4.紛糾
ファイナンス部。積極経営の名の下に、経理部と不動産経営部から選りすぐりの人材を集め、投資を専門とした独立した事業部として存在している。ここへの配属はエリートの証、一般社員にとっては花形だった。
だが彼らは、私に言わせれば、よく言えば勉強ができ、悪く言えば頭が硬い。彼らの評価基準はただ一つ、儲かるかどうか。彼らにとっては、競馬事業も投機の一環以上の価値はない。我が社の屋台骨は、そんな結果至上主義者たちなのだ。
そんな面々が続々と会議室に入ってくる。真田は一人一人の席に資料を配る。顔だけではなく、一挙手一投足が固かった。
そして真田は、ファイナンス部に対して報告発表を開始した。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。私の方から、この程フランスにて故障発生、予後不良となりましたラヴリーワールド号について、収支の報告をいたします。支出の部です。ラヴリーワールド号は2025年セプテンバーセール3日目にて、3200万円にて当社が落札。競走馬登録料は5000円になります。管理は2029年10月まで栗東の神山暁調教師に預託しておりました。月間の預託料は75万円でありましたため、4575万円が固定費の総計となります。輸送について、放牧を7回経験しておりますので、輸送費は最初の入厩時と合わせ149万円となります。保険料は育成期間の年間保険料が41万掛けることの二年間で82万、競走期間の年間保険料が78万掛けることの三年間で234万で計315万円となります。また国際招待競走に三回出走しており、登録に計2400万円かかっております。進上金はメイクデビュー阪神156万円、アルテミスステークス640万円、阪神ジュベナイルフィリーズ380万円、桜花賞700万円、優駿牝馬3000万円、秋華賞880万円、エリザベス女王杯3000万円、京都記念1240万円、大阪杯2400万円、宝塚記念6000万円、インターナショナルステークス395万4000円、アイリッシュチャンピオンステークス407万8000円で、計1億9199万2000円になります。したがって支出は計2億9759万7000円になります。さて収入の部ですが……」
とここでファイナンス部の人間から手が挙がる。手を挙げたのは経理畑からファイナンス部戦略統括本部長となった白沢だった。
「真田くん、よくこんな資料が作れたね」
嫌味ったらしいねっとりとした口調で白沢はいう。
「阪神馬主会入会金と服色登録料についても配分すべきなんじゃないの?」
「それについては、先代の時点ですでに減価償却が済んでおります」
「しかしだねぇ、この馬についても出走に際し権利を利用しているわけだから、それについて何の処理もないというのはねぇ……」
「白沢、減価償却が済んでいるものについてどういう名目で金を取るつもりだ?」
私がギロリと睨む。が、白沢は顔色を変えない。
「権利利用料とでもすればいいんじゃないの?」
「勘違いするな。この馬は会社の馬だ。会社のもんが会社の権利を利用するのに金を取るのか」
「では……」
とここで不動産畑から資産管理統括本部長となった渡里が手を挙げる。
「そもそも社として、馬を保有する必要があるのか? 馬は我が社にどう貢献するのか? 競馬事業、昨年いくら損失を計上しているか、社長ご存知ですか?」
「つくづくお前は近視眼的だな。我が社は法人馬主資格を有している。それは即ち、我が社に潤沢なフローとストックをあることを端的に示し、それが対外的な信用に繋がるんだ。今馬を手放してみろ。対外的にどう映る?」
「ギャンブル依存症を深刻に受け止め、とでも説明は可能でしょう」
「依存症に対しては、開催に際し適切な予算内で楽しむよう周知している。それとも我が社の広報は仕事しとらんのか? あとは競馬事業は社会貢献性が高い。我が国の畜産振興、馬事振興、復興支援等は競馬の売上からも予算が出ている。安易な馬主資格の放棄は、それこそ無責任だ」
「いや、博打を社会貢献と言われましてもねぇ。賭博のステークホルダーと聞けば印象は悪いでしょう」
「なぜそこで感情が出てくる? ファイナンス部はデータを軽視するのか? ついでにもう一つデータをやろう。千葉の某テーマパーク、入場料で1万円超える日もあるそうじゃないか。対して同じく千葉の中山競馬場、スマートシートならG1デーでも1200円だ。一レース各500円ずつ全12レース賭けてもまだお釣りがくる。平均回収率70%を加味すれば、さらに有利になる」
「それは詭弁です」
「現実だ」
ファイナンス部の面々が押し黙る。それを確認し、私は立ち上がった。
「異議がなくなったところで、私から一つ。当歳馬を一頭ラヴリーの馬にする」
「な、また何の相談もなしに!」
「本音を言え。儲かればいいんだろ? 勝てばいいんだろ?」
「ええその通りです」
ここで真打、ファイナンス部部長の大内が立ち上がった。
「条件は三つ。2歳で一勝すること、3歳重賞で活躍すること、古馬で重賞を取ること。果たされない場合はその時点で、その馬を売却していただきます」
「随分と懐が深いんだな」
私と大内はしばし無言で睨み合う。お互い譲歩はなかった。
「いいだろう。だが、うちからは、ラヴリーの馬からは一頭も落伍者を出さん。一頭もだ」
「希望は受け取りました。期待していますよ、愛原社長」
こうしてファイナンス部からの追及はなんとか凌げた。だが、それは新たな試練の始まりでもあった。
社長室に戻った私は、大きく息を吐く。そこに真田が声をかけてくる。
「社長……」
「分かってる。あの野郎無茶言いやがって。そんなに競馬事業が邪魔か。あいつら競馬の価値さえ分からんくせに」
「心中お察しします。ですがご安心ください。次は競馬の価値をよく知る方々です。午後の会見は、競馬誌やスポーツ誌の方々を招いてのものです」
私はその返答に、苦笑を漏らしてしまった。
「のせるのが上手くなったな」
「社長のご指導の賜物です」
「よし、そうと決まれば飯だ」
私は真田を引き連れ、外の空気を吸いに行った。




