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バルサノ一座(2)

 1日の行程を終え、一座は野営に入った。豆の煮物や、少しばかりの干し肉、堅く焼いたビスケット、といった簡素な食事。

 それが済むと、一座の者達は、それが日課なのだろう、焚き火を囲んで、それぞれが自分の(わざ)を披露し始める。日々、芸を繰り返して腕を磨き、息をするような自然な感覚で技を振るえるようにするための鍛錬。マーヤーもジャネットも、他の旅人も、一座の者の芸に見入っていた。

 一通りの技が披露され終わる頃には、すでに真夜中に近い。

 マーヤーとジャネットは一座の女達と、男達とは別の天幕で横になっていた。

 「ねえ、マーヤー、ジュリアンの目を見た? あれ、絶対にマーヤーを気にしてるわよ」

 「そうなの?」

 「そうなの、って、マーヤーは何にも感じないの?」

 「別に?」

 「え、嘘でしょ? マーヤーだって、ずっと目で追ってたじゃない」

 「わたしが?」

 そんなはずはない。きっと、これはジャネットの鎌かけだ。そう思って、ジャネットの顔をのぞき込む。

 「…ジャネット、わたしを、引っかけようとしてる」

 「いやだあ、そんな疑っちゃって。だったら、どうして、ジュリアンの顔を見つめてぼんやりしてたのかしら? わたしにきちんと説明できるかな」

 「説明なんて…、ジャネットの思い過ごしよ」

 「その、少しばかりの思い過ごしが、恋にも、涙にも変わっていくものなのよ。マーヤーが気付かずにいるうちに、ね」

 そう2人が話していると、横合いから、一座の女が声をかけてくる。

 「ジュリアン、って昼間、あんた達と話していた男かい。しっかりしてそうな、いい男じゃないか」

 確か、彼女はアリシラ、ナイフ投げの名人だったはずだ、と思い出す。

 「あたしがもう少し若ければ、売り込んでみるところだけどね。でも、あれは簡単には近づけないね。心の中に、誰か、いるよ」

 「あら、お姐さん、そう思う?」

 「ああ、間違いないね」

 「でも、その誰かは、近くにはいないね」

 そう言ったのはリーナ、カードを使って未来を占っていた娘だった。彼女が占ったのは、一緒に馬車に乗っていた旅人の1人だったが、相手の過去や現在の境遇を次々と言い当て、今の旅が終わってから10日のうちに、待っている誰かを連れてさらに別の土地へ旅立つ、と言って相手を大いに慌てさせたのだった。

 「何だい、あんたの占いかい」

 「勘だね。そんなふうに感じるんだ。ああ、一つ、占ってみようか」

 そう言って懐から濃い紫の天鵞絨(びろうど)に包まれたカードを取り出す。

 「目の前に相手がいなくてもいいのかい」

 「かまやしないさ、そのくらい」

 そう言いながら、広げた天鵞絨の上でカードをバラバラにかき混ぜ、何度も円を描くようにして少しずつまとめていく。そして、ひとまとめにしたカードを手に取ると、上から数枚おきに取り出し、順に円形に天鵞絨の上に置いていく。

 アリシラはそれを見慣れているらしく、退屈そうに眺めていたが、マーヤーとジャネットは、その仕草を食い入るように見つめていた。

 最後に、円の真ん中に1枚のカードを置くと、並べ終わった9枚のカードを、リーナは順に開いていく。

 「遠い過去だね。その相手がいるのは」

 「なんだい、そりゃ。別れた相手、って言うことかい」

 「過去の、遠い場所。離れたところへ行ってしまった…んじゃないな、船の暗示が出てる。これは、自分が遠くへ行ったみたいだね。流れに逆らえない船。難破じゃないけど、思わぬところへ流された」

