策略
異空間の中はとても広かった。地面などは無く、まるで、水の中にいるような感覚だった。周りは、赤だの、黄だの、色がころころと変わる壁のようなもので、筒のようになっているその空間は、やや圧迫感があった。
「花子さん、これどうやって前に進むの?」
幸樹は、空間に浮いてはいるが、なかなか前に進めず四苦八苦していた。
「体重を前に傾ければそっちに流れてくわ。逆に、足を上に振り上げてみれば宙返りもできるわよ」
ほら、と花子がくるっと宙返りをする。どうやらここは無重力空間らしい。
幸樹も真似して回ってみた。
うん、意外と楽しい。
面白がってくるくる回っていると、花子が苦笑しながら話しかけてきた。
「ほら、幸樹君。楽しいのは分かるけど、早く行かなきゃ」
「そうだね。で、どこに向かえばいいの?」
花子は少し考える。ややあって、苦笑いを返した。
「うーん、道案内難しいのよね~・・・とりあえず私についてきて!」
そう言うと花子は先にすいーっ、と行ってしまった。
花子さんらしいな、と思いながら幸樹は花子の後に続いた。
その空間の中は一本道では無かった。
曲がりくねって、下に降りて、上に上がって。
花子が方向音痴かどうかは分からないが、自分だったら確実に迷うな、と幸樹は思った。
景色も同じなので、帰れるのだろうかとも心配になる。
もっとも、花子は止まらずどんどん進むので、そんなことも考えている暇もなくなったのだが。ここで迷子になったらおしまいだと、必死で着いていった。
あるとき、変化があった。行き止まりのような所に、大きな穴が開いている。
「花子さん!これが例の・・・?」
「ええ。私が見たときはただのほころびだったのだけれど、もう大穴ね」
二人は穴に近づいてく。
すると穴の付近に人がいた。なにやら作業している様子であった。こんな所に来る人間はいないはずだ。こちらに背を向けて作業しているようなので、まだ二人には気づいていない様子だった。フードを被っていて、まるで、何かに隠れながら作業しているように見えた。
二人は顔を見合わせた。そして、幸樹がその人物に近づく。
「あのー・・・こんなところで、何をなさっているんですか・・・?」
その声に反応して、その人物が振り向く。
「私は、この穴をなんとかできないかと孤軍奮闘しているところです。あなたは人間、ですね。あなたこそこんなところで何をしているんですか?・・・まさか、また七不思議の被害が!?」
見た目は17歳くらいに見える青年だった。幸樹が人間だと分かるとフードを取った。緑の髪を肩まで伸ばした、誠実そうな顔をしていた。
「ああ、いえ!俺はその七不思議をなんとかしに来たんです!だから、恐らくあなたと目的は同じだと思います」
幸樹はゆっくり言った。ふむ、と青年は幸樹を見つめる。
「と、言う事は裏の世界の人間ですか。それにしても、七不思議が本当になるということをよく知っていますね。見たところ宮司の子のようですが、それだけではないはずです」
青年は冷静に幸樹を分析し始めた。
「あなたは、神様ですよね。俺、花子さ・・・じゃなくて、龍蘭さんと協力して穴を直そうとしているところなんです」
言ってから、まずかったかと幸樹は内心思った。花子は追われている身なのだ。安易に神と思しき人物に正体を明かしていいはずがない。だが、不思議とこの人物は大丈夫だろうと直感的に思ったのだった。
「なんと!龍蘭殿のお知り合いでしたか。それは失敬。龍蘭殿は今どちらに・・・?」
「向こうで待機しています。その・・・失礼ですけど、遠くからじゃあなたが信用に足る人物か分からなかったので」
「まぁ、そうでしょうね。龍蘭殿はいまや死神とされてしまった。ひどい話です。私のことは龍蘭殿なら分かると思います。つれてきていただけないでしょうか?」
にっこりと笑う青年に、幸樹は安堵した。自分の直感が外れていたら、今自分は、ここにいる事はなかったかもしれないのだ。かなり焦った。そして、これからは安易な行動は控えようとしみじみ思った。
「分かりました。少々お待ちください」
幸樹は花子の元まで引き返した。
「大丈夫だとおもうよ。神様だったけど悪い人じゃなさそうだった」
花子は神という言葉に不安を覚え、一瞬考え込んだが、やがて答えを決める。
「・・・幸樹君がそう言うなら、きっと大丈夫ね」
二人は穴の近くへ行った。そして、青年の顔が判別できるほどの距離になると、花子の顔が驚愕に変わった。
「あ、あなたは・・・!」
青年は花子に微笑みかける。
「お久しぶりですね、龍蘭殿」
顔見知りのような二人に幸樹は困惑する。
「え、誰なの?花子さん」
「この人は、いえ、この方は・・・神皇帝のご子息の千李様よ」
「ご子息ってことは・・・次期神皇帝ってこと!?」
幸樹も驚いて千李を見る。千李はそんな様子の幸樹に柔和な笑みを向けた。
「ええ。申し遅れましたね。私は皇位継承者の千李と申します」
