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悪役令嬢はデバッグしたい ~転生したら作りかけの乙女ゲームの悪役令嬢だったので、前世の知識で世界をデバッグすることにしました~  作者: 神楽坂らせん
第七章:王立魔法学園編 ―煌めきの日々―

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実技演習での事件

### 7-6 実技演習での事件


 数日後の午後、実技演習の授業があった。


 場所は学園の訓練場——広大な石畳の広場だ。周囲を高い壁に囲まれ、床には頑強な防護魔法陣が幾重にも展開されている。万が一、魔法が暴走しても被害を最小限に抑えるための設計である。


 生徒たちは制服姿で整列している。全員、緊張した面持ちだ。


 実技担当の教師——グスタフ教授——が訓練場の中央に立った。


 40代半ばの男性で、筋骨隆々とした体格。元軍人らしい厳格な雰囲気を纏っている。


「諸君、本日は初級火魔法『火球』の実技演習を行う」


 教授の声が訓練場に響く。


「魔法陣はすでに理論授業で学んだはずだ。今日は実際に魔法陣を展開し、火球を生成してもらう」


 生徒たちがざわめく。


 クララが隣で小声で言った。


「緊張する……わたし、実技も苦手なんだよね」


「大丈夫ですよ。理論通りにやれば」


 ミユキは穏やかに答えた。


 ◇


「では、一人ずつ前に出て魔法を実演せよ」


 教授が指示を出す。


 最初の生徒が前に出た。貴族の令息で、堂々とした態度だ。


 彼は手を前に翳し、空中に魔法陣を描き始める。


 六芒星の基本構造、魔力の流れを示す線が輝く。


 やがて魔法陣が完成し——。


 ボッ、と小さな火球が現れた。


 拳ほどの大きさで、オレンジ色の炎が揺らめく。


「よし、次」


 教授が頷き、次の生徒を促す。


 二人目、三人目……と続く。


 中には失敗する者もいる。魔法陣の描画が不完全で、火球が生成されなかったり、すぐに消えてしまったり。


 しかし教授は冷静に指導する。


「落ち着け。魔力の流れを意識しろ」


 やがてリリアーナの番が来た。


 彼女は前に出て、少し緊張した面持ちで魔法陣を描き始める。


 光魔法の天才——その評判通り、彼女の魔法陣は美しかった。


 金色に輝く魔法陣、繊細な線が空中に浮かぶ。


 でも——。


 火魔法は苦手なのか、火球の生成に時間がかかる。


 ようやく小さな火球が現れたが、すぐに消えてしまった。


「う……」


 リリアーナが落胆した表情を浮かべる。


「リリアーナ嬢、火魔法は光魔法とは属性が異なる。焦るな、基礎から鍛え直せ」


「はい……」


 彼女は頷いて、列に戻った。


 ◇


 ミユキの順番が来た。


 訓練場の中央に立ち、周囲の視線を感じる。


 クラスメイトたちは、理論授業でのミユキの回答を覚えている。期待と好奇の視線だ。


『目立つのは避けられない……でも、普通に成功させればいいだけ』


 ミユキは深呼吸をして、手を前に翳した。


 魔力を集中させる。


 そして——空中に魔法陣を描き始める。


 六芒星、魔力の流れを示す線、入力部、変換部、出力部……。


 教授が指摘した『最適化された構造』を採用する。並列処理、魔力の効率的な流れ。


 魔法陣が完成し——。


 ゴッ!