 「へえ、それで?」

 「今は、穏やかだ。木陰を吹く静かな風の暗示。暮らしも心も落ち着いてる」

 「ふうん」

 「でも、遠くで火が燃えてる。気がついたら目につくけど、気がつかなければ、それまでだ」

 「それで? 気がつくのかい?」

 「そうだね、火の気配は感じてる」

 ジャネットとマーヤーは顔を見合わせながら、彼女たちの話すのを聞いていた。いかにも予言めいた語りだが、その実、どうにでも取れそうな内容でもある。

 占いというのは、こういうものだろうか。そう思って耳を傾けているうち、最後の、円の真ん中に置かれたカードが開かれる。

 「月だね」

 「月?」

 「ああ、夜は明けない。遠くに光は見えるけど、これは月の光だからね。一度は満ちて輝きもするけど、やがて欠けていって消えてしまう」

 「それが、あの男の未来なのかい」

 「どうだろう、あの男か、それとも心の中の誰かなのか」

 「はっきりしないね、それは」

 「揺れる水鏡(みずかがみ)が出たからね。ま、占う相手が目の前にいなけりゃ、これ以上は出せないかな」

 「そんなのかまわない、て言ったじゃないか」

 「確かにそうさ、でも、こういうこともあるんだよ」

 「そんなものかね」

 カードを片付けながら答えるリーナにアリシラが言う。

 「そんなものさ」

 そのどことなく滑稽なやりとりに、思わず吹き出しそうになるのをこらえる。しかし、それでも何やら暗示めいたものを感じ、真実を語っているように思わせてしまうのが、占いというものなのか。これで本当に未来を見通せるものかどうかは決めかねるものの、マーヤーは、これは確かに一芸の技だ、と思わずにはいられなかった。

 しかし、ジャネットの方はそうではなかったようだ。

 「ねえ、お姐さん方、それで結局どういうことなの? ジュリアンはどうなる、って?」

 そう尋ねたジャネットに、リーナは、ああ、と笑う。

 「心の中の相手とは、すれ違う…一緒にはなれないんだろうね」

 「なんだ、結局そういうことなのね。だったら、最初からそう言ってくれればいいのに」

 どことなく神秘的で、謎めいた雰囲気(ムード)(かも)す占いも、結局ジャネットにかかればその一言でおしまいなのか。これでは、せっかくの幻想的な雰囲気も台無しだ、と、マーヤーも笑いを抑えることができず、鼻白んだ様子のリーナ達を見て、慌てて顔を背けて取り繕う。

 「もう遅いんだ、寝るよ」

 アリシラがランタンを消し、天幕の中は真っ暗になる。下の方から少し光が差しているのは、見張りの焚いている火の光だろう。

 毛布にくるまってしばらくするうち、あたりから寝息が聞こえてくる。


 中天から、少し外れかけた月。冷たい空気が眠気を払い去る。

 寝付かれなくて、天幕から出たマーヤーは、野営地の中央の焚き火の方へ目をやった。数人が、火のそばに座っている。見張り番の一座の男達に混じって、ジュリアンの姿もあった。

 ゆっくりとそちらの方へ歩いて行く。足音が、大きく響くような気がする。男達の目がこちらに向く。が、足音の主がマーヤーだとわかると、興味なさげな素振りを見せ、彼女から注意がそれる。

 同じようにマーヤーに気付いたジュリアンが、立ち上がって近くに歩み寄ってくるのが見えた。

 「どうしたんだい、こんな夜更けに」

 「寝付けなくて」

 「ああ、君もなのか」

 マーヤーは黙ってうなずいた。

 「僕もさ。それでここに入れてもらっていた」

 ああ、と思う。一座の客のジュリアンが見張りに立つはずがないのだ。

 ジュリアンの視線が、マーヤーに注がれる。その口から、ぽつりぽつりと言葉が出てくる。昼間とは変わった砕けた口調…あるいは、一人語りだろうか。マーヤーにと言うよりは、自分自身に話しているようだ。

