ずきんは腕を組みました。
「つまり、あなたは過去の失敗を理由に、断りにくい頼み事を押しつけられた。その内容は、他人に対して家人が在宅していると偽ること。さらに、私が来た場合の対応まで指示された、と」
「うん……」
「それで、私が森を通ると知って、途中で何度も引き返させようとしたんですね?」
「うん……」
「花畑に誘ったのも?」
「うん……」
「祖母宅への訪問を止めようとしたのも?」
「うん……」
「では、あなた自身が私を食べようとしていたわけではないんですね?」
「食べないよおおお!ぼく、人間なんて食べたことないよおおお!」
「……そうですか」
赤ずきんは、少しだけ表情を和らげました。
「それなら、最初から事情を説明すればよかったのでは?」
「だって! おばあちゃんに、絶対に秘密にしろって言われたんだもん!」
「おばあちゃんは旅行中なのですよね?」
「うん……」
「今、この家にはいませんよね?」
「うん……」
「つまり、秘密を守るために、おばあちゃんのふりをして、私をだまし続ける必要があると思っていたわけですか?」
「…………」
「その行為に、どのような合理性があるんですか?」
「うわあああああん!もう帰りたいよおおお!」
おおかみは再び泣きました。
赤ずきんは、ため息をつきます。
「……わかりました。あなたの事情は理解しました」
おおかみは、涙目で赤ずきんを見つめました。
「ほ、本当?」
「はい。ただし、今後は他人に頼まれても、事情を説明できない不自然な行為には協力しないこと。特に、家人の在宅を偽るようなことは、場合によっては防犯上の問題にもなります」
「……うん」
「それから、窓の修理代については、実際に必要な金額を確認し、すでに支払った分があれば二重請求にならないよう記録しておくべきです」
「……うん」
「あと、おばあちゃんの旅行先と帰宅予定は?」
「三日後……」
「緊急時の連絡先は?」
「知らない……」
赤ずきんは、再び手帳を開きました。
「やはり、おばあちゃんの生活管理体制には問題がありますね」
「えっ、そっち!?」
「そっちです」
おおかみは、もう泣く気力すら残っていませんでした。
そのとき、コン、コン。玄関の扉がノックされました。
「おばあさん、いらっしゃいますか?」
低い男性の声です。
赤ずきんは顔を上げました。
「……どなたでしょう?」
扉の向こうから返事がありました。
「狩人です。森の見回りで近くを通ったので、様子を見に来ました」
赤ずきんは、ベッドの上で耳を伏せるおおかみを見ました。
そして、静かに立ち上がります。
「……少々、お待ちください」
しかし、扉が開くよりも早く、ガチャリと玄関の扉が開き、狩人が部屋へ入ってきました。
そして、ベッドの上にいるおおかみを見た瞬間。
「オオカミ! おばあさんをどうした!」
狩人は叫び、肩にかけていた銃を構えました。
「まさか、おばあさんを襲ったのか!」
「ち、違うんだ!」
おおかみが慌てて両手を上げます。
「ぼくは何もしてない!おばあちゃんは旅行に……!」
「黙れ!」
狩人は銃口をおおかみに向けたまま、引き金に指をかけました。
「人食いオオカミめ!ここで退治してやる!」
「ひっ……!」
おおかみは、ベッドの上で縮こまりました。
その顔から、血の気が引いていきます。
赤ずきんは、狩人とおおかみの間に立ちました。
「待ってください!」
狩人が目を見開きます。
「赤ずきん!危ないから下がりなさい!」
「下がりません」
「そいつはオオカミだぞ!」
「存じています」
「なら、なぜかばう!」
赤ずきんは、両手を広げておおかみを背中にかばいました。
「この子は、私を襲っていません!」
「しかし、そいつはおばあさんの服を着て、ベッドにいるじゃないか!」
「それには事情があります!」
「どんな事情だ!」
