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バルサノ一座(1)

 旅の一座が、街道に馬車を走らせていた。

 町から町、村から村を巡り、歌や詩を吟じ、軽業や奇術、曲芸や寸劇など、幾種もの芸を見せながら帝国中を渡り歩き、時には占いや呪い(まじない)などもしてみせる芸人一座。娯楽の少ない人々にとって、慰みの時を提供するエンターテイナー達は、どこへ行っても諸手(もろて)を挙げて歓迎される人気者だ。

 その一座――バルサノ一座の馬車にマーヤーとジャネットは同乗していた。

 ミフロンからペフリアへと通じる街道には、途中、山賊が出没するという噂を聞き、少しでも危険を少なくするため、この大所帯の芸人一座に同行させてもらうよう頼み込んだのだった。

 旅慣れた芸人達なら、山賊達のあしらいにも長けているし、また、山賊達の側でも、簡単に仕留められない獲物には手を出すのをためらう。少女2人の旅より、一座に同行させてもらう方が遙かに安全との判断だった。

 一座の方でも、こういった依頼には馴れているようで、リーダーのバルサノは、1人につき1日3カシーテ――銀貨3枚で2人の同行を承諾した。

 乗せてもらった馬車には、ジャネットとマーヤーの他にも、数人の同乗者がいた。護衛らしい男を伴った商家の隠居とおぼしき老人、遠くから来た巡礼らしき親子、1人旅の身なりのいい若者など、出自も目的もまちまちの旅人達。

 最初、リスク回避のために一座の馬車に乗せてもらおう、というマーヤーの提案を聞いたジャネットは、山賊くらい簡単にやっつけてみせるのに、と不満気な様子だったが、いざ、旅が始まってしまってからは、そんな初めのこだわりは、おくびにも出さなかった。

 もっとも、だからといって一座との旅が手放しで大歓迎、というわけではなかったが。

 「そりゃね、歩かなくていいのは楽よ。でも、この揺れはなんとかならないものかしらね。マーヤーは、お尻痛くならないの?」

 「馴れれば気にならない。それとも、降りて歩く?」

 んべ、っとジャネットは舌を出してみせる。

 「だったら我慢ね。文句言ってるの、ジャネットだけだし」

 マーヤーの言うとおり、馬車に乗り合わせた他の旅人達には、誰もジャネットのような文句を言う者はいない。

 「馬車に馴れている人はいいわよ。わたしみたいに馬車に馴れてない子には、ずいぶんきつい、ってこと」

 「それでも歩こうとはしないのね」

 「当たり前じゃない。馬車について歩いてたんじゃ、何のために一座にくっついてきたのかわかりゃしないでしょ。護衛に雇われてるんじゃないんだから」

 そうね、とマーヤーが笑う。

 「リーダーのおっさんは、ペフリアまでは3日、って言ってたわよね。それまでに、少しでも馴れるかしら。馬車に馴れた頃にはペフリアに着いてた、なんてことになるんじゃないかしら」

 同じ馬車に乗っている旅人や、一座のメンバーが、あきれたような同情したような生暖かい目を向けるのにもジャネットは動じない。そんな様子を見て、話しかけてきた青年があった。同じ馬車に乗っている旅人の1人だった。

 「ずいぶんと溌剌とした方ですね。もしかして、冒険者とか?」

 え、とジャネットが固まる。

 「護衛、という言葉が聞こえましたから」

 「あ、ああ、そういうことね。そうよ、これでも幻術師(イリュージョニスト)――魔法使い(マーガ)ですからね」

 胸を張って答えるジャネットに、マーヤーは目をつむる。


 (こんなところで、そんなこと吹聴しなくてもでしょ!)


 「なるほど、するとお連れの方も?」

 「もちろんよ、わたしもだけど、マーヤーはもっと、とっても凄腕の魔法使いなの」

 「ちょ、ちょっと、ジャネット…!」

 あわててジャネットの服の裾を引っ張っるが、ジャネットは気にした様子がない。

 「ジャネットに、そちらはマーヤー…ですか」

 そう言って青年がマーヤーの方を見る。痛い程の視線をマーヤーは感じた。

 「わたしに何か?」

 怪訝な顔で聞かれ、は、っとしたように青年が答える。

 「あ、いえ、別に何でも…、いや、失礼しました」

 そういって、目をそらした彼の顔に、マーヤーの記憶が呼び覚まされる。


 (まさか、ジュリアン…?)


