表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

277/281

ヤンキーとお嬢様は、いつだって惹かれ合うのがお約束

 倉庫の空気は張り詰めていた。


 拓人の螺旋の瞳が激しく輝き、黄金のオーラが身体を覆う。

 対する遙は赫脈刀を構え、霊圧が周囲の空気を震わせていた。


 二人の気がぶつかり合い、倉庫の壁が激しく軋む。

 

「……遺言は有りますか?」

 

 遙の声は静かだが、その瞳には鋭い殺気が潜んでいる。


「ねぇよ……死ぬ気もな!」


 拓人はその慈悲を拒否して一歩前に出た。

 その顔には獰猛な笑みを見せる。


 

 もうすぐ二人は交差するだろう。

 それをサチカは震えながら眺めていた。


 まさかこんな事態になるなんて思ってもいなかった。

 母と拓人が戦うことになるなんて。


 誤解だと叫べばいい。

 

 母に縋り付き、やめてくれと。

 彼に非はないのだと。


 でも、出来ない。


 本気で怒る母への恐怖。

 百合江を放って置けないという言い訳。


 何より、彼に触れられた肩、そこへ熱を感じていたから。


 

 あの場所で拓人に会ったのは、偶然であり、必然でもあったのだろう。

 ビナという男を探すために、彼が所属しているロッドという暴走族のメンバーを探していた結果だから。

 

 なぜそんなことをしていたのか?

 

 それは、百合江が昨日から学校に来ず、連絡も付かなくなったせいだ。


 その理由に心当たりがあった。

 一昨日、百合江がビナからメッセージを受けた時、そばにいたからだ。

 

 その場で泣き叫ぶほどの乱れ方を見せた百合江を、私は必死に落ち着かせた。

 ビナの名をブツブツと呼び続けている彼女を見て、こうなるかもしれないと思っていた。


 だから今朝、百合江の両親から連絡が来た時、咄嗟に家を飛び出した。

 彼女の状態をわかっていて、それを放置した自分が許せなかったからだ。


 ビナの所属しているロッドというチームが、横浜の中華街を中心に縄張りを持っているのは知っていた。

 でも、それ以外の情報がなかった。

 

 百合江からは断片的にしか話を聞いていない。

 私がビナとの付き合いを、強く反対していたせいだ。


 でも、それは私の中で当然だった。

 

 話を聞く限りまともな男じゃない。

 十代中盤なのに学校に通わず、暴走族に所属していて、しょっちゅう殴り合いの喧嘩をしているらしい。

 素行が悪いというレベルではおさまらない悪人だ。


 私や百合江の暮らす世界とは真逆の住人。

 なぜ彼女が夢中になるのかが心底分からなかった。


 

 大和百合江とは幼い頃からの付き合いだ。

 母の実家である大和家の分家の娘で、私へ付き従うために用意された友人だった。


 私の言うことを何でも聞く、便利で都合のいい人形のような友達。

 だから長年、召使いのように使っていた。

 

 それが変化したのは、お互いの憧れた人が同じになった時から。

 彼女は私の兄、一条アキラを深く慕うようになったのだ。

 

 大和の道場で、お兄様に手ほどきをされて、人生観が変わるほど感動したらしい。


 無口だった彼女が、真剣な顔をして私にお兄様のことを聞いてきた。

 その瞳に浮かんでいたのは、尊敬と憧れだった。

 

 もし恋心でも浮かべていたなら、彼女を許しはしなかっただろう。

 だが、(とうと)(うやま)いたいというなら話は別だ。

 

 私は、お兄様に関して世界一詳しいと自負している。

 だから色々と教えてあげた。


 百合江とは長い付き合いだったが、お互いあれほど楽しく話をしたことはなかった。

 瞳を輝かせ、私の話を食い入るように聞く彼女の姿に嬉しくなり、お兄様の魅力を夢中で語った。


 それから私と百合江は本当の友達になった気がする。

 

 お兄様が倒れ、眠ったままになった時も、お互いを励まし支え合った。

 必ず治ると信じて、少しでも良くなるようにまじないや祈祷を共に行った。


 その頃には、私は大和の修行を始めていて、滝行や山籠もりなども百合江と一緒にこなした。

 修行は辛いものだったが、お母様からこうなることは聞かされていた。

 なにより、それをすることによって、将来お兄様のお役に立てると信じていたのだ。


 私は十五歳になったら大和の養子となり、見合いをしてどこかへ嫁ぐことが生まれた時から決まっていた。

 

 随分と理不尽で時代錯誤な取り決めだと思う。

 だが、母から『必ずアキラの役に立てる嫁ぎ先へ送る』と言われて、私はそれを受け入れた。

 

 お兄様を超える男なんていない。

 だって、兄こそが人類の頂点なのだから。

 それこそが世界の(ことわり)

 

 ならば、結婚相手なんて誰だっていい。

 お兄様と結婚が出来ないならば、他の男はみな同列に思えた。

 ただひたすら、お兄様のためだけに生きることだけが、私の幸せなのだ。


 だが、お兄様の容態は悪化し、廃嫡されてしまった上に行方がわからなくなった。

 敬愛する母は倒れてしまい、お兄様のことを知っているはずの父は家にほとんど帰ってこなくなる。

 私にはもうひとり兄がいたが、彼も急な次代当主への抜擢で忙しくなっていた。


 一瞬で家族がバラバラになってしまい、そのせいで私はかなり憔悴してしまった。

 百合江は、そんな私へ献身的に寄り添ってくれた。

 