 一瞬で火球が生成された。


 他の生徒たちのものより一回り大きく、炎も安定している。


 周囲から驚きの声が上がる。


「一瞬で……」


「あの魔法陣、見たことない構造だ」


 教授が目を細めて頷いた。


「見事だ。魔力効率が高く、安定した火球だな」


 ミユキは小さく頷いて、すぐ火球を消した。


 そして列に戻る。


『やっぱり目立ってしまった……』


 内心でため息をつく。


『いつものプログラミング魔方陣で出力を弱めに設定したらよかったかな……。でも教授には構造できっと見破られてしまうし……。しかたないか……』


 ◇


 演習は続く。


 次は、高慢な侯爵令嬢——シャルロッテ・フォン・グリムハイムの番だった。


 彼女は濃い茶色の髪を後ろで結い上げ、プライドの高そうな表情で訓練場の中央に立った。


「私が本物の魔法をお見せしますわ」


 鼻息も荒く、両手を前に翳す。


 魔法陣を描き始める——基本構造は他の生徒と同じ六芒星だが、装飾的な紋様が多い。


 魔力を込める。


 そして——。


 火球が生成され始めた。


 だが——。


『あれ……?』


 ミユキは眉をひそめた。


 シャルロッテの魔法陣、おかしい。


 魔力の流れが不安定だ。まるで——制御が効いていない。


 火球が膨張し始める。


 拳大だったのが、頭ほどの大きさに。


 そして——さらに膨らむ。


「な、何……?」


 シャルロッテが焦った声を上げた。


「止まらない……!」


 彼女の手から制御が離れ、火球が暴走し始めた。


 炎が激しく渦巻き、周囲に熱波が広がる。


 生徒たちが悲鳴を上げて後退する。


「全員、退避しろ!」


 グスタフ教授が叫び、防護魔法を展開しようとする。


 しかし——。


 火球はさらに膨張し、炎が訓練場の床を焦がし始めた。


『まずい!』


 ミユキは咄嗟に魔法陣を解析した。


 暴走している火球、その根源であるシャルロッテの魔法陣——。


 視線を走らせる。


 出力の前の制御層がバイパスされてしまって魔力の上限チェックがされていない。そのうえ、繰り返しで魔力が無制限に注ぎ込まれて増幅され暴走している。


『なぜ、こんな構造に?』


 ミユキはさらに詳しく見た。


 この魔法陣の構造——。


 皆と同様、シャルロッテが描いた根本的な設計は正しい。基本の部分は問題ない。


 でも——。


『不自然だわ。この制御コードだけ様式が違う、しかも、外部から停止させようとするとその魔力も取り込む形になってる……意図的に組み込まれたバグみたい……!』


 前世でプログラマーだったミユキには分かる。


 これは単純なミスじゃない。


 まるで——マルウェアだ。


 悪意あるコードが、魔法陣に埋め込まれている。


『誰が……? いや、今はそれより!』


 火球がさらに膨張し、爆発寸前だ。


 教授の防護魔法が間に合わない。


 このままでは——。


 ミユキは迷わず駆け出した。


「デバッグ開始!」


 叫びながら、自分の魔法陣を展開する。


 シャルロッテの魔法陣に割り込むための魔法陣——デバッグ用の特殊構造。


 前世でエラーハンドリングのコードを書いていた経験が活きる。


 空中に複雑な魔法陣が描かれる。


 そして——。


 ミユキの魔法陣が、シャルロッテの暴走した魔法陣に接続した。


 悪意あるコード部分をトライ・キャッチ構造で囲む。


 魔力の上限チェックを追加。


 出力制御を強制的に停止。


 全ての処理が一瞬で完了した。


 火球が——縮小し始めた。


 激しく渦巻いていた炎が静まり、やがて消滅する。


 訓練場に静寂が訪れた。


 ◇


 教授と生徒たちが、呆然とミユキを見つめている。


 シャルロッテは床に膝をつき、荒い息をしている。魔力を消耗したのだろう。


「今の……は……」


 教授が言葉を失っている。


「魔法陣を……即座に解析して……修正した……だと?」


 別の生徒が震える声で言った。


「見たことがない……」


 ミユキは静かに魔法陣を消して、シャルロッテに歩み寄った。


「大丈夫ですか?」


「え……あ……」


 シャルロッテが顔を上げる。


 複雑な表情——助けられた安堵と、プライドが傷ついた屈辱が混ざっている。


「……助けてくれて、ありがとう」


 ぶっきらぼうに、顔を背けて言った。


 ミユキは小さく頷いた。


「魔法陣の様式に不具合がありました。あなたのミスではありません」


「不具合……?」


「ええ。詳しくは後で説明します。今は保健室で休んでください」


 教授がシャルロッテを抱き起こし、保健室へ連れていく。


 訓練場には、ミユキと生徒たちが残された。


 リリアーナが駆け寄ってきた。


「ミユキさん、すごいです……! あんな暴走魔法を、一瞬で止めるなんて……!」


