第一話 お母さん、それは介護放棄ではありませんか?
むかしむかし、あるところに、赤い頭巾がよく似合う女の子がいました。
名前は赤ずきん。
赤ずきんは、賢く、真面目で、疑問に思ったことは納得するまで追及せずにはいられない性格でした。
そんなある日の朝、お母さんが、バスケットにパンや果物を詰めながら言いました。
「赤ずきん、ちょっとお願いがあるの。森の奥に住んでいるおばあちゃんが、風邪をひいて寝込んでいるらしいの。だから、このお見舞いの品を届けてきてくれる?」
「……え?」
赤ずきんの手が止まりました。
「お母さん。今、なんとおっしゃいました?」
「え?だから、おばあちゃんのお見舞いに……」
「おばあちゃんは、森の奥に一人で住んでいるんですよね?」
「そ、そうよ?」
「しかも、風邪をひいて寝込んでいる?」
「ええ、そう聞いたわ」
赤ずきんは、お母さんの目をまっすぐ見つめて言いました。
「……お母さん」
「な、なに?」
「どうして、そんな状態の高齢者を、医療機関も近くにない森の中で一人暮らしさせているんですか?」
「えっ」
「そもそも、風邪をひいたのはいつですか?誰が確認したんですか?最後に連絡を取ったのはいつですか?」
「ええと、それは……」
「もし、熱が悪化して意識を失っていたら?夜中にトイレへ行こうとして転倒し、そのまま起き上がれなくなっていたら?水分も食事も取れず、脱水症状を起こしていたら?」
「ちょ、ちょっと待って、赤ずきん……」
「待ちません」
赤ずきんは即答しました。
「さらに言えば、突然死していた場合はどうするんですか?発見が遅れれば、誰にも気づかれずに何日も放置される可能性がありますよね?」
「そ、そんな縁起でもないことを言わないでちょうだい!」
「縁起の問題ではありません。リスク管理の問題です」
赤ずきんは指を一本立てました。
「第一に、定期的な安否確認がないこと。第二に、緊急時の連絡体制が不明であること。第三に、体調不良時の支援体制がないこと。第四に、そもそも一人暮らしを継続できる健康状態なのか、誰も確認していないこと」
「い、いや……」
「お母さん。おばあちゃんが元気なときならともかく、病気で寝込んでいると知っているのに、私に食べ物を届けさせるだけで済ませるつもりですか?」
「ち、違うわ!もちろん心配はしているのよ!」
「心配しているのなら、なぜ今まで具体的な対策を取っていないんですか?」
お母さんは口を開き、閉じ、もう一度開きました。
言いたいことはあるのです。
しかし、言おうとするたびに、赤ずきんが次の質問を繰り出してきます。
「そもそも、おばあちゃんの家との連絡手段もないんですよね?」
「ええ……」
「近隣住民との交流は?」
「森の動物たちとは仲がいいと思うけれど……」
「動物に医者は呼べません」
「はい……」
ついにお母さんは、椅子に座り込んでしまいました。
「……赤ずきん。あなた、いつからそんなに難しいことを考える子になったの?」
「昔からです」
「そうだったわね……」
お母さんは遠い目をしました。
幼いころから、赤ずきんは質問の多い子でした。
「どうして空は青いの?」
「どうして人は眠るの?」
という無邪気な質問なら、まだよかったのです。
最近では「どうしてうちの家計は収入と支出を月単位で管理していないの?」などと尋ねてくるようになり、お母さんは何度も頭を抱えていました。
「と、とにかく!」
お母さんは勢いよく立ち上がりました。
「今は、おばあちゃんのお見舞いに行くことが先決よ!あなたが行って、様子を確認してきてちょうだい!」
赤ずきんは、うなずきました。
「ただし、お母さん。帰宅したら、今後の見守り体制について話し合いましょう」
「……はい」
こうして、お母さんは娘に言い負かされ、赤ずきんはバスケットを持って出発することになりました。
玄関先で、お母さんが慌てて付け加えます。
「それから、森の中では寄り道をしないのよ!まっすぐおばあちゃんの家へ行くこと!」
「わかっています」
「道草をしたり、お花を摘んだりしないでね!」
「私は牛ではないので草に用はありませんし、この緊急事態に花など摘んでいる暇はありません」
「そういう意味じゃないのよ!」
お母さんは、もう何も言う気力がありませんでした。
そして、重大なことを一つ言い忘れたまま、赤ずきんを送り出してしまったのです。
森には、人をだますのが大好きな、少々問題のあるおおかみの少年がいることを言い忘れたのです。




