13 ぼくの決意
『その体って……! もしかして、ぼくたち守護霊になったの⁈』
『うーん。まあ、そんなとこかな。でも、一時的にだよ。薬の効果がきれたら元にもどるから、安心しなよ。——それより、アネッサ。ツルギは今どこにいるか知ってる?』
アネッサは、窓の外を指さした。
『たぶん、向こうだろうね。晴れた夜は、だいたいいつも同じ場所にいるから。——時間がないことだし、今回はとくべつに送ってやるよ』
とんっと背中をおされる。
目の前に窓がせまってきて、ぼくはぎゅっと目をつむった。けど、いつまで経ってもぶつかる感覚がしなくて、そっと目を開けると、そこは外だった。 ふり返ると、ずっと遠くに薬学クラブの窓が見える。
(これって……)
ぼくたちはものすごい速度で空を飛び、時計塔につっこみ、レンガのかべをすりぬけた。そのまま今度は木につっこんで、また建物につっこむ。何度もかべをすりぬけていくうちに、円形状にひらけた広場に出た。
月明りに照らされる広場の中央に、ひとつだけひとかげが見えた。剣をふるそのひとは、学園初日に見た、ステンドグラスの絵そのものだ。
速度がゆっくり落ちてきて、ぼくたちはちょうど、ツルギの真横におりたった。
なにか言いかけるセナをおしのけて、ぼくは前に出る。
『ねぇツルギ、お願いがあるんだ。ぼくの友だちが、守護霊にのりうつられてる。その剣で、追いはらってよ』
ツルギは素ぶりをしていた剣をとめて、ぼくを見た。
その目は、まるで弓矢でもやどしてるみたいにするどくで、目が合っただけで足がすくむ。
ツルギはスッと剣をかかげて——……こしに引っかけたさやにおさめた。
『いいだろう。ここまで来たことにめんじて』
『——えっ』
ひょうしぬけするぼくをおきざりにして、ツルギは、さやごと剣を地面につきたてた。剣のつばの上についた宝石が赤く光り、灯台にともる明りのようにあたりを照らす。
赤い光がぼくたちを包みこんで———気付けば、ぼくたちは寮の部屋にいた。真っ暗な部屋のなかはシン……としていて、だれかの寝息だけ聞こえてくる。
『ここって……』
『お前のいう友は、これか?』
ツルギがすっと剣の先で、二段ベットの上でねむるひとかげをさした。
その子はベットから足を思いっきり出していて、かたからお腹のあたりまで布団がはだけている。大きく口をあけてねむるその顔は、まちがいなくリュウだ。
『うん……』
『そうか。それならば——』
ツルギはさやから再び剣を出した。スッとリュウの頭上に剣をかまえる。
『まっ、まって! なにをするつもりなの?』
『守護霊を追い出したいのだろう? 安心しろ。これは実体のない剣だ。お前の友の体が傷つくことはない。——なかに守護霊がいるというならば、つきさしたとたん、出てくるだろう』
キラリ、と刃が光った。ツルギはそのまま、ためらいなくつきおろそうとする。
『まって!』
ぼくがさけぶと、ツルギはピタリととまった。剣先は、リュウののどすれすれで静止している。
『もう、いいよ。刺さなくていい……』
カクン、とぼくはひざをついた。剣についた宝石がキラリと光って、まばたきした次の瞬間には、もう広場にもどってる。
ツルギは剣をさやにおさめた。
『なぜ、とめた?』
『……傷つかないって分かってても、友だちが刺されるのは、イヤだよ』
目の前がぐにゃりとゆがんで、ポタ、ポタ、と涙が落ちてきた。
『ぼく、ほんとうは分かってたんだ。リュウが、とりつかれてるわけじゃないってこと。ただ、そう信じたかっただけだ……』
たぶん、ツトムに言われる前から——職員室で、レインにさとされたあたりから、分かってたんだ。 食堂でリュウが言った言葉は、ほんとうに、リュウの口から飛び出したものだってこと。リュウが、ぼくたちと友だちでいられなくてもいいと思うくらい、他に大事なものができたってこと……。
『どうして、変わらなくちゃならないんだろう。どうして、ずっと同じままではいられないのかな? ぼくは、ぼくはっ、ずっと、変わらないでいたかったのに……』
ぺたりと空中にすわりこんで、ぼくはぽろぽろと涙をこぼす。
ツルギは、ふいっとぼくから目をそらすと、堀の向こうを見た。
『たとえ、友だとしても——』
その目は、どうしてだろう……どこかさびしそう。ツルギはぽつりとつぶやいた。
『対立し、別れがくることもある。——それは、いたし方のないことだ』
セナがピクリ、と体をふるわせたのが横目に見えた。
カッと体が熱くなって、ぼくはさけぶ。
『どうして⁈ イヤだよ、ぼくは! 必要な別れなんていらない。そんなの、ぼくは必要だと思わない!』
霧が消し飛ぶように、ぱあっと頭のなかがはれていく。
(——そうだよ。ぼくはイヤだ。このままリュウとの仲がおわるなんて、ぜったいにイヤなんだ……!)
