アルベルトとニコル1
ライト文芸寄りのミステリ作品です。
舞台は、近代化の進んだ魔術のある世界。ファンタジーの要素は控えめで、どちらかといえばバディもののお仕事探偵小説です。
実務に長けた青年と、観察と推理を得意とする少女が、失踪や殺人といった事件を追います。
二人の捜査と、登場人物たちの活躍を楽しんでいただければ幸いです。
第一部は10万字前後を予定しています。
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「で、念のため確認するが、これまで魔術を使えたことはないと」
「そういうことになりますね」
アルベルト・フォスターは、修道院からの紹介状と検査の結果を並べていた。就業希望者の確認を任されたが、通常ならアルベルトまでは回ってこない人材だった。
「名前はニコル・ハート」
「はい」
アルベルトは黒い短髪をかき上げて、もう一度書面に目を落とした。本人の魔力反応無し。現場に出ることも多いというのに、いくらなんでも魔力のない者が担う仕事ではない。
アルベルトが務めるのは、王立聖痕監察局のこの街の支局である。聖痕の登録や検査、就業の監督に加え、聖痕に関わる失踪や犯罪も調べる。アルベルトは、主に外へ出て調査をする監察官だった。
デスクの反対側に座る女は、年齢およそ十七、十八歳といったところ。艶のある黒髪が肩にかかり、細い鼻筋から形のよい顎まで、顔立ちはすっきりしていた。書面に目を落とすと、まつ毛が頬の上に影を落とす。しかし顔を上げても表情は乏しく、何を考えているのか分かりにくかった。
「どうして皆さんそんな困った顔をするのでしょう」
「間違いが無いか確認しているからな」
「間違い、とは」
「育ったのは、この修道院で間違いないな」
「はい。孤児院も兼ねていました」
「身元を確かめられる親族は」
「両親は、幼い頃に亡くなりました。修道院に聞いていただければ」
「そこへ戻るつもりは」
「今のところはありませんし、なにより居場所がありません」
居場所がない。それが実情なのだろう。魔力がないからといって、教会が追い出したりはしないはずだ。つまりこれは、この女自身の意志なのだ。
アルベルトは溜息をついた。実のところ、これは茶番である。先輩局員からの情報で、彼女を採用する方針であることは知っていた。
なぜなら、彼女には聖痕がある。
「まあとりあえず魔力が無いことについてはいったん置くとしてだ。監察局を選んだのは、修道院か」
「私です。聖痕の反応を確かめる方が足りないと伺いましたので」
「治安局でも募集はあるだろう。なぜうちに」
「見ての通り力には自信がないので。こちらなら、ほかにできる仕事があるかと思いました」
「ここも危険な現場へは行くが」
「はい。ですから、何を任せていただけるのか伺いたいです」
アルベルトは紹介状へ目を戻した。仕事を探すよう勧められ、行先まで決めてもらったのだと思っていたが、本人が伝手を頼んだらしい。
「聖痕があるのに、本人の魔力が全く検出されない例は聞いたことがない」
聖痕には独自の魔力がある。それを自分の魔術へ取り込めれば、扱える魔力が増し、以前より強い魔術を使えることが多い。
しかしニコルは、取り込むための自身の魔力がない。聖痕由来の気配は分かるのに、通常の魔力は感知できず、魔術も使えなかった。
アルベルトが書類に簡単に書き込む。これで調査は終わりである。とはいえ前例のない報告を上げれば、最悪ますます仕事が増える。それは勘弁願いたい。
「よし」と自分を励ますように呟き、アルベルトがペンを握る。
現行検査では確認できず。
「なるほど。上手いですね。私も今後はそういった説明にします」
「我ながら適切な表現だと思っている」
修道院から届いた登録の控えには、聖痕が現れたのは十一歳頃とある。紋様の位置と形も記されていた。それとは別に、紹介状には監察局で働きたいという本人の希望が書かれている。
「一応、聖痕者としては住所と担当支局の変更も行う。担当は俺になるそうだ」
「担当というのは」
「今後お前が何かやらかせば、俺のところに連絡が来る」
そこでドアがノックされた。
「入るぞ」
長身で筋骨隆々とした三十代後半の男が、部屋へ入ってきた。茶髪を短く刈り、太い眉と無精ひげのある顎が目立つ、精悍な強面だった。この街の支局長、オリヴァー・クラークである。
オリヴァー自身も聖痕発現者だが、今では送り出される側より、送り出す側の方がよほど長い。
「面談は済んだか」
「結果は変わりません。本人の魔力は確認できませんが、聖痕反応の識別はできているようです」
「なら、同じ検査はここまでだ。ニコル・ハートだな。仕事の希望は紹介状にある通りでいいな」
「はい」
オリヴァーは持ってきた書面をアルベルトへ渡した。
「まずは現場に同行してもらう。反応の確認から始めて、ほかに何ができるかも見たい。採用は前向きに考えている。それでよければ」
そう、魔術の素養が全くないニコルを雇う理由は、ひとえに彼女が聖痕由来の魔力を検知できるからなのである。聖痕の無いアルベルトにはどうしても出来ないことが、彼女には出来る。若干の不公平さを感じないこともないが、必要な人材ではあるのだ。
「お願いします」
「住まいは」
「まだ決めていません」
「当面は局の部屋を使ってくれ。勤務の扱いが決まるまでの費用も、こちらで確認する」
アルベルトは書面を読んだ。調査協力者としての同行。その担当欄には、自分の名があった。
「俺が担当ですか」
「お前のところには、聖痕反応を確かめる者が要る。いつまでも他所から借りてはいられん」
「魔術を使えない人間を、現場へ連れていくことになりますが」
「聖痕の方が重要だろうが。危ないと思えば引く判断をお前がしろ」
「毎回、面倒を見ろと」
「人を連れて出るなら、そこまでが仕事だ。人員が足りない時は言え。送り出す責任はこちらで持つ」
オリヴァーがニコルを見たので、つられてアルベルトも見る。相変わらず表情に乏しい。実質採用が決まったようなもので、自分から申請したなら多少は喜んでも良さそうなものだが。
「現場ではアルベルトの指示に従ってくれ。できないことは、その場で伝えていい」
「はい」
「お前も、最初から彼女がなんでもできると思うなよ」
「わかってますって」
返事が少し強くなったが、オリヴァーは笑った。
「では任せる。部屋まで案内してやってくれ」
アルベルトは鍵を受け取った。局内の一時滞在用の部屋だった。聖痕の検査や手続きのために、短期間泊まる者もいる。
オリヴァーはほかに確認することがないか二人を見てから、部屋を出ていった。