「おばあちゃんが旅行に行く間、留守だとわからないように、ここにいるよう頼まれたそうです!」
「……は?」
狩人の表情が固まりました。
「旅行?」
「はい。三日間の温泉旅行です」
「風邪で寝込んでいると聞いたが……」
「それは、おばあちゃん本人が私にそう伝えるよう、この子に指示したそうです」
狩人は、銃を構えたまま、おおかみを見つめました。
おおかみは、涙目で何度もうなずきました。
「ほ、本当です……!ぼく、ただ言われたとおりに……!」
狩人の眉間に、深いしわが寄りました。
「……では、お前はおばあさんを襲っていないんだな?」
「襲ってないです!」
「赤ずきんも?」
「襲ってません!」
「人を食べたことは?」
「ないです!」
「本当に?」
「本当ですううう!」
狩人は、しばらく黙っていました。
やがて、銃口をゆっくりと下げました。
赤ずきんは、おおかみをかばったまま言いました。
「狩人さん。危険があると判断することは大切です。でも、見た目だけで結論を出して、事情を確認せずに撃つのは適切ではありません」
「……それは、そうだが」
「もし、この子が本当に悪いことをしていたなら、事実を確認したうえで対処すればいいんです。けれど、今はまだ、そうとは言い切れません」
狩人は、深く息を吐きました。
「……わかった。話を聞こう」
その言葉を聞いた瞬間。
おおかみは、赤ずきんの服の裾をぎゅっとつかみました。
「……赤ずきん」
「なんですか?」
「……ありがとう」
赤ずきんは、少しだけ振り返りました。
「お礼はまだ早いです。これから、あなたが何をしていたのか、きちんと確認する必要がありますから」
「……うん」
「それから、おばあちゃんが帰ってきたら、今回の件についても話し合いましょう」
「……うん」
「あなたに無理なことを押しつけた件も含めて」
おおかみは、もう一度、こくりとうなずきました。
狩人は銃を肩に戻し、呆れたように頭をかきました。
「……なんだか、俺まで尋問されそうな気がしてきたぞ」
赤ずきんは、すぐに狩人のほうを向きました。
「ちょうどよかったです。狩人さんにも確認したいことがあるんですが」
「いや、待て。俺は帰る」
「まだ何も質問していません」
「その前に帰る!」
狩人は、脱兎のごとく玄関へ向かいました。
「狩人さん。森の見回りの記録は、どのように管理しているんですか?」
「聞こえない!俺には何も聞こえない!」
「緊急時の連絡網は?」
「聞こえないったら!」
「おばあちゃんが一人暮らしをしていることについて、危険性を検討したことは?」
「うわあああああ!」
狩人は逃げていきました。
静かになった部屋で、赤ずきんは小さく息をつきました。
「……まったく。どうして皆さん、質問に答える前に逃げてしまうんでしょう」
ベッドの上では、おおかみがぽつりとつぶやきました。
「……赤ずきんが怖いからだと思う」
「何か言いましたか?」
「な、なんでもないです!」
おおかみは、背筋をぴんと伸ばしました。
その日、森では一つの教訓が生まれました。
悪いことをしていなくても、赤ずきんに事情を説明するのは大変である。
そして三日後、旅行から帰ってきたおばあちゃんは、赤ずきんから一時間半にわたる生活環境改善計画の説明を受けることになりました。
その隣では、おおかみがなぜか議事録を取らされていました。
狩人は、二度とおばあちゃんの家を訪ねなくなったそうです。
ただし、赤ずきんが質問をするのをやめたわけではありません。
今日も森のどこかで、彼女の声が響いています。
「ところで皆さん。緊急時の連絡体制についてですが……」
「「「に、逃げろおおおおお!」」」
森は今日も、平和でした。
めでたし、めでたし?
学生の頃に書いた赤ずきんの話を書こうとしてたのに、何故か全然違う話になってしまいました。
そのうち、別バージョンも書きたいと思います。




