王立学園到着——魔法の学び舎
### 7-3 王立学園到着——魔法の学び舎
馬車が大きく揺れて、ミユキは目を覚ました。
「到着したぞ、ミユキ」
兄の声に、ミユキは慌てて窓の外を見た。
そこには——息を呑むような光景が広がっていた。
白大理石の巨大な門柱が、朝日を浴びて輝いている。高さは10メートルを優に超える。門の上部には、複雑な魔法陣が展開されていて、虹色の光を放っている。
「すごい……」
ミユキは思わず声を漏らした。
魔法陣を見た瞬間、その構造が頭の中で解析されていく。プログラマーとしての職業病——いや、今は魔法研究者としての職業病か。
『この防御魔法陣……多重構造になってる。古代魔法と現代魔法の融合……すごい』
魔力の流れが幾重にも重なり合って、学園の防御システムを構築している。外部からの侵入を防ぎ、内部の魔力を安定させ、さらには学生たちの安全を見守る——全てが一体となった魔法陣で実現されている。
「さすがは王国随一の学園ってところだろう。警備も万全だ」
兄が自慢げに言う。
門番が馬車に近づいてきた。制服を着た上級生たちが、新入生を誘導している。
「新入生の方ですね。こちらへどうぞ」
丁寧な案内に従い、馬車は門をくぐった。
◇
敷地内に入った瞬間——世界が変わった。
広大な敷地に、白大理石と魔法水晶で装飾された建物が点在している。教室棟、研究棟、図書館、寮……それぞれの建物が美しく、まるで宮殿のようだ。
空中庭園が浮遊している。文字通り、本当に空に浮かんでいるのだ。魔法で空中に固定されたプラットフォームの上に、色とりどりの花が咲いている。
魔導エレベーターが建物と建物の間を行き交っている。上下だけでなく水平にも移動するようだ。透明なガラスのような箱が、魔力で動いている。中には学生たちが乗っていて、楽しそうに話している。
通路には魔法陣式の移動歩道が設置されていて、学生たちがそれに乗って移動している。魔導照明が虹色に輝き、まるで宝石のように美しい。
学生たちは魔法を使いながら談笑している。水を操る者、風を纏う者、火を灯す者……魔法が日常に溶け込んでいる。
『ゲームのCGで見た景色が……本当に目の前に』
ゲーム『エターナル・クラウン』の開発中、私はこの学園のモデリングを手伝った。3Dデザイナーと一緒に、細部まで作り込んだ。魔法があるならこんなエレベータがあっても。なんて案を盛り込んだものだ。でも、それはあくまでデータだった。
今、目の前にあるのは——本物だ。
質感も、香りも、音も、全てが本物。
『これが……世界最高峰の魔法学園……』
胸が高鳴る。研究者として、これほど恵まれた環境はない。
「ミユキ、なにを呆けているんだ。みっともないぞ」
兄が笑いながら言った。
「す、すみません……でも、本当にすごくて」
「まあ、確かにな。王立学園は王国の誇りだ」
馬車は女子寮の前で停まった。
◇
女子寮「エーデルヴァイス館」は、豪華な建物だった。
バロック様式の装飾が施されていて、まるで貴族の館のよう。エントランスには噴水があり、水が魔法で宙に浮いている。水滴が空中で踊るように動き、虹色の光を反射している。
「わぁ……綺麗……」
噴水に見とれていると、寮母らしき女性が迎えてくれた。
「ようこそ、エーデルヴァイス館へ。ヴェルナー家のお嬢様ですね」
「はい、ミユキ・フォン・ヴェルナーです」
「お部屋は三階です。こちらへどうぞ」
寮母さんに案内されて、階段を上る。廊下は広く、絨毯が敷かれている。壁には絵画が飾られ、魔導照明が柔らかい光を放っている。
「こちらがお嬢様のお部屋です」
寮母さんが扉を開けた。
部屋の中は——想像以上に豪華だった。
広いリビングスペース、二つのベッド、勉強机が二つ、本棚、クローゼット……全てが高級品で統一されている。ベッドはふかふかの羽毛布団で、触れただけでその柔らかさが分かる。
窓からは学園の中庭が見渡せる。緑の芝生、色とりどりの花壇、噴水……まるで絵画のような景色だ。
『前世のワンルームマンションとは大違い……』
前世の部屋は、6畳のワンルーム。ベッドとパソコンデスクで埋まっていて、窓からの景色は隣のビルだった。
