表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠の馬鹿  作者: 火浦マリ
チンギス・ハーン編
40/60

遠征と宴

 チンギスの旗の下、軍勢は草原を西へと進んでいた。


 無数の馬が大地を蹴り、風が帆のように兵士の外套を膨らませる。乾いた空気に混じるのは、干し肉と乳の匂い。戦と生活が、ひとつに重なった光景だった。




 愚楽はといえば、馬上の生活に慣れずに尻をさすっていた。


「いてて……馬ってのは固い椅子だな! 尻が割れる!」


 兵士たちは大笑いしながら囃した。


「博士殿! それでこそ馬上の男だ!」


「名は愚楽! 馬鹿でも尻の痛みは忘れない!」


 愚楽が自分で決め台詞をもじると、兵たちは腹を抱えて笑った。




 しかし行軍は過酷だった。乾いた風と寒暖差に、兵士たちは体力を削られる。食糧は干し肉と硬い乳製品ばかりで、味気ない。


 そんな中、愚楽が鍋を覗き込み、鼻をひくひく動かした。


「おい、この羊の骨、まだ旨味が残ってるぞ! もう一度煮出せ!」


「何を言う、これはもう煮尽くした残りだ」


「いや、石で叩いて砕いて煮ろ! 骨の髄は最後まで旨い!」




 兵たちは面白半分に従った。すると、白濁したスープが出来上がり、脂と香りが漂い出した。


 一口すすった兵士は目を見開いた。


「……旨い! 体に染みる!」


 次々と器が差し出され、愚楽は得意満面に叫んだ。


「ほら見ろ! 飯は兵を救う! 名は愚楽! 馬鹿でも旨い飯の味は忘れない!」




 こうして兵の士気は高まり、疲れた心に笑いと力が戻った。




 夜、行軍の合間に宴が開かれた。


 羊が一頭屠られ、大鍋に投げ込まれる。塩だけで煮る豪快な料理――「ボーズ」。


 肉を手づかみで裂き、脂が滴るのをそのままかぶりつく。


 愚楽は口いっぱいに肉を詰め込み、脂で顔をテカテカにさせながら叫んだ。


「うまいっ! この汁、この骨の旨味! 俺は一生忘れねえ!」


 兵士たちも豪快に笑い、杯を打ち鳴らした。馬乳酒が回り、幕営は歌と笑いに包まれた。




 その最中、チンギスが姿を見せた。


 ハーンは静かに大鍋の前に進み、肉を一切れ取り、無言で口にした。


 兵士たちが息を呑む。




 やがてチンギスは頷き、低く言った。


「よく煮えている。……誰の工夫か」


 兵士たちは一斉に愚楽を指差した。


「博士殿です!」




 愚楽は胸を張って叫んだ。


「名は愚楽! 馬鹿でも旨い飯の味は忘れない!」




 ハーンはしばし愚楽を見据え、やがて口元をわずかに緩めた。


「……馬鹿ゆえに、真理を掴むか。面白い」




 その一言で、愚楽は軍中でさらに親しまれる存在となった。


 彼の馬鹿げた舌は、戦の厳しさを和らげ、兵の心を支える力となっていったのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