乱暴者再び2
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その場に留まって、また人が出てきても困る。アルベルトは念のため男が息をしていることを確かめ、マルコムと二人で階段から運び下ろした。荷場にあった手押しの荷車を一台拝借し、男を載せて裏通りへ出る。後で返す、つもりではある。
マルコムが大きな体を荷車の後ろに入れ、片手で押した。もう片方の肩は服が裂け、血が滲んでいるが、アルベルトはそのことには触れないことにした。
倉庫から何本か離れた通りで荷車を止めた。人家の窓に明かりがあったが、総じて薄暗い通りだった。
戻ると、荷台の男が目を開けていた。マルコムが襟を掴んで起こそうとしている。男は自分の腕に拘束具があることを確認すると、抵抗を諦めたようだ。魔術散逸拘束具のことを理解している辺り、何かしら脛に傷がありそうだ。
「姐さんに何をしたか、話してもらう」
「誰だ、知らねえ。腕、放せ」
「情報屋のクレマンスだよ。お前がやったのか?」
荷台に座らされた男の頬へ拳が入った。血の混じった唾が板の上へ落ちる。
「おい、死なせたら元も子もないぞ」
「お前らも仕事を回してもらってただろうが。で、お前はビアンキーニで、元狩猟者だろう。知ってるんだぞ」
男が何も答えないでいると、二発目の拳が振るわれた。アルベルトはそれを障壁で受ける。マルコムの拳が止まり、目がこちらへ向く。マルコムと男が同時にアルベルトを見た。
「どけ」
「答える暇くらいやれ」
「こいつがやったんだ」
「まだ分からんだろう」
「逃げただろうが」
「お前が追えば俺でも逃げるさ」
マルコムは障壁の脇から手を伸ばした。男の喉を掴もうとする。アルベルトはその腕を払い、荷車とマルコムの間へ入った。襟を放された元狩猟者が、荷台の反対側へ逃れようとする。
「下りるな。そこに座ってろ」
言ってからマルコムへ向き直ると、その両腕に白い光が浮かんでいた。こちらにも撃つ気か。これでは誰を捕まえに来たのか分からない。
「手を下ろせ」
「邪魔するな」
「殺すなと言っているだけだ。俺も聞きたいことがある」
「姐さんは死んでんだよ。役人の仕事なんて知ったこっちゃねえ」
踏み込んできた。アルベルトは障壁を斜めに出し、拳を荷車の脇へ逸らした。荷台の縁が割れ、背後の男が短く叫ぶ。返却は無理かもしれない。
アルベルトは左手にも障壁を出し、マルコムの胸へ押し当てた。そのまま通りの向かいの壁まで押し戻す。体格では分が悪いが、魔術なら何とかなる。だが、こちらも階段でかなり使った。いつまでも付き合いたくはない。
「邪魔するな役人」
「おい、落ち着けよマルコム。こいつ一人捕まえた所で終わりじゃないだろう」
マルコムは障壁へ両手を掛けて押してきた。傷のある肩を動かすたびに顔が歪むが、やめようとはしない。アルベルトも踏みとどまり、腕を振り回す余地を与えずに壁へ押さえた。
「聞け。仮にこいつがやってたとしても、指示したやつがいるはずだ」
「だからどうした」
「ここは俺に任せろ。もっと上まで叩きたくないのか」
「……何か掴んだら俺によこすんだろうな」
「ようやく頭が回って来たか。協力してやるって言ってるんだ。そのためには引くところは引け」
マルコムは歯を食いしばった。もう一度だけ押してきたが、やがて腕の光を消した。
「約束は守れよ」
「お前次第だ」
少し待ってから障壁を離した。マルコムは壁に背をつけていた。息が荒い。魔力も相当使ったはずだ。出血も少なくはない。
元狩猟者はまだ荷台に座っていた。逃げる余裕はなかったらしい。アルベルトは改めてクレマンスについて尋ねた。
「まあ見ての通り、俺の質問に答えてくれたら無事で済むかもしれんが」
アルベルトは親指でマルコムを指した。
「気が変われば家に帰るつもりでな。手短に答えてくれると助かる」
男が喉を鳴らす。マルコムが本気なことくらいはわかっているはずだ。
「殺してない。誰がやったか、こっちが知りたいくらいだ」
「クレマンスが余計なことをしてたそうじゃないか」
「ルッソだろう、特別なことじゃない」
