表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

304/304

人類は神の瞳に恋してる

最終回となります。

 夜が明けた。

 

 酒の匂いがまだ部屋に残っている。

 床には空になった瓶が転がり、テーブルには使徒たちが寄り添うように眠っていた。

 

 アキラだけが誰よりも早く目を覚まし、散らかった部屋の惨状に眉をひそめた。

 その瞬間、頭の奥に鈍い痛みが走り、胸はさらに締めつけられる。

 

 ゆっくりと立ち上がり、周囲を軽く片付けてからカーテンを開ける。

 その動作すら久しぶりに感じた。

 今までは全て沙耶がしてくれていたからだろう。


 窓から朝日が差し込む。

 

 その光は、これから彼が創ろうとしているもの。

 それが今の彼には、胸を刺すほど眩しかった。

 

 「……沙耶さん」

 

 名前を呼んだ瞬間、胸の奥がきしむ。

 

 もう触れられない。

 もう笑い合えない。

 

 それでも彼女が残した痛みだけは、確かにここにある。

 その鋭さを感じながら深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

 

「……いつも通り、進んでいこう」


 声は小さく擦れていたが、決意だけは揺らがなかった。

 

 リビングの隅で、人の姿をしたアストラヴィアが目を覚ます。

 

「主よ……もう起きられたのですか」

 

「ああ、やることがあるからな」

 

 アキラは、昨夜の弱さをすべて置いていくように背筋を伸ばした。


 「使命じゃなく……約束を果たす」

 

 その言葉は、もはや誰かに向けたものではない。

 自分自身を立たせるための最後の支柱だった。

 

 ニクスが目をこすりながら起きる。

 

「アル……大丈夫なの……?」

 

「大丈夫じゃないさ……でも、これしか無い」

 

 その言葉に、ニクスは何も返せなかった。

 

 そこにあったのは、大切なモノを失った人が、それでも前へ進もうと覚悟を決めた瞳だった。

 

 アキラは沙耶から預かった書類を手にし、玄関へ向かい靴を履く。

 

「行ってくる」

 

 その背中は、昨夜よりもずっと重く、しかし確かに強かった。

 扉を開けると、まだ肌寒い朝の冷たい空気が頬を打つ。

 

 その冷気が、彼の決意をさらに研ぎ澄ませた。

 

「沙耶さん……ごめんね……」

 

 誰もいない空へ向けて呟く。

 その声はもう届かない彼女へ向けた、心からの謝罪。


 そしてアキラは歩き出した。

 失った愛の痛みを胸に抱えたまま、約束を叶えるための一歩を。



 市役所を経由したアキラが、次に向かったのは紫星家跡地に造られた施設。

 完成した建物のホールには、この場所に今後関わる人々が集まっていた。

 その数はゆうに一万人を超えている。


 そのほとんどは白装束に身を包み、アキラへ向かい頭を下げて敬虔な態度を示す。

 道着に身を包む集団もいて、彼らもそれに倣うように目を伏せていた。


 壇上に立ち、アキラが皆に声を掛ける。


「みんな、集まってくれてありがとう」


 以前の無機質だった研究機関とは違い、温かみのある雰囲気を持つ建物。

 そこには、子供たちを優しさで包み込む意思が宿っていた。

 

「今日、ここに至るまで、皆には沢山の苦労を掛けたと思う」


 壇上から人々を見まわすアキラの瞳は、深い優しさを湛えていた。


「ありがとう」

 

 頭を下げて感謝を告げるアキラに、その場にいる人々が思わず涙ぐむ。


「ケンちゃん、この施設の副所長は君に任すよ」

 

 段下にいる美藤賢治を見つめ任命する。


「アキラ様!この老いぼれ、残りの寿命を懸けて務めさせて頂きます!」


 賢治は子供のように輝く瞳でアキラを見ながら、与えられた任を受け止めた。


(うてな)、子供たちを零さず集めるのは任せたよ」


 西園寺蕚はその命を受け、はんなりと頷く。


「どうぞお任せくださいませ。すべてはアキラ君のお言葉のままに、務めさせていただきます」


 蕚は、この施設に相応しい子供を漏らさないための網を張り巡らせると誓った。

 その後ろに並ぶ、彼女の経営する会社幹部が揃って頭を下げた。


「哲夜には人の進化を頼む」


 白衣を着た大出哲夜へ視線を向ける。


「フン、これだけの設備を揃えて貰ったんだ、存分に役立たせてもらう!」


 哲夜は胸を張って腕を組み、自信満々に鼻を鳴らす。


「心寧は、これからも芸能活動を通してこの施設の有用性を広めてくれ」


 山岸心寧に優しく告げる。


「まっかせて!世界一の女優になって、ワタシみたいな子供を救う助けになるね!」


 心寧は大きく膨らんだお腹を片手で支え、ピースサインで返事を返す。


「裕子もその力で世界一になって、子供たちの希望になってくれ」


 水瀬裕子に期待の目を向けた。


「希望ってのは柄じゃないけど、子供を救えるっていうなら乗ってあげるわよ」


 裕子は少し照れたように眉を寄せて、それでも真剣な眼差しを返した。


「雪乃は子供たちの教師になって欲しい、頼めるかな?」


 紫星雪乃に能力を持つ先達としての役割を任す。


「その役目、立派に果たして見せる!」


 雪乃は、この施設で自身が役立てる道を進むと答えた。

 