 彼女も、心に宿した柱を失い、弱っていたというのに。


 私はそれを気に掛ける余裕が無かったのだ。

 だから、ビナなんかに捕まってしまった。


 百合江はもともと男性アイドルグループなどが好きだった。

 ビナの写真を見せてもらったが、まさに百合江が好きそうな顔をしていた。

 軽薄で、整っているだけの、女を食い物としかみていない顔。


 忠告は何度もしたが、日に日に元気になっていく彼女を見ていると、あまり強く言えなくなった。

 そして、ビナのことを話すと険悪になってしまうから、出来る限りその話題を上げないようにしていた。


 都合の悪いことを見ずに、ただ蓋をしただけ。

 

 

 その後、お兄様が目覚めて久しぶりに会えた時、私はとんでもないことをしでかした。

 

 病み上がりの兄へ、手を上げてしまったのだ。


 絶対に許されない暴挙。

 考えられない自暴。

 きっと、それほどまでに心が追い詰められていたのだろう。

 

 そしてあたりまえのように、罰が下される。

 

 お兄様から、もう家には戻ってこないと母の前で宣言されてしまった。

 次期当主の座もいらないと。


 私の存在価値が無くなった瞬間だった。


 お兄様の役に立つためだけに生きるつもりだったのに。

 それが許されないなら、私が生きる意味なんて何もない。


 一条の家なんてどうなろうともよかった。

 大和のしきたりも、将来の結婚相手も興味は無い。


 その後、私を取り巻く環境は目まぐるしく変わっていったが、それら全てがどうでもよかった。

 

 色を失った世界で、味のしない食事を繰り返す日々。

 生きている意味を見出せず、いっそ死んでしまおうかとすら思った。


 だけど、もしかしたらお兄様の気が変わって、一条家に戻って来るかもしれないという愚かな希望が、それを許さない。

 次兄が家を出た時も、代わりに戻るかと期待はしたが叶わなかった。


 たまに屋敷でお見掛けするお兄様の姿は、依然と変わらず、むしろ以前よりも楽しそうに映った。

 

 それを目の当たりにするたび、心が乾いていく。

 お兄様の中にある、私の存在の薄さを知って。


 そんな絶望に浸かり惰性で生きていたから、大切な友達の変化に気付いてあげられなかった。

 百合江はひとり悩んでいたというのに。

 

 ビナから別れを告げられた時、私の目の前で泣き叫んでいた内容。

 

 『アイツのせいで会えなくなった!』

 『アイツがいるから会ってくれない!』

 『アイツが消えればビナさんはいなくならなかった!』


 その『アイツ』というのが拓人のことだとわからなかった。

 彼女の話を以前からもっと詳しく聞いてれば、気付けたはずなのに。


 そのせいで拓人を危険に晒してしまった。

 彼は出会った時から私へ優しくしてくれたというのに。

 

 

 拓人はとても不思議な男だった。


 今日一日で、一生分、男に声を掛けた気がする。

 だが、どいつもこいつも見下げたロクでもない存在だった。


 相手に無視されるなら良い方だ。

 

 大抵は人の質問に答えず、自分の欲望をぶつけて来て、断ると逆上する。

 百人中九十人がそうだったから、きっと世の男のほとんどがそういう存在なのだろう。

 

 男達の対応は、時間が遅くなるにつれ酷くなっていった。

 どこかへ連れ込もうとする奴、体を触ろうとする奴、いきなりズボンを下ろした変態までいた。


 それでも、大切な友達のために諦めるわけにはいかなかった。

 彼女は私が落ち込んでいた時、一生懸命支えてくれたのだから。

 

 少なくともビナという男を見つけ出し、ちゃんとした決着を付けさせてあげたかった。

 だから、その日初めて手に入れた手掛かりの存在に心が浮いた。

 

 安藤拓人、ビナの仲間。


 彼は今日初めて、ヤカラに絡まれた私を救おうとしてくれた男だった。

 それが少し嬉しかった。


 事情を話し、手伝ってくれと頼んだら、予想外に快く受けてもらえた。

 その反応に、男の中にも例外的に良い人間がいるのだと感心した。


 子供のころから女子のみの学校に通い続けていたせいか、今日一日の出来事で、男に対してかなり幻滅していたせいもあるだろう。

 彼を特別に優しい男だと思ってしまったのだ。


 金髪で、バイクに乗り、暴走族に入っていた素行の悪そうな男なのに。


 なんにせよ、彼のおかげで事態は大きく前進した。

 ビナは今この街にいないこともわかり、あとは百合江を探すだけとなる。


 拓人にバイクへ乗ることを促され、すこし躊躇した。

 怖かったからではない。

 

 男に触れるのが嫌だった。


 でも、拓人の視線には下卑たモノは映っておらず、逆に心配そうな顔をしていた。

 それを見て、乗ることを決めた。


 だが、乗ったはいいが随分と不安定な乗り物だった。

 発進の勢いで思わず落ちそうになり文句を言うと、しっかり掴まれと諭された。


 彼といるとなんだか少し調子が狂う。

 仕方なく彼の背中に抱き着いたら、不思議と安心感に包まれた。

 

 それは久しく味わっていなかったもの。

 最後に感じたのは、お兄様が元気で私のそばに居て下さった頃。


 兄へ無邪気に抱き着いた時に感じていた、絶対的な幸福と安心。

 その片鱗が拓人の背中にあった。


 久しぶりに、自分の心臓の音を聞いた気がする。

 でも、それはきっと気持ちの良い夜風と、慣れない乗り物のせいだろう。


 私がお兄様以外の男に、心を揺らされることなんて、絶対にあり得ないのだから。

 


 サチカは風を感じていた。

 それが、彼から吹いていることに気付かず。


 ただ、その心地よさに目を細めながら——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