それが今は、こんな豪華な部屋に……。
「荷物はこちらに置いておきますね」
従者がミユキの鞄を部屋の隅に置いた。
「じゃあ、ミユキ。俺はこれで」
特別に許可を得て付き添ってくれていた兄が言った。
「お兄様、ありがとうございました」
「何かあったらすぐに連絡しろよ。学園には俺もいるから」
「はい」
兄と従者と、そして寮母さんが退室していく。
ミユキは一人、部屋の中に残された。
◇
ベッドに座って、ミユキは改めて部屋を見渡した。
魔法陣式の照明が天井に設置されている。温度調整装置も魔法陣で制御されている。全てが最新の魔法技術で作られている。
『これ、魔法陣の構造を見てみたいな……』
つい職人魂が疼くが今は我慢だ。
入学式は午後から。それまでに荷物を整理して、制服に着替えないと。
そう思って立ち上がろうとした時——
「やっほー!」
突然、扉が開いて明るい声が響いた。
ミユキは驚いて振り返った。
扉の向こうには、茶髪の少女が立っていた。明るい笑顔で、手を振っている。
「よろしくね! 私、クララ! クララ・フォン・リヒテンシュタインっていうの!」
元気いっぱいの挨拶に、ミユキは少したじろいだ。
「あ、あの……」
「ルームメイトよ! 一緒にこの部屋で暮らすの! 楽しみだね!」
クララは部屋に入ってきて、ミユキの手を握った。
「よろしくね!」
「あ、はい……よろしくお願いします。ミユキ・フォン・ヴェルナーです」
ミユキは慌てて答えた。
クララは——伯爵令嬢らしい。茶色の髪を肩まで伸ばしていて、緑色の瞳がキラキラしている。ドレスは明るいピンク色で、とても華やか。
「一緒に学園生活楽しもうね! ねえねえ、で、ミユキってさ、魔法は得意なんだよね? 私、実技は苦手なんだけど、社交のほうはバッチリだよ! 学園の噂とか、もう色々知ってるんだから!」
矢継ぎ早に話しかけてくる。目をキラキラさせながら、まるで宝物を自慢するように。それに、さっそくミユキと呼び捨てにされている。これが得意だという社交力のたまものだろうか。
「えっと……理論は、少しやりこんでいるっていうか……」
「理論派なんだ! すごいねー! 私、理論は全然ダメなの……めっちゃ助けてほしいっていうか!」
満面の笑みで頼まれて、ミユキは苦笑いした。
「あ、そうだ! ミユキってヴェルナー侯爵家のご令嬢よね!? お兄様が騎士団にいるって聞いたんだけど、本当!? どんな人なの!?」
『もう私の情報を……? 入学前から調べてる……?』
クララの情報収集能力に、ミユキは少し驚いた。
「さ、さっきまでそこに、付き添いでついてきてくれて居たんですけど……」
「えええー!? そうなんだ! 惜しかった!」
などと言って悔しそうにするクララ。
『ゲームには出てこなかったキャラだけれど、どんな娘だろう?』
ゲーム『エターナル・クラウン』には、クララという名前のキャラクターは登場しなかった。ということは、この世界独自のキャラクターなのだろう。
でも——
『めちゃくちゃ明るいし、悪い人じゃなさそう』
クララの笑顔は純粋で、悪意を感じない。むしろ、とても親しみやすい。
「ミユキ、荷物多いね! 手伝うよ!」
クララはミユキの鞄を手に取って、クローゼットに運び始めた。
「あ、ありがとうございます……えっと……」
「こっちもクララでいいよ! 私たち、これから一緒に暮らすんだから!」
「じゃあ、クララさん……」
「『さん』もいらない! クララって呼んで!」
「え、でも……」
「いいから! 私もミユキって呼ぶから! あ、もう呼んでたね。あははは!」
強引だけど、心地よい強引さだった。
『クララって……すごく元気だな』
ミユキは内心で思った。
『子供らしい明るさというか……いや、待って? 私も同じ15歳なのに、なんで保護者目線になってるんだろう?』
『前世の25歳が染み付いてるのかな……』
自分の思考に少し驚く。精神年齢と肉体年齢のギャップ——転生者ならではの悩みだろう。
◇
荷物を整理し終わった後、クララが部屋の機能を説明し始めた。
