星を接(つ)ぐものたち
暗い宇宙に浮かぶ青い星。
あれは地球だ。
青い水の星に隕石群が迫ってゆくと、手前の月をあっけなく砕いた。
光を全て吸い込んだような黒い隕石群は、次に地球の大気圏を突き破る。すると無数の赤い光が瞬いた。赤道直下、太平洋の真ん中に落下した隕石群は巨大な炎の塊を生じさせた。赤い気泡がボコボコと連鎖的に湧き上がった。
赤い衝撃波が地球表面を引き裂きながら、海や大陸ごと無数の破片に変えてゆく。そして無数の破片が暗い宇宙空間へと散っていった。
「あぁ……地球が」
ここまでの映像は全て無音。絶望的な恐怖を感じずにはいられない。
僕が記憶している世界の終末の光景と一致する。
それを宇宙からみた記録映像みたいだ。
『地球は破壊されたわ。中性子星の中心核、そこで生じる超高密度の「ストレンジ物質」を知っているかしら? 接触した通常物質をすべて次元階層ごと崩壊させちゃう最悪の存在』
映像を横目にキュリが淡々と語り始めた。
難しい事はよくわからないけれど、特殊な隕石が激突して地球が滅んだ。という認識に間違いは無いようだった。
「木っ端微塵になって、大勢の人が死んだ。悪夢は本当なんだね」
家族もクラスメイトも、世界の人類みんなが消えた。
その拍子で、僕は異世界に飛ばされた。
死んだのか死んでないのか、もう大した違いはない。
魔法使いやドラゴンのいる世界を歩いている時点で、夢を見ているようなものなのだから。
『でもね、ミヨ君の認識と実際に起きた事実の間には、重大な齟齬があるわ』
「そご?」
『認識のズレ、誤りという意味よ』
クラスの同級生にでもいそうなキュリ。
人間らしい表情で、自称高次元の神のような女の子は僕の顔を見つめている。瞳の奥は銀河でも潜んでいるみたいな深淵。
「映像を見せたのはキュリさんじゃないか。なのに、認識の誤りがあるの?」
『今のはミヨ君が認識できる次元の記憶。けれど私達の視点、つまり高次元の凪いだ宇宙地平の事象として認識した場合、地球は完全に破壊されていないの』
「破壊……されていない?」
『情報フレア。ミヨ君たち地球人が有する意識から発せられるエネルギーは、今も健在です。湧き出し続けている。だって人間は誰一人として死んでいないから』
「えっ?」
意味がわからない。
地球は「ストレンジ物質」を含む謎の隕石群の衝突で崩壊した。
月が壊れたあたりで世界は大混乱になって……。テレビのニュースでもやっていたことをぼんやり覚えている。
たった今の映像でもそう見えた。矛盾してない?
『じゃぁ、私達の視線でもう一度。見せ方を変えましょう』
映像が再び切り替わった。
背景は宇宙らしいけれど、全体的に白くてモヤモヤとしている。
同じ地球を映している映像だけど、青い星の輪郭が淡い。それに地球がまるで太陽みたいに、プロミネンスやフレアみたいな青白い輝きを発している。
その光の放射は、時々激しくなったり、生き物のように触手を伸ばしたり。まるで生きているみたいに動いている。
『これが私達の凪の宇宙から見た、ミヨ君達の地球。信じられないほどに膨大な、情報の爆発……フレアを発しているの。発生源はきみたち地球人。高い次元に対してエネルギーの波動を放っている』
「情報フレア……?」
『私達と同じ次元を可視化した地球はまるで恒星よ。ミヨ君たち地球人類の意識の総体、情報フレア。銀河の全体を見回しても、これだけ豊かな情報のフレアを生み出し続ける意識を有する生命体は他にはいないわ』
「……えーと、地球人が少し変わっているってこと?」
『わかりやすい表現で話せば、そうね心の力ね。妄想、夢想? あるいは想像力という単語を使えばいいのかしら。それらが生み出すエネルギーは高い次元にまで影響を及ぼすわ。情報フレアがおこるのは人間が想像した結果ってわけ』
なんとなくわかった気がする。
妄想を膨らませて物語を考えたり、夢見たりすることは誰にだってある。
人間の想像力が世界を――これは比喩だろうけれど――生み出すという意味だ。
「想像……夢とか願いも?」
『そうね、願いや祈り。そういう言葉は好き。地球人類が生み出す、柔らかくて優しい、光のエネルギーの波動を感じるわ』
キュリはそう言うと映像を再び指し示した。
青い星はまるで燃え盛る太陽のように、エネルギーを発散させている。
そこへ黒い塊が接近する。さっきの隕石群、ストレンジ物質だ。
「また、ぶつかる……!」
『見ていて、ここからよ』
地球に隕石群がぶつかった。
けれど恒星みたいに輝く地球は、先程の崩壊と違う動きを見せた。
衝突と同時に宇宙が乱れて波打ち、地球は泡のように、光の塊が無数にはじけて散った。
なんとなく水面に大きな石を投げ込んだときに似ていた。
「砕けた……?」
『よくみて』
爆発したように見えた光は、よく見れば泡だ。例えるなら「水面に生じる泡」。
ひとつひとつがシャボン玉かビー玉みたいに輝いている。
大小様々な、無数のガラス玉のような泡の群れ。それらの中には地球の風景や街、都市、人々、いろんなものが中に閉じ込められていた。そのまま宇宙へ散って漂っていく。
「中に世界の欠片が閉じ込められている……!?」
映像が動き、泡の中のひとつにカメラが寄る。
その中のひとつに僕がいた。
荒野の中に投げ出され、一人でぽつんと虚空を見つめている。
「あのときの僕!?」
『そう。石鹸の泡を手でかき混ぜた感じね。どうなると思う? 条件にも依るけれど、細かな泡は渦に巻き込まれて、バラバラになっているの。細かな泡は再び合わさるものもあれば、そのまま漂うものもある。もちろん、不幸にも消えてしまう泡もあるけれど……。今の地球は、まさにそんな状態で均衡が保たれているわ』
言いたいことがわかってきた。地球は粉々に砕けた。けれど僕のように、小さな泡――小さな世界――に閉じ込められて生きているってことだ。
「僕たちは、世界はまだ……生きているんだね! なら泡みたいに、またくっついて元に戻れるってこと!?」
『理解してもらえて嬉しいわ』
キュリは肯定した。
僕が生きている理由も合点がゆく。
世界が元に戻る可能性もあるってことだ!
