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STIGMA  作者: キタガワ
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24/24

乱暴者再び2

***


 その場に留まって、また人が出てきても困る。アルベルトは念のため男が息をしていることを確かめ、マルコムと二人で階段から運び下ろした。荷場にあった手押しの荷車を一台拝借し、男を載せて裏通りへ出る。後で返す、つもりではある。


 マルコムが大きな体を荷車の後ろに入れ、片手で押した。もう片方の肩は服が裂け、血が滲んでいるが、アルベルトはそのことには触れないことにした。


 倉庫から何本か離れた通りで荷車を止めた。人家の窓に明かりがあったが、総じて薄暗い通りだった。


 戻ると、荷台の男が目を開けていた。マルコムが襟を掴んで起こそうとしている。男は自分の腕に拘束具があることを確認すると、抵抗を諦めたようだ。魔術散逸拘束具のことを理解している辺り、何かしら脛に傷がありそうだ。


「姐さんに何をしたか、話してもらう」

「誰だ、知らねえ。腕、放せ」

「情報屋のクレマンスだよ。お前がやったのか?」


 荷台に座らされた男の頬へ拳が入った。血の混じった唾が板の上へ落ちる。


「おい、死なせたら元も子もないぞ」

「お前らも仕事を回してもらってただろうが。で、お前はビアンキーニで、元狩猟者だろう。知ってるんだぞ」


 男が何も答えないでいると、二発目の拳が振るわれた。アルベルトはそれを障壁で受ける。マルコムの拳が止まり、目がこちらへ向く。マルコムと男が同時にアルベルトを見た。


「どけ」

「答える暇くらいやれ」

「こいつがやったんだ」

「まだ分からんだろう」

「逃げただろうが」

「お前が追えば俺でも逃げるさ」


 マルコムは障壁の脇から手を伸ばした。男の喉を掴もうとする。アルベルトはその腕を払い、荷車とマルコムの間へ入った。襟を放された元狩猟者が、荷台の反対側へ逃れようとする。


「下りるな。そこに座ってろ」


 言ってからマルコムへ向き直ると、その両腕に白い光が浮かんでいた。こちらにも撃つ気か。これでは誰を捕まえに来たのか分からない。


「手を下ろせ」

「邪魔するな」

「殺すなと言っているだけだ。俺も聞きたいことがある」

「姐さんは死んでんだよ。役人の仕事なんて知ったこっちゃねえ」


 踏み込んできた。アルベルトは障壁を斜めに出し、拳を荷車の脇へ逸らした。荷台の縁が割れ、背後の男が短く叫ぶ。返却は無理かもしれない。


 アルベルトは左手にも障壁を出し、マルコムの胸へ押し当てた。そのまま通りの向かいの壁まで押し戻す。体格では分が悪いが、魔術なら何とかなる。だが、こちらも階段でかなり使った。いつまでも付き合いたくはない。


「邪魔するな役人」

「おい、落ち着けよマルコム。こいつ一人捕まえた所で終わりじゃないだろう」


 マルコムは障壁へ両手を掛けて押してきた。傷のある肩を動かすたびに顔が歪むが、やめようとはしない。アルベルトも踏みとどまり、腕を振り回す余地を与えずに壁へ押さえた。


「聞け。仮にこいつがやってたとしても、指示したやつがいるはずだ」

「だからどうした」

「ここは俺に任せろ。もっと上まで叩きたくないのか」

「……何か掴んだら俺によこすんだろうな」

「ようやく頭が回って来たか。協力してやるって言ってるんだ。そのためには引くところは引け」


 マルコムは歯を食いしばった。もう一度だけ押してきたが、やがて腕の光を消した。


「約束は守れよ」

「お前次第だ」


 少し待ってから障壁を離した。マルコムは壁に背をつけていた。息が荒い。魔力も相当使ったはずだ。出血も少なくはない。


 元狩猟者はまだ荷台に座っていた。逃げる余裕はなかったらしい。アルベルトは改めてクレマンスについて尋ねた。


「まあ見ての通り、俺の質問に答えてくれたら無事で済むかもしれんが」


 アルベルトは親指でマルコムを指した。


「気が変われば家に帰るつもりでな。手短に答えてくれると助かる」


 男が喉を鳴らす。マルコムが本気なことくらいはわかっているはずだ。


「殺してない。誰がやったか、こっちが知りたいくらいだ」

「クレマンスが余計なことをしてたそうじゃないか」

「ルッソだろう、特別なことじゃない」


 男は口を閉じた。マルコムが壁から背を離したので、アルベルトは片手を上げた。


「お前以外にビアンキーニに狩猟者は」

「いるよ、数は多くない。名前は言えない。殺されちまう」

「クレマンス殺しの日にそいつらが何してたか分かるか」

「俺はやってない。他のやつらも、たぶん違う。別の仕事があったんだ。俺たちも駆り出された。だからたぶん違う。考えてみてくれ、クレマンス一人だろう。やるならなんでこそこそ殺す。人を集めてやればいいだけじゃねえか」