ぼくは、らんぼうに涙をぬぐった。
『ぼく、決めた。リュウがどんだけイヤがっても、ぼくは、ぜったいにあきらめてやるもんか。さいごのさいごまでしがみついてやる』
『は———』
ポカンと口をあけたツルギに、『ぷっ』とセナがふき出した。
『ふっ、ふは、ははははっ』
セナは体をおりまげながら笑うと、目にうかんだ涙をぬぐった。
『——いいね、コハク! ぼくもそれ、のった』
『え?』
ポォっとセナの体が光り出す。白いブラウスと黒いズボンが緑色のローブにかわり、頭の上には、つばの広いぼうしがあらわれる。いつの間にか、右手に先のねじまがったつえをもったセナは、ぼくを見てにっこり笑った。
(……あれ? この姿ってどこかで見たような……)
ツルギが幽霊でも見るような顔で口を開け、かすれた声でつぶやく。
『——セナ…………』
『やあ、ツルギ。ぼくのこと、覚えてる?』
どうやら、二人は知り合いみたい。思いがけない再会だったのか、ツルギは開けた口を閉じ、もう一度開いた。
『——なぜ、ここに……。私は、てっきり、とっくの昔になくなったのだと——』
『それが、生きてたんだよね。ていうか、ひとの忠告をムシして、幽霊になっちゃったのはそっちでしょ』
セナはぷっくりほっぺをふくらまして、ツルギを指さす。
『言っとくけど、ぼくが君の前に出てきたのは、もう一度やり直すためだ。——ぼく、自分の聞きたいことしか聞き入れない主義なんだ。あきらめの悪さは、コハクにも負けないよ』
ぼんやりその姿を見ているうちに、はっと頭のなかがひらめく。
『分かった! ねぇ、それって、伝説の魔術師のコスプレでしょう⁈ すごいね、さすが守護霊オタク! 本物そっくりだよ』
セナはぽかんとぼくを見てから、お腹をかかえて笑い出した。
『———ああ、もう! やっぱりコハクは変わらないなあ』
そして、ぽんっと手をうった。
『あっ、そうだ! 大変だよ、コハク。そろそろ薬の効果がきれちゃう。時間内にもどらないと、意識がとぎれたまま迷子になっちゃうよ』
『まて。どこに———』
引きとめようとするツルギに、セナはひらひら手をふった。
『またね、ツルギ。積もる話もあることだしさ、また今度、ゆっくり話そうよ。———コハク、帰ろう。もう用も済んだでしょう?』
『うん!』
ぼくたちはツルギをおいて、薬学クラブがある棟を目指して飛び立った。せまってくる木々も建物もムシして、そのままつっきっていく。
(わざわざろうかを通らなくていいなんて、守護霊はラクでいいなあ)
セナがぼくのほうをふり返って、てへっと手を合わせた。
『ごめんね、コハク。ぼく、コハクのことだまそうとしてたんだ』
『え? ああ、ううん、いいんだ。ぼく、ほんとは気付いてたよ。ただ、ぼくが信じたかっただけだよ』
『そっか。……でも、これからどうするの? 一度フラれちゃったんでしょ』
ほんとうは一度じゃないけど……ぼくはうなずいた。
『うん……。また、考えるよ』
『ふーん、そっか。でも、直接話に行くのはダメだからね』
『えっ? なんで分かったの?』
セナはあきれたようにかたを落とした。
『やっぱり。コハクはストレートすぎるんだよ。もうちょっと、頭を使わなくちゃ』
『うん……』
しょんぼりするぼくの目の前に、白い手がのびてくる。
『大丈夫だよ。なんたって、ぼくも手伝ってあげるからね』
『……え?』
『だって、ぼくとコハクの仲でしょ』
ぼくは顔をあげた。
にっこり笑うセナの後ろで、夜明けをつげる太陽がのぼる。
『——うん!』
ぼくは自分の手を——その手の平の上に重ねた。




