こうして物語は幕を下ろしました
あるところに今にも死にかけた王様がおりました。
王様は長いこと病気を患っており、寝台から起き上がる事が出来ない日々が続いておりました。
高名なお医者さまが、もう長くはないでしょうと家臣達に話をしているのが聞こえます。
それが事実であることを肯定するかのように、王様の所に次々に人がやってきます。
王妃様との間に生まれた五人の子供達は泣きながら父である王様に縋りました。
王様の兄は途方に暮れた顔をしてどうか死なないでくれと泣きました。
友人であり部下である男性は、手を祈るように握ってくれました。
友人であり部下である男性は、そっと乱れていた髪を直してくれました。
友人である女性は、私に幸せを下さってありがとうございますと、優しい微笑みをくれました。
友人であり妻である王妃さまは、私に幸せと痛みを下さって感謝しますと、暖かな口付けを額にくれました。王様がもう、本当に長くない事に気付いているようで、あとはゆっくりお過ごしくださいと、部屋から出て行ってしまいます。
誰も居なくなった静かな部屋で、王様は眠りにつきました。
どれくらい眠っていたのでしょう、目を開けると窓の外は真っ暗で、月も星も出ていません。
真っ暗な中に一人、残された王様のところに、音もなく現れた影がありました。
影は女の姿に変化し、王様の側に腰掛けます。
何年経っても変わらない女の姿を愛おしく思いながら、その名を呼びます。
もうそろそろお別れだな、可愛いレオナルド。
女の言っている事を理解すると、王様は満面の笑みを浮かべその手を広げました。
そうだねカラ、最後のお願いだ。
女は誘われるがまま、王様を抱き締めると、優しく。そうとても優しく愛おしそうに頬をなで、唇に口付けを落とします。
王様の目が閉じた瞬間、女は影へと姿を変え、大きな口を開け王様のタマシイを呑み込みました。
もうずっとむかし、まだ王様が王子様であったころの約束です。
三つの願いを叶えるという悪魔に、王子様は言いました。
一つ目は、僕を愛して。
二つ目は、僕の側にいて。
三つ目はしばらくの間決まりませんでしたが、ある日こそりと内緒話をするかのように、王子様は悪魔に言いました。
僕が死ぬとき、僕を食べて、と。
三つの願いを叶える代償は、タマシイです。ですが王子様は、悪魔が代償をとる事の出来ない、唯一無二の願い事をしたのです。
悪魔に愛してと願うと、悪魔は愛した相手のタマシイを奪う事などできず、相手に尽くすだけなのです。
愛しい相手のタマシイを奪うことも出来ず、そして奪われる事も許せず。愛した相手を永遠に生かし続け、ただ愛の奴隷として幾千幾万もの願いを叶え続ける。
悪魔に愛してと願う事は、悪魔にとっては何よりも残酷で甘美な事でした。
だから王子様は、悪魔に対して三つの願い事だけじゃなく、もっともっと我が儘を言っても良いし、悪魔は己の身を削ってでもその願いを叶えた事でしょう。
ですが王子様はそれをしませんでした。
病気を治してくれとも、死にたくないとも言いません。寿命を延ばす術があるといっても、けっして願いませんでした。
悪魔がどんなに、願い事を変えても良いのだと言っても、もう十分なんだと笑っていました。
だからこの、最後の時を。
どうか来ないで欲しいと祈りながらも、悪魔は王様の三つ目の願いを叶える事にします。
死んでしまったタマシイはすぐに、どこかへ消えてしまう事を知っていたからです。悪魔がいた世界には神や天使が住まう世界がありましたが、ここはどうだか知りません。しかし生まれ変わったりする事もあるようなので、似たような場所があるのでしょう。
そこには行きたくないのだと、そう言われました。
そして自分の事を忘れないでほしいとも。
王様のタマシイを呑み込むと、沢山の記憶や想いが流れ込んできました。
悪魔は人間のタマシイを食べる事によって、食べた相手の知識や記憶、感情すらも己の物にする事が出来る異形の存在です。
王様のタマシイを食べた悪魔は、どうしたことでしょうその眼から涙があふれ出しました。
悪魔は泣いたりしませんが、ごく稀に涙を流すことがあるのです。しばらく王様の体を抱き締めていた悪魔ですが、そのうちに影となり、影は闇に紛れて消え去りました。
残ったのは王様の亡骸と、一滴の美しい涙だけ。




