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5.会見

 私は鏡の前に立ち、今一度身だしなみを確認する。スーツやシャツに皺や汚れはなく、ネクタイも曲がっていない。髪も乱れたところはない。そこにノックが響く。

「社長、会見の用意が整いました」

「よし分かった」

 私は鏡から離れ、社長室を後にした。

「しかし、やはり先代とお変わりありませんね。大事の前は一杯のかすうどんで済まされるというのは」

「現代人って変化を尊ぶだろ。私はそういう考え方は嫌いでね。変化はあくまで大事なものを守った結果でなければならん。守るべきものは守る――それが先代から受け継いだ精神だ」

「仰る通りです」

 会見場の扉を開くと一斉にフラッシュを浴びせられる。真田が引いた椅子に腰を下ろし、私は記者の方々を見据えた。

 真田は司会席のマイクを取る。

「本日はご多忙の中ご足労いただきまして、感謝申し上げます。これより、弊社所有馬のラヴリーワールド号の事故と、それを受けての弊社競馬事業の今後の展望について、弊社代表愛原結人より説明いたします」

「社長の愛原です。まずは、この度の事故について、ラヴリーワールド号を応援してくださった全てのファンの皆様にお詫び申し上げるとともに、ラヴリーワールド号の冥福をお祈り申し上げます。ラヴリーワールド号について、近年異例ともいえる欧州長期遠征を決定したのは私であります。凱旋門賞を含めますと三度欧州のレースに出走しておりますが、私自身も飼葉の食い、睡眠を確認したうえで、最終的な出走判断を下しておりました。したがいまして、今般の事故の全責任は私にあると、痛切に感じているところでございます。また、二歳、三歳でそれぞれグレードⅠを勝利し、四歳時にはグランプリを勝利した名牝の血を残せなかったことは、今後の我が国の競馬に対して多大な損失であろうと認識しており、深くお詫び申し上げます。弊社としては、今後より一層所有馬の体調管理に努め、法人馬主としての責任を果たしてゆきたいと、志を新たにしたところでございます。その一環で新たに九州産馬を一頭ラヴリーの馬として迎え入れましたが、それについては後ほどご紹介したいと思います」

「以上弊社代表愛原からの説明でした。続きまして、質疑応答に移らせていただきます。ご質問のある方は挙手にてお知らせください」

「週刊ウィナーズの河内です。愛原さんのおっしゃった通り、ラヴリーワールドの凱旋門賞への臨戦過程、凱旋門賞含めると三ヶ国で計三戦しているわけですが、近年の欧州遠征と比較しても異例といえると思います。こうした臨戦過程の狙いはどういったところにあったのでしょうか?」

「欧州の競馬場は、自然の地形をそのまま活かしたコースとなっております。したがいまして、整地された日本の競馬場とは、コースの高低差、コーナーのきつさは比較にならないものです。また、日本の東京、中山、京都、阪神といった主要なコースは野芝で被覆されているのに対し、冷涼な欧州では洋芝で被覆されております。このように、コースの性格、芝の性質が異なる欧州で結果を残すには、何より欧州という環境そのものに慣れることが必要と考えてのものです」

「週刊ホープの岩村です。凱旋門賞直前のラヴリーワールドの様子についてお聞かせください」

「凱旋門賞直前は、疲労も見られず、飼葉の食い、水の飲み、睡眠等に大きな変化は見られませんでした。当日も毛艶よく、全身から闘志が漲っておりました。ひとつ気になったことを挙げるとするならばゲートの出が良すぎたことです。ただ、鞍上の日高からは折り合いに苦労したという話は伺っておりませんので、私の方に何か見落としがあったと考えるのが自然かと思います」

「ブリーダーズマガジンの佐藤です。御社に迎え入れられた九州産馬についてお話を伺ってもよろしいですか?」

「はい、当該馬は阿蘇カルデラファーム生産の当歳の牡馬です。入厩先はまだ確定しておりませんので、競走馬登録もそれ以降ということになりますが、信頼と実績のある調教師に預託したいと考えております」

「ほか、ご質問等なければ以上をもちまして会見を終了したいと思います。お集まりくださりありがとうございました」

 会見場の扉が開かれ、記者たちが続々と退場していく。最後の一人が扉の向こうに消えたのを確認して、私は息を吐いた。

「批判的というよりかはニュートラルだったな。もう少し感情をぶつけてくるかと思ったが」

「社長の今のお顔を前にして、感情をぶつける者はおりません」

 真田の返答に思わず真顔で聞き返した。

「そんなに酷い顔か?」

「少々お疲れのように見えるかと」

「まあいい。それで、神山調教師とは連絡が取れたのか?」

「はい、明日13時からでアポを取れました」

「栗東で飯だ。ブラックタイプはお前の端末に送ってある。朝一で出るぞ」

「承知いたしました」

 この預託が上手くいけば、ようやくラヴリーギフテッドは競走馬としてのスタートラインに立てる。私は改めて気を引き締めるのだった。

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