閑話:エドワードとクララ
### 7-10.5 閑話:エドワードとクララ
ある日の昼下がり、ミユキは学園の中庭でエドワードと話していた。
「訓練、順調そうだね」
「まあな。騎士団から派遣されてる指導官が厳しくてさ。でも、ミユキこそ。研究ばっかりで身体動かしてるか?」
エドワードは幼馴染らしい気さくさで問いかける。相変わらず、日焼けした顔に爽やかな笑顔を浮かべている。
「う……それは……」
図書館にこもって魔法陣研究ばかりしているのは事実だ。ミユキは言い返せずに視線を逸らした。
「やっぱりな。たまには一緒に身体動かそうぜ。魔法の実戦訓練とか」
「考えとく……」
そんな他愛もない会話をしていると――。
「きゃああああああああっ!」
突然、甲高い声が中庭に響き渡った。
ミユキとエドワードが同時に振り返ると、金髪のショートボブが風になびいている。クララだ。ルームメイトの彼女が、こちらに向かって全力疾走してきていた。
「ミユキ! ミユキ! この方誰っ!?」
「え……? 幼馴染のエドワードだけど」
「嘘! この素敵な騎士さまが!?」
クララはキラキラした瞳で彼を見上げた。
「え……あの……」
エドワードは困惑した表情で、ミユキに助けを求める視線を送ってくる。
「クララ、落ち着いて――」
「幼馴染!? ってことは、ミユキと兄妹みたいなもの!?」
「ええっと……。まあ、そんな感じ……?」
「きゃああああ! 素敵すぎる! 紹介して、紹介して!」
クララはミユキの両手を掴んで、ぶんぶんと振り回した。
『なんでそんなにテンション高いの……』
ミユキは内心でため息をつきながらも、仕方なく二人を向き合わせた。
「エドワード、私のルームメイトのクララ・フォン・ヴィンターフェルト。クララ、こちらは私の幼馴染のエドワード・アーベント」
「は、初めまして……エドワード・アーベントです」
エドワードは慣れない様子で一礼した。普段は気さくな彼も、こういう場面では緊張するらしい。
「初めまして! クララです! ねえねえ、騎士団所属なんですよね!? 素敵! かっこいい!」
「いやいや、学園の騎士科に所属してるだけで……騎士団じゃないし、それも見習いなんだけどな」
「見習いでも素敵です! 将来は騎士団長とか目指してるんですか!?」
「いや、だから、俺は冒険者志望で――」
「冒険者!? きゃー、もっと素敵! ドラゴン退治とかするんですか!?」
クララの質問攻めに、エドワードは完全に防戦一方だった。
ミユキは少し離れたところから、その様子を眺めている。
『エドワード、頑張って……』
心の中で応援するしかなかった。クララの暴走はミユキには止められない。こんな時どうやって止めたらいいのかアデライーデさんに聞いておこうと心にメモをするミユキであった。
「ねえねえ、訓練ってどんなことするんですか!? 筋肉触っていいですか!?」
「え!? ちょ、ちょっと待て!」
エドワードは慌てて一歩後ずさった。だがクララは容赦なく距離を詰めてくる。
「いいじゃないですかー! 研究です、研究! 騎士科の筋肉がどれくらい発達してるのか確かめたいんです!」
「何の研究だよ!?」
「女子の研究です!」
「意味がわからない!」
ミユキはそっと顔を覆った。
『エドワード、ごめん……』
◇
それから数分後。
クララの勢いにようやく慣れてきたのか、エドワードは苦笑しながら彼女の質問に答えていた。
「――で、毎朝五時から基礎訓練があって、午前中は剣術、午後は魔法との連携訓練をやってるんだ」
「わあ、大変そう! でもかっこいい!」
「そ、そうか? ありがとう」
エドワードは照れたように頭を掻いた。
ミユキは二人のやり取りを見ながら、ほっと息をついた。どうやらクララも落ち着いてきたらしい。
「ねえねえ、エドワードさん」
「エドワードでいいよ」
「じゃあエドくん!」
「エドくん!?」
『さすが、距離詰めるのはや!』
ミユキは内心で驚きながらも、エドワードの反応を見ていた。
「あ、あのねっ! お願いがあるんだけど――」
クララは突然、真剣な表情になった。
「な、なんだ?」
「今から、つばつけといていい?」
場が静まり返った。
エドワードは固まっている。ミユキも固まっている。
「……つば?」
「そう、つば! 将来のために、今のうちに!」
クララは満面の笑みでそう言い、ぺろりと舌を出して人差し指を舐める仕草をした。
「つばって……なんだよ?」
「つばってなんですか?」
ミユキとエドワードは同時に尋ねた。
「え? 知らないの? つばつけるって言うじゃん! 『この人は私のものよ』って先に宣言しとくやつ!」
そういってエドワードににじり寄るクララ。おもわず腰が引けるエドワードである。
「いや、そういう意味の『つばをつける』はわかるけど……物理的につばをつけるわけじゃないだろ!?」
エドワードが必至でツッコみを入れる。
「え? 違うの?」
クララは心底驚いた顔をしている。
「違うに決まってるだろ! 誰が他人に実際につばをつけるんだよ!」
「じゃあどうやってつばつけるの?」
「そういう意味じゃない!」
ミユキは頭を抱えた。
『クララ、あなた本気で言ってるの……?』
「あれ? おかしいな。じゃあ、社交界でよく聞く『あの方につばつけといたわ』って、具体的にどうやって……」
「考えるな。絶対に考えるな」
エドワードは真剣な表情でクララをけん制する。
「でも気になる!」
「気にするな! 頼む!」
ミユキは二人のやり取りを見ながら、深くため息をついた。
『これが私の学園生活か……』
平穏な日々は、まだまだ遠そうだった。
◇
その夜、寮の部屋に戻ったミユキは、ベッドに倒れ込んだ。
「ねえミユキ、エドくんって彼女いるのかな?」
クララが無邪気に尋ねてくる。
「……知らない」
「じゃあ今度聞いといて!」
「自分で聞いて……」
「えー、恥ずかしいじゃん!」
恥ずかしいという感覚があるなら、もう少し自重してほしい。ミユキは枕に顔を埋めた。
「ねえねえ、エドくんの好みのタイプってどんな子だと思う?」
「知らないってば」
「じゃあ今度聞いといて!」
「自分で聞いてってば、もう!」
「えー!」
クララの声が部屋に響く。
ミユキは観念して、枕から顔を上げた。
「クララ、もしかして本気なの?」
「うーん……どうだろ? でも、かっこよかったし、優しそうだったし……」
クララは頬を赤らめながら、もじもじしている。
「……まあ、彼は良い人だから。変なことしなければ、仲良くなれると思うよ」
「本当!? やった! じゃあ明日からエドくん観察日記つける!」
「それは変なことの部類に入るからやめて!」
ミユキの叫びが、寮の廊下まで響いた。
翌日、エドワードから「クララさんって、いつもあんな感じなのか?」と心配そうに聞かれたが、ミユキは首を縦に振ることしかできなかった。
はたしてルームメイトの暴走を止めていいものかどうか、ミユキの悩みは尽きないのであった。