「でもさ、キュンや不思議な生き物の居た世界……あのファンタジーめいた異世界はどこからきたの?」
『撹拌された時に、人間の持つ膨大な妄想や夢、祈りや願い。それらと世界が混じってしまったの。膨大な情報のフレアにより生じた並行世界……。もちろん、その場所もひとつの地球には違いないの。分離してしまった以上、存在し続けるわ』
「よかった……」
もう一人の僕とキュンが消えたりはしないのなら。
『ここから地球を元に戻すのは、ミヨ君たち人類の「認識」次第ってこと』
「認識……? こうやって事実を知って、それからどうすれば……」
質問をするまでもなく、答えは目の前にあった。自分が体験してきたことが答えなんだ。
異世界でヒッチハイクをして旅をして、世界を認識した。
だったら同じように、散り散りになった世界を渡り歩き、繋げればいい。
『世界を繋げるのよ、ミヨ君』
「うん……!」
『粉々になった世界を認識し一つにまとめてゆく。地球人ならできる。人類が夢と希望を失わない限り、地球はもとに戻せるわ』
「わかった」
シュウゥウウウウ……ン、と音がした。
見上げると軌道エレベータの内側に沿って、ゴンドラのようなカプセル状の乗り物が地上へと到着するところだった。構内に到着を告げるアナウンスが流れた。
『目指すべき道は、宇宙。そこで君の目で現実を認識するの。超銀河ネットワーク・ステーションをたどり星の世界へ向かいなさい。この塔は泡になって分裂した世界を繋いでいるわ』
「世界を繋いでいる……」
『それにね、ミヨ君のように目覚め、次々と世界を束ねつつある人もいるわ』
「えっ、同じような人が……?」
『そう。ミヨ君は今こうして世界の真の姿を認識した。もう独りじゃない。ご両親も友達も、みんな。それぞれの世界で頑張って世界を再び元の世界へと戻そうと頑張っているの』
プシュン……とカプセルの入口が開いた。
手首に不思議な円形の印が浮き上がっている。きっとあの乗り物のチケットだ。
「わかった。やってみる、きっと世界を、地球を元通りにする!」
強く決意をする。希望が見えた。だったら迷うことなんて無い。
僕は軌道エレベータのカプセルに向かって歩き出した。
キュリは静かに手をふって見送ってくれた。
『――必要なら呼んでね。私は何処にでもいるから。ミヨのような、星を接ぐ者たちを見守るのが役目だから』
「星を接ぐ……ものたち」
僕は宇宙を見上げた。
満天の星が半透明のチューブの向こうに透けて見えた。無限に思える星の彼方に、僕の仲間たちがいる。今も何処かで地球をパズルのように繋ごうと頑張っている。そう思うと勇気が湧いてきた。
でも……。
この旅に終わりはあるのだろうか。
70億近い人間が全部協力して、いつ終わるのだろう?
無限に思える旅路に足がすくむ。
『ある日、いつもどおりに目覚めるわ。きっと、それが旅の終わり』
僕の不安を見透かしてキュリがつぶやいた。
「まるで、全部夢だったみたいに?」
『えぇ。いつもどおりの朝が来るわ』
「そっか、ありがとうキュリさん」
『どういたしまして。がんばってね』
軌道エレベータのゴンドラに乗り込むと、中は真っ白な光に満たされていて、温かかった。まるで胎内にいるみたいに安全な空間に思えた。
丸いソファに身を預けるとアナウンスが響いた。
――超銀河ネットワーク・ステーション、星界行き臨時運行を開始します。
これは星々を巡る船なんだ。
「みんな、待っててね」
必ず世界を元通りにしよう。
船は星界へ向かって上昇し始めた。
背中に軽い重力を感じ、息を深く吸い込む。
胸の中の鼓動に、確かに生きていることを実感する。
それは、夢から覚めるときの感覚に似ていた。
<了>
★
あとがき
異世界のミヨとキュンは幸せに暮らしましたとさ。
そして、オリジナル・ミヨの旅は始まったばかりだ……!
ですが、ある日普通に目覚めて、学校に行く。
そんな日常を取り戻す日も遠くないでしょう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございましたっ!
 




