戦闘
今、表の世界の入り口にもなっている大穴の前では、乱戦が繰り広げられていた。
兵力差は3対60。かなり花子達に分が悪い戦いであるのは明白であった。しかし、上級の神である青蘭と花子と、下級の神である兵士達とでは、実力は雲泥の差であった。
花子は黒い鎌でどんどん敵を斬っていく。青蘭も愛用の白い鎌で戦う。互いに背を預け、斬っていく。花子は一人一人確実に。青蘭はまとめて一気に力任せに引き裂く。それぞれの性格が垣間見える戦い方だった。
そして、幸樹には、別の大切な仕事があった。
それは、穴を塞ぐために、七不思議の力を弱める札を貼っていくことだ。今、花子達が戦っているときに、穴が兵士ごと吸い込んだら、おしまいである。早いところ何とかする必要があったのだ。
幸樹は移動方法はだいぶマスターしたので、すいすい上に上がっていって、穴の縁の部分に等間隔に貼っていく。
だが、これは危険と隣り合わせである。一歩間違えれば、自分自身が吸い込まれかねないし、吸い込まれたら最後。どこに飛ばされるかわからないので、花子たちとめぐり合える可能性はほぼ0に等しい。
幸樹は不思議と冷静に動くことができた。もちろん、精神的にはかなりのプレッシャーである。しかし、体はかなりリラックスしていて、動かなくなるようなことはなかった。
それは、幸樹の後ろで戦っている仲間達の存在が大きいだろう。言葉で言い表せないほどの信頼。それほどのものを幸樹は花子と築いている自信があった。
すべての札を貼り終わった。心なしか、七不思議の力が弱まったような気がする。七不思議に抵抗されなかったのは、不幸中の幸いだった。
幸樹は後ろを振り返ると、あらかた倒し終わったようであった。
あの人数を二人で倒したのだ。改めて、幸樹はこの二人の強さを実感した。
「お疲れ様。ちょっとやばかったけど、こっちはなんとかなったわ。幸樹君の方も無事で何よりよ」
あれだけの人数を斬ったというのに、二人は血の一つもついていなかった。ただし、二人は無傷、というわけではなかった。命に関わるような傷は無いものの、二人とも満身創痍といったような感じだった。
「花子さん、さっきの人たちは?」
「うん。斬ったら元の世界に戻るように戦ってたから、今頃きっと、国に戻っていると思うわ。別に殺したわけじゃないから安心して」
「そう、なんだ・・・」
幸樹は、少しほっとしていた。花子に人を殺して欲しくはなかった。
「幸樹、お前もよくやったな。かなり危険な仕事だったんだぜ、それ」
青蘭が感心したように言う。幸樹はそっと振り返ってみた。そこには、等間隔にしっかりと貼り付けてあるお札。その数、ざっと12枚だった。その札を貼っているときが吸い込まれる確立が高い、危険な時間だった。
改めて、そんな中で冷静に作業していた自分に驚き、冷や汗が流れた。
「とにかく、もうあとはこの穴を閉じるだけよ。そこまで難しい話じゃないわ」
花子はそう言うと、死神の黒い鎌から新しい白銀の鎌に持ち替える。なるべく穴を塞ぐそのときまで傷をつけないために黒い鎌で戦っていたのだ。
花子はゆっくりと穴に向かって歩き出す。
そして、ある一定のところまで来ると、ふと、青蘭と幸樹を振り返って、いたずらっぽく笑い、言った。
「それでは、これから手術を始めますっ!」
二人は微笑んだ。
「ふー、なんとか着きましたね」
千李はしっかりとブーツで大地を踏みしめると、城を睨みつけた。空間の通路を抜けると、直にイレグロと通じていた。鈴が空間を手で切り裂いたのだが、その場所がジャストだったのだろう。
「ちょっと、疲れましたけどね・・・」
鈴は肩で息をしながら言う。通路にいる際に、前から来た兵士と遭遇してしまったのだ。恐らく増援だろう。鈴は、幸樹達といるときに使ったように、兵士たちの時間を止め、王国の方に放り出したのだ。それが規模は小さいとはいえ、3回程あったので、さすがに体力の消耗が激しかった。
「鈴殿。すみませんね。私は兵士達をどうにかする能力が無いので、すべてあなたに頼る形になってしまいました。しかし、今止まっている時間はありません。どうか、もうしばらくのご辛抱を・・・」
目を伏せて言う千李に、鈴は笑顔を作り、大丈夫ですよ、と言った。しかし、その顔はどこからどう見ても、大丈夫ではなかった。顔は青いし、汗をびっしょりかいている。足元もおぼつかないし、うずくまることもあった。能力を連続して使うということは、それほどまでに危険なことなのであった。だが、千李の言うように、追っ手のことを考えれば、止まっている時間はないのが現実だった。鈴もそのことはわかっていた。
「さぁ、行きましょう、千李様。きっと龍蘭達もうまくいっているはずです。我々もしっかり片をつけましょう」
額から流れる汗をぐっと拭って鈴はしっかりと前へ歩き出した。千李は、申し訳ない気持ちを拭えないまま、後に続いた。