「いえ……当然のことをしただけです」


 ミユキは控えめに答えた。


 でも内心では——。


『またやっちゃったなあ……これじゃ、もう誰も私を「普通の令嬢」とは見てくれない』


 そして——。


『この暴走……本当に事故だったのかな?』


 疑念が胸の中で渦巻く。


 ◇


 演習が終わり、生徒たちが訓練場を去っていく。


 ミユキはただ一人、訓練場に残った。


 シャルロッテの魔法陣が暴走した場所を見つめる。


 床には焦げ跡が残っている。


 ミユキはしゃがみ込んで、焦げ跡を指でなぞった。


『このコード……どう見ても後から追加されたもの。シャルロッテさんの書式ミスじゃない』


『誰かが意図的に……でも、誰が? 何のために?』


 ふと、背後から視線を感じた。


 ミユキははっとして振り返る。


 しかし——。


 誰もいない。


 訓練場は静まり返っている。


『……また、この感覚』


 入学してから、何度も感じている。


 誰かに見られている——監視されているような気配。


『気のせい……だといいけど』


 ミユキは立ち上がり、訓練場の壁を見た。


 そこには——。


 うっすらと、円形の焦げ跡のような模様がある。


 魔法の痕跡ではない。別の何か——。


 よく見ると、その模様の中心に小さな文字のようなものが見える。


『この模様……どこかで見たような……』


 でも思い出せない。


 ミユキは不安を胸に、訓練場を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 その時——。


 訓練場の隅、誰も気づかない影の中に、人影があった。


 黒いローブを纏った人物。


 フードで顔は隠れている。


 手には小型の魔導端末のような装置——表示部には『Ω』のマークが輝いている。


 装置の画面には、ミユキの魔法陣解析の様子が記録されていた。


 暴走した魔法陣に割り込み、一瞬でデバッグし、強制停止させる映像。


 影は装置に何かを入力した。


『実験体No.01……想定外の対応を確認』


 機械的な音声が小さく響く。


『魔法陣への割り込みプロトコルをリアルタイムで解析……データ蓄積完了』


 画面にミユキの顔が映し出され、詳細なデータが表示される。


 魔力パターン、魔法陣の構造、解析速度……。


 全てが記録されている。


『本部に報告が必要』


 影は装置を操作し、データを送信した。


 訓練場の障壁に、一瞬『Ω』の紋章が浮かび上がる。


 そして——すぐに消えた。


 影は静かに気配を消して、まるで溶けるように——。


 誰も、その存在に気づかなかった。


 ◇


 その夜、ミユキは寮の部屋で一人考え込んでいた。


 クララは友人たちと夕食に出かけている。


 部屋には静寂が満ちていた。


 ミユキはノートを開き、今日の出来事を整理する。


『シャルロッテさんの魔法陣に埋め込まれていた悪意あるコード』


『後から追加された、マルウェアのような構造』


『誰かが意図的に仕込んだ……』


 ペンを走らせる。


 保健室でシャルロッテに話を聞いたが、彼女自身も何も知らなかった。


 魔法陣の教本を参考にしただけだと言っていた。


『でも、あんな悪質なコードは教本にはない。誰かが後から追加したもの』


『シャルロッテさんを狙ったのか? それとも……』


 そこまで考えて、ミユキは別の可能性に思い至った。


『待って……理論授業で私が魔法陣の最適化について答えた後、実技でも目立ってしまった。そしてその直後にこの事件……』


『もしかして、私に暴走した魔法陣の修正をさせようと……?』


 偶然にしては、出来すぎている。


『リアルタイムでのデバッグは学園では今までやってない……。もしかして——私を試すため……?』


 その考えに、ミユキは身震いした。


『まさか……でも、もし本当に私が標的なら……』


『入学してから感じる視線の気配……関係があるのかもしれない』


 不安が胸の中で膨らむ。


 でも——。


 ミユキは首を振った。


『考えすぎかも。単なる偶然かもしれない』


『それに、今は証拠がない』


『とにかく、気をつけないと……』


 ノートを閉じて、ミユキは窓の外を見た。


 大月と小月が夜空に浮かんでいる。


 静かで美しい光景。


 でも——。


 その静けさの中に、何か不穏なものが潜んでいる気がした。


『……気をつけないと』


 ミユキは小さく呟いた。


「私の知らないところで、何かが動き始めてるのかな…」


 その予感は——正しかった。


 オメガ=ℕ・ロジスティクスの影が、静かに学園に忍び寄っていた。


 そして——。


 ミユキは、狙われていた。


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