「今度は急によく喋るじゃないか。こういうのは嘘ついてるやつがやるよなあ?」


 マルコムの顎が動いた。何か言いかけたようだったが、声は出なかった。


「ち、違う」と元狩猟者の男が縋るようにアルベルトとマルコムを交互に見た。

「昨日、監察局員を脅したのはお前らか」


 男はアルベルトを見た。何か言いかけたが、一度口を閉じて、また開いた。


「俺じゃない。だが話は聞いた」

「何を知っている」

「クレマンスの件を嗅ぎまわってるやつを脅せって仕事だ。それだけだ。金は悪くなかったと聞いてる。簡単な脅しだって聞いた」

「行った者の名と居場所は」

「知らない。俺は関係ない」

「そのうち誰か、偶然俺の耳に入ることは、あるか?」


 男が唾を飲み込んだ。


「偶然、たまたま居合わせた店で、元狩猟者のビアンキーニ構成員が世間話をしてるのを、俺が聞いてしまうような、そういうやつだ」

「ああ、偶然、だな」

「そうだ。偶然だ」


 男はマルコムを見た。殺人への関与は、まだ否定しただけだった。しかし当日に何か別の大きな仕事があったという話。別の局にそういった情報があれば、証拠にはならないが筋は通っている。


 だが脅しの件はこれでほぼビアンキーニと見て間違いない。素直に考えるなら、クレマンス殺しはビアンキーニによるものだ。しかしそうなると男からこれほど手応えがないのは、感覚的には合わない。


 アルベルトがマルコムを見る。マルコムは男を睨んでいるが、先ほどまでのような強い殺気は感じない。アルベルトの捜査官としての勘と、マルコムの裏社会の勘。アルベルトの気のせいでなければ、今は一致している。


 犯人がビアンキーニならどうか。このパターンは構造としては簡単だ。要はクレマンスがビアンキーニにとって都合の悪いことをした、あるいは知った。だから消した。それだけだ。


 一方で、ルッソと仲違いして消された可能性も残る。裏社会は複雑だ。クレマンスも常に危ない橋を渡っていたはずで、この線も消せない。


 しかしその場合、なぜビアンキーニが脅しをかけてきたのか、という疑問が残る。


 聞き終えた頃には、マルコムは壁際に座り込んでいた。右手の甲も擦り剥けている。肩の傷に布を当てるよう言うと、今度は逆らわず、差し出したハンカチを受け取った。


「マルコム。他に知りたいことは」

「お前、本当にやってないんだろうな」

「本当だ、知らない」


 アルベルトは男の拘束具を外した。男が奇妙な顔でアルベルトを見上げる。強引な捜査である。このまま治安局に引き渡せば問題になるのは明白だ。


 自分のことはある程度誤魔化せるが、マルコムも別に現行犯で逮捕されるだろう。そしてルッソの構成員がビアンキーニの構成員を襲ったという事実も、広まって欲しくはない所だ。


「今日は事故が多かったな」

 

 男が口を開けてアルベルトを見上げる。


「偶然、ちょっとした事故で、喧嘩になっちまった。俺たちはお互い知らない者同士で、特に話もしてない。お前が組のことをつい喋っちまったことも、誰も知らない。良いな?」


 男はもう一度マルコムを見てから、ふらふらと逃げ出そうとした。そこでもう一度首根っこを捕まえた。今日マルコムと行った店の名前と時間を告げる。そこに来週来い、と伝えた。


「偶然居合わせちまうかもな。もしそうならなかったら、誰かがお前を裏切者だと告発しちまうかもしれん」


 男は首を振って、それから頷いた。立ち上がると、一度躓いて、走り始めた。もう一度こちらを振り返ったが、それから角を曲がって見えなくなった。


「マルコム。無駄に治安局に捕まるなよ」

「うるせえ」

「長い付き合いになりそうだな」

「くそくらえだ。くたばれ役人」


 マルコムが唾を吐いた。


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