イレグロの町並みは、上下左右に家があり、鉄骨のようなものが網目状に張り巡らされていて、そこに家が点在していた。神々が住まう地として、神々しいと言えることは、地面からあふれ出るような光の粒子がとても幻想的だということくらいだった。その光の正体は昼間でも光る蛍だ。淡い光が、そこかしこからあふれ出ている。
城下町となるところはさすがに石畳で、どことなくメルヘンな雰囲気を醸し出していた。しかし、先ほど鈴が幸樹に言ったとおり、さまざまな格好をした者たちがその雰囲気を壊している。カウボーイ、騎士、武士、ウェディングドレス、浴衣、チャイナ服、制服、ナース服、冒険者・・・。まるで年中コスプレパーティが開かれているようなものだった。
二人のようにフードを被っていても、そこまで怪しまれないで動くことができた。何度か、兵士達に遭遇したが、フードのおかげでやり過ごすことができた。
二人は作戦を立てるために、人気の無い裏路地へ入った。
「それで、千李様。城へ入るのはさすがに正体を隠したままは厳しいと思
うのですが・・・」
千李と鈴は周囲を確認しつつも、小声で話を続ける。幸い、大通りにいる人間はこちらを気にする者はいないようだった。
「そうですね・・・。あまりやりたくない方法ではあるのですが、龍蘭殿との関係を利用させてもらうしかないですね・・・」
「と、言いますと・・・?」
千李は、少し言いよどんでいたが、やがて話し始める。
「鈴殿は、私を龍蘭殿の元から助け出した名目で動くのです。そうすれば、二人ともすんなり入ることができるでしょう。幸いにも、我々と龍蘭殿の関係を知る者は龍蘭殿の方へ向かっています。今なら恐らく成功するでしょう」
「なるほど・・・ところで、神皇帝がご乱心なさった原因というのは・・・?」
神皇帝のことについては、千李が独自に調べていて、鈴にも知らされていなかった。千李曰く、「真実を掴んだ」とのことだったが、やはり鈴も気になった。
「残念ながら、今それを話している時間はありません。ついてからのお楽しみということにしておいてください」
微笑んだ千李に、鈴はそれ以上何も言えなかった。
「・・・わかりました。それでは行きましょう」
急がないと、下級兵士にまで話が行き渡ってしまうかもしれない。そうなった場合は強行突破するしかない。鈴の消耗を考えると、それは避けたかった。
二人はフードを取らず、そのまま大通りに戻る。そして、まっすぐ城へと向かって歩いていった。
城は階層で言えば5階ほどの高さだ。周囲は塀で囲まれていて、神々しさが滲み出る装飾が施されている。門番は二人。いささか少ない気もするが、元々、謀反を起こすような輩や、国が一つしかないので、他の国からの襲撃に遭うような事も無い。いっそのこと、門自体開放していてもいいくらいだったのだ。簡単に言うと、平和だったのだ。とてもとても。平和ボケが進んでいると評論家が問題にするほどに。
(それが、どうしてこうなってしまったのか・・・)
やはり何かが起こっているのだ、と鈴は焦燥する。ただ、神皇帝が妻の死により、やけになっているわけではないだろうということだけはわかった。それにしたら対処が冷静であるし、なにより、以前の神皇帝を知っているからこそ、鈴はなおさら原因が知りたかった。
神皇帝は、神達にとって、崇拝の対象だった。皇帝というよりも、まさに神と呼ぶにふさわしい存在だったのだ。人望も厚く、涙もろい、民思いの皇帝だった。なのにそれが一変した。今や、自分の保身のために、花子に罪をなすりつけ、それでいて、我が子を憂う良き皇帝を演じている。
この変化は鈴にとって、とても衝撃的だったのだ。鈴自体、神皇帝を目標に神らしくあろうと、日々の鍛錬に励んでいた。裏切られたようで、とても悲しかったのだ。
「鈴殿・・・大丈夫ですか?ご気分が優れないようですが・・・やはり、ご無理をなさっているのですね・・・申し訳ない」
眉間にしわを寄せて押し黙っている鈴に、千李が声をかける。鈴は、はっとして、慌てて千李に笑顔を作る。
「大丈夫です。すみません。必ず、神皇帝様を元に戻しましょう」
千李は頷いた。そして、門番の前へ向かって歩く。
「すみません。神皇帝に会わせてください」
二人に気がついた門番は怪訝な顔をする。
「何だ貴様らは。神皇帝様は今、千李皇子の行方不明により、お心を痛めておられる。面会はできん。帰った帰った」
そこで、二人は顔を見合わせ、頷き合う。
「兵士殿。これでお通し願えるか」
千李はフードを取った。兵士の顔が驚愕の表情に変わるのに時間はかからなかった。兵士が驚くのも無理は無いだろう。なにせ、行方不明だった神皇帝の息子が今、自分の前にいるのだから。
「あ、あなた様は・・・」
「命令です。そこを通しなさい」
千李は凛々しい表情で言った。その顔はまさしく、次期神皇帝となるに相応しい顔だった。
「はっ!ただいまお通しいたします!」
こうして二人は、すんなりと中へ潜入することができた。