「ねえねえ、ミユキ! ここの照明、魔法陣で色が変えられるの! こうやって……」
クララは天井の魔法陣に手を触れた。
瞬間、照明が突然ピンク色に変わった。
「あれ? 青にしたかったのに……」
クララは首を傾げた。
ミユキは照明の魔法陣を見て——すぐに原因が分かった。
『色指定のパラメータが間違ってる』
「あ、ここのパラメータを……」
ミユキは魔法陣に手を触れ、さらっと修正した。
照明が青色に変わる。
「すごい! ミユキ、魔法陣の操作、得意なんだ!」
クララが目を輝かせた。
「まあ、少しは……」
「少しどころじゃないよ! 私、何度やっても色がおかしくって……ねえねえ、これって他の人に自慢していい!? 私のルームメイト、魔法陣の天才なんだーって!」
『早速、噂を広めようとしてる……!』
「天才はやめてください。それに、これは色指定の数値を変えれば簡単ですよ」
「数値……?」
クララは不思議そうに首を傾げた。
『そうか、魔法陣を数値で捉える人は少ないんだ』
この世界では、魔法は「感覚」で使うものらしい。でもミユキは、前世のプログラマーとしての経験から、魔法陣を論理的に理解している。デザイナーではなくても、色指定のRGB値ぐらいは把握しているのだ。
「えっと、このタイプの魔法陣の構造でいうと……」
ミユキは説明しようとしたが、クララの困惑した顔を見て止めた。
「ああ、気にしないでください。単純に操作に慣れてるだけです」
「そっか! これから頼りにするね!」
クララは満面の笑みで言った。
そして——ふっと、少し真面目な表情になった。
「実をいっちゃうとね……私、魔法が本当に苦手で……。家族はみんな優秀で、父も母も姉も——魔法の才能があるんだけど……」
「でも私は……そうじゃないの……」
その声が、小さくなった。
「理論は理解できない。実技もダメ。魔力量も平均以下。家族からは『せめて社交で頑張りなさい』って言われてるんだ……」
クララの瞳が、少しだけ曇った。
「姉はね、15歳で上級魔法を使えたの。母も父も、学園時代は優秀な成績だった……。でも私は——基礎魔法すら安定しない」
「家族の集まりで、親戚から『才能がない子ね』って言われたこともある」
ミユキは、少し驚いた。
『明るい笑顔の裏に……こんな悩みを……』
「だから、学園に入れたのは奇跡だったの。社交の才能……っていうか社交力だけで拾ってもらえた感じっていうか……。でも——ていうか、だから、これでダメだったら、家族に失望されちゃうってわけ、『やっぱりあの子は才能がなかった』ってね」
クララは、自嘲するように笑った。
ミユキは、その手を握った。
「クララ……私でよければ、魔法理論、教えます。魔法陣は、論理的に理解すれば誰でも使えます」
「才能じゃなく、理解の問題です」
「一緒に頼張りましょう?」
クララ の瞳が、一瞬潤んだ。
「ミユキ……なんで疑問形なの?」
「あ、いえ、一緒なら頑張ってくれるかなって」
「本当に?……本当に私なんかに、時間を使ってくれるの?」
「もちろんです。私たち、ルームメイトですから」
ミユキが微笑むと、クララの目から一粒、涙が零れた。
「ありがとう……本当に、ありがとう」
そして——再び、明るい笑顔に戻った。
でも今度は、無理に作った笑顔ではなく——心からの笑顔だった。
「よし! 頑張ろうね!」
明るさが戻ってきた。
そして——ミユキは今、知った。
『クララの明るさは、努力して作っているもの』
『自分に自信がないことを、明るさで覆い隠している』
『そんなの解っちゃったら——助けてあげたい』
ミユキはさっそく、このルームメイトのことを好きになれそうだと感じた。
◇
二人で窓辺に立って、中庭を眺めた。
「綺麗だよね……魔法学園って感じ!」
クララが嬉しそうに言った。
「ええ、本当に……」
中庭は緑に溢れていて、学生たちが歩いている。噴水が虹色に輝き、花壇には色とりどりの花が咲いている。
ふと、何かを感じるミユキ。
「ミユキ、どうしたの?」
クララが不思議そうに聞いた。
「いえ、何でもないです」
ミユキは首を振った。
