ユーム聖伝1 〜沈黙のユーム
帝国最東部の村で、教師をするヨハンとケナは、近所でも評判のおしどり夫婦だった。
結婚して二十年。穏やかな幸福感に包まれながら、夫婦は日々の生活を送っていた。
だが、ふたりの間に子供が産まれることはなかった。
ふたりはともに子供好きであり、結婚してからというもの、ずっと我が子の誕生を待ち望んだ。
五年経っても、十年経っても、子供は出来なかった。
ヨハンは四十歳代半ば、ケナも四十歳になった。
もう何年も前から
「もう子供が産まれることはないであろう」
と、夫婦はもう諦めていた。
その夫婦に子供が出来た。
ふたりは、神に感謝した。
月満ちて誕生したのは男の子。
夫婦はユームと名付けた。
「ユーム、ユーム」
ふたりが大喜びしたのは言うまでもない。
家の中心に、常にユームがいる。
そんな日々が始まった。
が、さほどの時を経ることもなく、ユームは普通の子供ではないことが分かった。
ユームは、動かない。
ユームは、言葉を発しない。
ユームは、目を開かない。
ユームは、音に対しても何の反応もしない。
大きくなれば、変わるのではないか。ヨハンとケナは、望みをつないだ。
だが、ユームは変わらない。
ユームは、そのような人として産まれついたのだ。夫婦は、もうそう思うしかなかった。
そのことにより、ヨハンとケナのユームに対する愛情が揺らぐことはなかった。
いや、ふたりは、そのように産まれついた我が子がいとおしかった。
ユームは、大きくなっていっても動かず、言葉を発せず、目は開かず、音に反応しない。
そのことに変わりはなかった。
が、別の変化があった。
ユームを見つめると、ユームに近づくと、何とも言えない不思議な感覚に包まれるようになったのだ。
これまでの人生、決して不幸ではなかった。幸せだったと思う。が、そんなヨハンであってさえ、これまでの人生で経験したことのない幸福感に包まれるようになったのだ。
ユームは目に見えない穏やかな光に包まれている。ヨハンは、そのように感じるようになった。
そして、妻のケナも、ヨハンと同じように感じていることがヨハンには分かった。
その目に見えない穏やかな光に誘われるように、やがて村人がユームを見にやって来るようになった。
ユームを見た瞬間、人々の心にはやはり、これまでの人生で経験したことのない優しい気持ちが生まれ、愛と幸福につつまれてしまうのであった。
「この子は何か特別な世界からこの世界につかわされてきたのに違いない」
それは両親と、そしてユームを見た全ての人が一様に感じることであった。
評判は評判を呼び、ユームを見にやってくる人は村を越え、地方を越えていった。