「幸江、キミには今後の政府機関との遣り取りや他所との連携を任せる」


 大和幸江には施設外との交渉をお願いした。


「了承致しました、万事滞りなく進めることをここに誓います」


 幸江は、主に使命を与えられた事へ体を震わす。

 その後ろには、六樹衆を中心とした大和面々が厳かに礼をしていた。

 


「文翔はこのまま民衆の後押しを進めて」


 大蔵文翔へ、国民の理解と受け入れを依頼する。


「任せてくれ、すでに世論の均衡はこちらに傾いている」


 文翔が爽やかな笑顔で答える。

 その後ろには、彼を支える国会議員たちが北条敏秀を先頭として並んでいた。


「拓人は自分の信じた道を進んでくれるかな?それが皆の助けになるはずだから」

 

 安藤拓人に全幅の信頼を寄せた。


「……わかった、俺は生涯アキラを追う」


 拓人は瞳に螺旋を浮かべながら気合を入れる。

 彼の後ろには、マリアを先頭としてRod幹部と上位信者が平伏さんばかりに頭を下げ続けている

 

「最後に、この施設……『一条学園』の責任者には俺がなる」


 当初の予定では一条沙耶が就くはずだった場所。

 そこに自らが納まると告げる。

 

「そして()()、キミたちと共に学園の子供たちを導く」

 

 その宣言に会場がどよめく。


 身を震わせ涙を流す者、共に進めることに誇りを持つ者、気を昂らせる者。

 彼らは興奮し、感極まっていた。

 

 だが、そんな中、ひとりの人間が抗議の声を上げた。


「沙耶さんはどうするんだ!?彼女が施設長じゃないのか?」


 マサト・アストレアが、この場にいない一条沙耶の名を上げる。

 

「沙耶さんはこの学園では働かない……そう言われた」


 アキラが、悲しげな表情を浮かべて首を振る。


「なんでだよ!ここは彼女の夢を叶える場所だろ!?」


 マサトが、信じられないことを言われたように取り乱した。


「そうだ……だけどもうどうしようもない」


 悲痛な面持ちで、もう沙耶が関わることはないと告げる。


「そして、先ほど僕は沙耶さんと離婚をした」


 周囲から一斉に息を呑む音が響いた。

 心当たりのある者たちが口に手を当て、後悔に下を向く。


「何を言ってんだ!そんなの馬鹿げている!何があったっていうんだよ!兄さん!」


 マサトが、殴り掛からんばかりの勢いで壇上に詰め寄るが、アキラはただ前を見つめたまま動かない。


「僕はやっぱり普通になれない、どこまでいっても人類の神なんだ」

 

 普通を目指し生きようとしていた男が、それを諦めると口にした。

 

「ふざけるな!ワタシは沙耶さんの下で働きたいんだ!彼女に直接聞いてくる!」

 

 そう叫ぶと、マサトはこの場を足早に去っていった。


 それを止めることなくアキラは皆へ問いかける。

 

「僕は、恋した女性ひとり幸せに出来なかった神だけど、みんなは付いてきてくれるかな?」


 明け透けな告白。

 それを受けて人々は、迷いなく一斉に頷く。

 

「ならば、共に子供たちを助けよう」


 アキラが髪を掻き上げて、人々の感情を受け止めながら微笑んだ。

 

「そして、未来の人類のために、いつか皆で太陽を創ろうじゃないか」


 その意味の分からないほど壮大な計画は、人々の胸に新たな火を灯す。


 壇上に立つアキラは、すでに神へと戻っていた。

 その瞳は、果てしない無限の世界を映し、見上げる者たちは思わず息を呑む。

 

 誰もがその光に魅せられ、恋焦がれ、この男に未来を託そうと誓った。


 

 自然と湧き上がる歓声と共に、万を超える人々が涙を拭うその中で、アキラだけが静かに孤独だった。


 胸の奥に残る痛みは、もう誰にも触れられない。

 癒えることも、戻ることもない。

 

 すでに彼の心を癒す者はいないのだ。

 

 恋した人は去っていった。

 誰にも触れられない記憶だけが胸に残り、その痛みだけが彼の人間性となってしまった。


 それでもアキラは歩き出す。

 自分のためではなく、使命と人類、そして誰かのために。

 神は人を救う者であり、救われる者ではないと自らを切り捨てて。



 こうして、人類神アキラの新たな旅が始まった。

 深い喪失を抱えたまま、それでも世界に太陽を創り出すための孤独な旅が。


 この先、彼は使命に生き、使命と共に何度も死ぬのだろう。

 それを覆せるのは、きっと彼に並べる人間が現れた時。


 それは、何年先か何万年先か、今は誰も分からないまま、彼の瞳は前だけを見つめていた——。

今まで読んでいただきありがとうございました。

次は、アキラの子供世代の話になるので、タイトルを新しくして書き始めました。

もしよかったら続きもよろしくお願いいたします。


龍の飼い方、愛し方 ~親父は神で、幼馴染はドラゴン娘~ / 最低で最悪な高校生活

https://ncode.syosetu.com/n8519mg/1/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