「ねえ、ミユキ! 入学式まで少し時間あるから、寮の中を探検しようよ!」
クララの明るい声に、ミユキは我に返った。
「あ、はい……」
「食堂とか、図書室とか、色々あるんだよ! あ、あと禁書庫とか面白そうって思わない!? どんな魔法書があるんだろうね!」
『禁書庫……? 入学初日からそんな危険なこと……!』
クララはミユキの手を引いて、部屋を出る。
ミユキはクララに従った。
◇
エーデルヴァイス館は想像以上に大きかった。
クララに案内されて、一階の食堂を見学した。
広々としたホールに、長テーブルが並んでいる。シャンデリアが輝き、窓からは庭が見える。
「朝食と夕食はここで食べるの! お昼は学園の食堂に行くんだけどね!」
クララが説明する。
「すごく広いですね……」
「でしょ!? 料理も美味しいんだよ! あ、そうそう、聞いた話だと、第一王子も学園の食堂で食事するんだって! 見てみたいよねー!」
『やっぱり王子様は話題なのね……』
次に、図書室を見学した。
棚には魔法書や小説が並んでいる。窓際にはソファがあり、静かな環境で本を読めるようだ。
「ここで勉強もできるの。夜遅くまで開いてるから便利!」
クララはそう言いながら、周りをきょろきょろ見回している。
「ねえねえ、他の新入生、誰か来てる? どんな子がいるか見てみたい!」
『本当に好奇心旺盛だな……』
ミユキは周囲を見渡した。確かに、図書室には数人の上級生らしき学生が本を読んでいるだけで、新入生の姿は見当たらない。
「まだあまり人はいないみたいですね」
「残念~。でも、この図書室すごいよね! 魔法書もいっぱいあるし!」
クララは本棚を眺めながら言った。古代魔法の専門書から、初級者向けの教本まで、整然と並んでいる。
「ええ、素晴らしい環境ですね……」
『贅沢すぎる……』
前世とは比べものにならない。まるで夢みたい。
「ねえ、ミユキ。もうすぐ入学式だから、そろそろ制服に着替えないと!」
クララの言葉に、私ははっとした。
「そうですね!」
二人で部屋に戻った。
◇
制服は濃紺のブレザーに、白いブラウス、紺色のスカート。胸元には学園の紋章が刺繍されている。
クララと一緒に着替えた。
「ミユキ、似合ってるよ!」
「クララさんも素敵です」
「だから『さん』はいらないって!」
クララは笑った。
鏡を見ると——15歳の少女が映っている。銀髪、青い瞳、小柄な体。これが今のミユキ。
前世とは全く違う。あの頃は、疲れた顔をした25歳のプログラマーだった。
でも今は——
『新しい人生が始まる』
胸が高鳴る。期待と、少しの不安。
「行こう、ミユキ! 入学式が始まるよ!」
クララが手を引いた。
「はい!」
二人は部屋を出て、廊下を歩いた。
他の新入生たちも、寮から出てきている。みんな緊張した顔をしながらも、期待に満ちている。
ミユキも、その一人だ。
◇
寮から出ると、学園の中央広場に向かう道に学生たちが列を成していた。
上級生たちが案内役として、新入生を誘導している。
「新入生の皆さん、こちらへどうぞ!」
ミユキたちは流れに従って歩いた。
中央広場には、巨大な講堂が建っている。白大理石の建物で、入口には魔法陣が輝いている。
「すごい……」
ミユキは思わず声を漏らした。
講堂の魔法陣も、多重構造だ。防御だけでなく、音響効果や温度調整まで制御している。
『この学園の魔法技術、本当にすごい』
研究者としての好奇心が疼く。
「ミユキ、行こうよ!」
クララに手を引かれて、ミユキは講堂に入った。
中は広々としていて、何百人もの学生が座れる。壁には美しいステンドグラスがあり、魔導照明が柔らかい光を放っている。
二人は指定された席に座った。
周りには、緊張した顔の新入生たち。貴族の令嬢、平民の特待生、様々な出自の学生が集まっている。
そして——
『ここから、本当の学園生活が始まる』
ミユキは深呼吸をした。
悪役令嬢フラグは絶対に回避する。主人公リリアーナと友好関係を築く。攻略対象とは距離を置く。
計画通りにいけば——破滅エンドは避けられる。
そう信じて、ミユキは入学式の開始を待った。