だとすれば相当失礼な物言いをした気がする、と幸樹は恐れおおくなってしまった。慌てて幸樹は頭を下げる。
「あ、あの、先ほどはとんだご無礼をお許しください。あなた様が信用に足るかどうかなどと・・・」
「いえ、お気になさらないでください。皇位継承者だと分かると警戒すると思い、私も打ち明けなかったのですから」
千李は、幸樹に裏のない笑顔を向けた。どこまでもまっすぐな人なんだろうと幸樹は思った。
「ところで、千李様。なぜあなた様がここに?」
花子が当然とも言える疑問を投げかけた。皇位継承者が、こんな所に護衛もつけずいるなどと、考えがたかったからだ。
「龍蘭殿、あなたと同じですよ。この穴を塞ぎに来たんです」
「え、でも、神皇帝はこの穴を見なかったことにする方針だったんゃ・・・?」
幸樹が聞いていた話では神皇帝は次の代へこの問題をなすりつけようとしていたはずだし、この穴の事は花子と神皇帝本人しか知らないはずだった。
「ええ。父はそうして、この穴の事実を隠蔽するか、私の代に発覚するように仕向けたがっているようですね。扉の向こうで龍蘭殿と父が話しているのを聞きました」
千李は腕を組み、穴を見やる。
「私の代に問題が発覚するのは構いません。しかし、この世界達が崩壊するのは時間の問題。そんなことはさせません。だから、父の決定に反発し、私も秘密裏に動いているのですよ」
やはり、誠実な人だな、と幸樹は思った。花子は一歩前へ進み出て、千李にある提案をした。
「では、千李様。これから共同でこの穴をなんとかしませんか?私たちだけじゃ、少し不安だったのです」
「わかりました。ご協力しましょう。よろしくお願いします」
千李は手を差し出す。花子はそれをしっかりと握り返した。
と、そのとき。
「千李様を見つけたぞー!!」
その声に三人は振り向く。そこに居たのは鎌を持って鎧を着た数人の人物だっ
た。
「追っ手です!」
千李が言うが早いか、一瞬にして何十人もの追っ手がやってきた。そして、花子を見つけると、驚愕の表情になった。
「貴様は龍蘭!!裏切り者め!」
一人の兵士が花子を指差して言う。
「やれやれ。上からどう伝わってんのかしらね・・・」
花子は呆れ半分で言った。
「千李様!なぜそのような逆賊と一緒に居られるのですか!さぁ、こちらへ」
兵の一人がそう促すと、恰幅のいい大柄な兵士が止める。
「まて!・・・まさか、龍蘭、貴様が千李様を誘拐したのか・・・!?」
隊長格であると見受けられる兵士が龍蘭に問うと、周りが龍蘭を睨みつけながら、口々に罵る。
「貴様のような者は地に堕ちてしまえ!」
「誘拐犯め!」
その様子に呆れた花子は肩をすくめた。
「はぁ・・・こりゃ、何言っても無駄みたいね」
花子は黒い鎌を取り出して構えた。白い鎌だと、青蘭たちに被害が及ぶ可能性があったからだ。
「ふん・・・忌々しい死神め!そうまでして人間の魂を貪りたいか」
「?・・・どういうこと?」
その一言が妙に引っかかった。恐らく上から伝えられている情報だろう。花子は神皇帝から自分のことをどういう風に伝えられているのか聞き出しておきたかった。鈴たちに調べてもらってもいいのだが、あまり彼らを巻き込みたくなく、彼等に何か動いてもらうのを躊躇っていた。
「そこの大穴を開けて流れ着いた魂を貪ろうとしているのだろう。もう神皇帝様には見抜かれておるぞ!」
「・・・そういうことか」
神皇帝の策略は、次の代になすりつけるなんて甘いものではなかった。花子を犯人にしたて、それを討伐する事でこの大穴の事件を解決することにしたのだ。そうすれば、自分に火の粉が降りかからず、冷静な判断で世界を救った英雄になることができる。
「なんて人だ・・・」
幸樹の隣で千李が呟いた。その一言には、怒りや悲しみ、悔しさなど、様々な感情が込められていた。
千李は突如花子の前に出て、兵を睨んだ。
「君達の主君が、本当のことを言っている確証はあるのか」
兵士達がその言葉にどよめく。皆、困惑していた。
「千李様・・・?」
「君達の主君が、誰かを陥れているとは考えないのか!」
その気迫に圧倒されながらも、兵士達は言葉を紡ぐ。
「し、しかしながら・・・」
「君達には自分の意思があるはずだ。自分で考え、行動する権利もあるはずだ!それをないがしろにするのは愚か者のすることだ。もっと、それを考えたまえ!」
その千李の言葉に、その場が静まり返る。やがて、隊長格であろう兵が、ぽつりと言う。
「千李様は、洗脳されたんだ・・・」
その一言に、千李は驚愕し、憤慨する。
「貴様、まだ言うか・・・!」
だが、兵は千李の言葉は無視し、花子へ向く。
「龍蘭!この罪は重いぞ!!!!」
兵が怒鳴る。そして、兵たちに命令を下した。
「皆の者!一旦引き上げ、体勢を立て直す!神皇帝様へご報告もせねばならん。戻るぞ!」
その一声で、兵たちが踵を返した。しかし、隊長格の兵が千李を振り返り、
「千李様、必ず貴方を元に戻しますからね。それまでご辛抱ください」
最後にそう言葉を放った。