 「昔、君に似た()に会った気がする」

 「わたしに…?」

 「その人も、冒険者…魔法使いだと言っていた」

 「そうなの」

 「村の近くの森で、何度か会った」

 「魔法使いに」

 「ああ、魔法使いにね。そして冒険の話を聞いた。魔法のことも聞いた」

 そういえば、そんな話をしたんだった。忘れていた記憶がよみがえる。

 「怖くなかった?」

 「なぜ?」

 「魔法使い、なんでしょ? どんなことをするか、わからないよ?」

 「あの娘は、そんな人じゃない」

 「どうして? …どうしてそう思うの?」

 「あんなかわいい娘が、恐ろしい魔女なんかのはずがないさ」

 理由にならない理由。勝手な思い込みだ、とあきれもする。だから、つい言葉尻を捉えてみたくなる。

 「恐ろしい魔女? 今そう言ったよね?」

 「僕が思ったことじゃない」

 「そうなの?」

 「森で会っていたのを見た人が、そう言った。僕が魔女にだまされているんだ、って」

 「信じたの?」

 「信じなかった、僕は。…僕だけは」

 「あなただけ…は?」

 「僕の両親が信じた。村のみんなが信じた。ヤトラの森に住む魔女だ、って」

 「みんなが」

 「だから、僕を森から遠ざけようとした。僕を守ろうとして」

 「…それで?」

 「村から出されたんだ。遠くに住む叔父のところへやられて」

 「そうだったの。それで、みんなの言うことを聞いたの」

 「そうだね。そうするしかなかった」

 「迷わなかったの?」

 「迷う…?」

 「森にいた(むすめ)と、村のみんなの言うこと、どちらを選ぶか、って」

 「選ぶ…?」


 (じれったいなあ、もう!)


 「みんなを捨てて、その娘のところへ行こうとしなかった?」

 「冒険者のところへ?」

 「そう」

 「僕は、冒険者にはなれない」

 「そう…、そうね」

 マーヤーがさみしそうに微笑む。

 「冒険者に近づいたのにね」

 「ああ、たしかにそうだった」

 「好きじゃなかったの、その娘のこと?」

 「好きだった」

 「一緒になりたいと思わなかった?」

 「…そうだね、一緒になりたいと思った。でも、冒険者じゃなく…村で一緒に住むのでなければ」

 「そうだったのね」

 「あの人もそう思っていた」

 「聞いたの?」

 「…いや、聞きはしなかった」

 「そうね」

 「けれど、僕らはずっと一緒にいた。同じ気持ちで一緒にいたんだ」

 「…そうなの」

 「…どうしてだろう、今までこんな話をしたことはなかった」

 「そうなの」

 「そうだ。…なぜだろう、君は、昔のことを思い出させる」

 「わたしが?」

 「あの人に似てる…、そんな気がするんだ」

 「似てる。…そう、似てるのね」

 似ているとは、つまりは別の、違う人ということだ。やはり、ジュリアンはちゃんと自分を――マーヤーを見てはいないのだ、とわかる。

 「その娘の名前を覚えてる?」

 「もちろんさ」

 そう言ってジュリアンが口にしたのは、師のつけたマーヤーの幼名だった。森の中で、マーヤーが名乗った名前。親がくれた名でもなく。冒険者時代のの名でもなく、今の名でもない、森にいたときだけの彼女の名前。とっくに捨て去った過去の名前。

 「思い出の中だけにいるのね、その娘は」

 「ああ、そうだ」

 「会いたいと思う?」

 「会えないさ、…会えるわけがない」

 会えない。そう言うジュリアンの顔をマーヤーは見つめた。そして言葉の意味を噛みしめる。ジュリアンは、もう森で会った娘には会えない。会おうとしない。会う決心ができない。そうなのだ。ジュリアンは、彼女に会いたくない。だから、マーヤーも、ジュリアンには会うことができない。2人の道は交わらない。

 「…そうかも」

 小さな声で、そう答える。

 マーヤーは、もう昔の彼女ではない。ジュリアンの会えない、その娘ではない。

 「済まない、こんな話に付き合わせてしまって」

 そう言うと、ジュリアンは自分の天幕の方へ戻って行った。

 残されたマーヤーは、彼の方を振り返ろうとせず、じっとその場に立ち尽くしていた。

 マーヤーにも、あれは遠い、懐かしい思い出だ。

 しかし、マーヤーの思うジュリアンとの日々は、ジュリアンの思うその日々ではなかった。2人の抱くのが同じ思いだと思っていたのは幻想だった。それとは知らず、2人は違う方を向いていたのだ。

 今になって、それを思い知らされたマーヤーだった。



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