 「あなたの名前も教えていただけるかな? 私たちも名乗ったんだから、いいでしょ? それほど長旅、って感じじゃないわね、その荷物じゃ」

 ジャネットに言われ、青年がうなずく。

 「これは失礼を。僕はジュリアンと言います。ペフリアの親類に会いに行くところですよ。お察しの通り、ほんの少しばかりの旅行です」

 「あら、それじゃ、お住まいはミフロンなのかしら」

 「ええ、今はそうです」

 「今は、ってことは、他から移ってきたわけね? だとしたら、生まれはミュロンあたりかしら?」

 「元々の故郷はラムーク村…といっても、ご存じないでしょうね。ここから離れたところにある、小さな村ですから」

 「残念ね、聞いたことないわ。…マーヤーは知ってる?」

 黙って首を振る。しかし、その名前には覚えがある。ヤトラの森のすぐそばにある村だ。幼い頃、師に連れられて何度か行ったこともあり、冒険者になってからも、何度も足を運んだことがある。


 (ラムーク村、ジュリアン。…やっぱりそうだった!)


 ジャネットにも話すわけにはいかない、まだ、冒険者になりたての頃の思い出。

 そのときの名は、マーヤーではない。冒険者としての名でもない。子供の頃、師につけられた名前。呼ばれることがなくなって久しいその名前と一緒に、マーヤーは過去を思い出していた。

 冒険者としての生活に馴れ初め、何度目かの冒険を終えた後で森へ帰るのにラムーク村を通ったマーヤーは、そこで偶然ジュリアンに出会ったのだった。畑仕事を終え、彼の家に雇われているらしい数人の男達と家路をたどるジュリアンに。

 初めて出会った彼に、何か心引かれるものを感じたマーヤーは、その後も冒険を終えた後、村を通って森へ戻るのを習慣にした。冒険の舞台となった場所が、村と方角が違うときにも、あえて遠回りをして。畑仕事の終わる時間に合わせて、同じ道を。

 2度、3度と繰り返すうち、ジュリアンもマーヤーに目を留めるようになり、言葉を交わすようにもなった。

 そして、冒険に出ない日にも、マーヤーは師には告げずにラムーク村に出、姿を隠してジュリアンの様子を見つめたりもした。そしてある日、ジュリアンが1人で森へ入ってきたとき、マーヤーは彼の前に姿を現わしたのだった。冒険者の(なり)ではなく、普通の村娘の装いで。

 そのときから、森の中で2人だけの時間を持つことが始まった。

 しかし、最初に森で会ってから1年もしないうちに、ジュリアンはぷっつりと姿を見せなくなったのだった。不安に駆られたマーヤーが村へ行って調べると、ジュリアンは既に村を去り、遠い町に住む叔父のところへ預けられたとのことだった。


 (そうなんだ、やはりあの人…)


 なぜ、ジュリアンは一言も告げずにマーヤーの前から去ったのか。あのときの思いが胸によみがえる。しかし、そのときのような、熱い、焦がれるような思いでは、既にない。ただ、静かな疑問だけが胸の中で答を求めて渦巻いている。

 過ぎ去り消え去ったはずの夢。それが再び現れてみれば、手放しで歓迎できるものではなくなっていた。マーヤーの心は、もう、あの頃のものとは違っている。そして、おそらくはジュリアンも…。

 「マーヤー、マーヤー、ってば。…何よ、急に黙っちゃって。どうしたの、気分でも悪い? …まさかこんなところで瞑想して、魔法の練習でもないんでしょ?」

 ジャネットに言われて、はっとする。

 周りの声が聞こえなくなるほど、物思いに沈んでいたのか。

 「ごめん、ぼんやりしてた…」

 「ぼんやり、って。…まさか、こちらのハンサムなお方にのぼせちゃったとか?」

 「ちがう!」

 大声ではないが、強い口調で言ったマーヤーに、ジャネットがびくりとする。

 「ああ、そんな怖い目しないでよ。そんなに気になること言っちゃった? だったらごめん、わたし、考えなしだから。ジュリアンもごめんなさいね、この子、普段はこんなじゃないんだけど、馬車に揺られるの我慢して、疲れちゃったのかも」

 「…それはジャネットの方でしょ。自分で言ってたくせに」

 はは、とジャネットが苦笑する。そして、また真顔に戻って、マーヤーの目を見つめる。

 「うん、ちょっと調子が戻ったかな」

 「わたしは、普通よ?」

 「うん、そういうところは普通だね」

 「仲がいいんですね、お2人は」

 2人の様子を見て、ジュリアンが言う。口元に穏やかな微笑が浮かんでいる。

 「あ、やっぱりそう見えます? うれしいな。ね、マーヤー、私たち、とっても仲良しなんだって」

 「ジャネット…腐れ縁、って言葉、知ってる?」

 「あらぁ、つれないんだ、この子は。でもわかってるから、いやよいやよも好きのうち、ってね。今更そんな照れ隠しなんて、いらないのにね。わたしは最初っから盛大にラブコール送ってる、っていうのに」


 (もう、ジャネット…)


 いつもながらのジャネットのはしゃぎように、マーヤーは、ふうー、っと深いため息をついてみせるしかなかった。

 ジュリアンも苦笑いを浮かべて2人を見詰めているばかりだった。


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