男は口を閉じた。マルコムが壁から背を離したので、アルベルトは片手を上げた。
「お前以外にビアンキーニに狩猟者は」
「いるよ、数は多くない。名前は言えない。殺されちまう」
「クレマンス殺しの日にそいつらが何してたか分かるか」
「俺はやってない。他のやつらも、たぶん違う。別の仕事があったんだ。俺たちも駆り出された。だからたぶん違う。考えてみてくれ、クレマンス一人だろう。やるならなんでこそこそ殺す。人を集めてやればいいだけじゃねえか」
「今度は急によく喋るじゃないか。こういうのは嘘ついてるやつがやるよなあ?」
マルコムの顎が動いた。何か言いかけたようだったが、声は出なかった。
「ち、違う」と元狩猟者の男が縋るようにアルベルトとマルコムを交互に見た。
「昨日、監察局員を脅したのはお前らか」
男はアルベルトを見た。何か言いかけたが、一度口を閉じて、また開いた。
「俺じゃない。だが話は聞いた」
「何を知っている」
「クレマンスの件を嗅ぎまわってるやつを脅せって仕事だ。それだけだ。金は悪くなかったと聞いてる。簡単な脅しだって聞いた」
「行った者の名と居場所は」
「知らない。俺は関係ない」
「そのうち誰か、偶然俺の耳に入ることは、あるか?」
男が唾を飲み込んだ。
「偶然、たまたま居合わせた店で、元狩猟者のビアンキーニ構成員が世間話をしてるのを、俺が聞いてしまうような、そういうやつだ」
「ああ、偶然、だな」
「そうだ。偶然だ」
男はマルコムを見た。殺人への関与は、まだ否定しただけだった。しかし当日に何か別の大きな仕事があったという話。別の局にそういった情報があれば、証拠にはならないが筋は通っている。
だが脅しの件はこれでほぼビアンキーニと見て間違いない。素直に考えるなら、クレマンス殺しはビアンキーニによるものだ。しかしそうなると男からこれほど手応えがないのは、感覚的には合わない。
アルベルトがマルコムを見る。マルコムは男を睨んでいるが、先ほどまでのような強い殺気は感じない。アルベルトの捜査官としての勘と、マルコムの裏社会の勘。アルベルトの気のせいでなければ、今は一致している。
犯人がビアンキーニならどうか。このパターンは構造としては簡単だ。要はクレマンスがビアンキーニにとって都合の悪いことをした、あるいは知った。だから消した。それだけだ。
一方で、ルッソと仲違いして消された可能性も残る。裏社会は複雑だ。クレマンスも常に危ない橋を渡っていたはずで、この線も消せない。
しかしその場合、なぜビアンキーニが脅しをかけてきたのか、という疑問が残る。
聞き終えた頃には、マルコムは壁際に座り込んでいた。右手の甲も擦り剥けている。肩の傷に布を当てるよう言うと、今度は逆らわず、差し出したハンカチを受け取った。
「マルコム。他に知りたいことは」
「お前、本当にやってないんだろうな」
「本当だ、知らない」
アルベルトは男の拘束具を外した。男が奇妙な顔でアルベルトを見上げる。強引な捜査である。このまま治安局に引き渡せば問題になるのは明白だ。
自分のことはある程度誤魔化せるが、マルコムも別に現行犯で逮捕されるだろう。そしてルッソの構成員がビアンキーニの構成員を襲ったという事実も、広まって欲しくはない所だ。
「今日は事故が多かったな」
男が口を開けてアルベルトを見上げる。
「偶然、ちょっとした事故で、喧嘩になっちまった。俺たちはお互い知らない者同士で、特に話もしてない。お前が組のことをつい喋っちまったことも、誰も知らない。良いな?」
男はもう一度マルコムを見てから、ふらふらと逃げ出そうとした。そこでもう一度首根っこを捕まえた。今日マルコムと行った店の名前と時間を告げる。そこに来週来い、と伝えた。
「偶然居合わせちまうかもな。もしそうならなかったら、誰かがお前を裏切者だと告発しちまうかもしれん」
男は首を振って、それから頷いた。立ち上がると、一度躓いて、走り始めた。もう一度こちらを振り返ったが、それから角を曲がって見えなくなった。
「マルコム。無駄に治安局に捕まるなよ」
「うるせえ」
「長い付き合いになりそうだな」
「くそくらえだ。くたばれ役人」
マルコムが唾を吐いた。




