最後の恋
茜はやっと長かった22歳の別れが終わったと感じた。
自宅でぼんやり過ごしていると、ソファーに座っている茜を後ろから抱き締めて「どうした?」と聞く声がした。
「うん、今日ね。
契約したの。」
「そっか、良かった。」
「その席に……昔の彼が居たの。」
「えっ? 細川さん?」
「ううん、違うよ。その前の……生まれて初めての彼だった人。」
「その話、初めて聞くよ。」
「うん、言いたくなかったのかな?」
「言いたくないなら言わないでいいんだ。」
「そうね………私……分かったことがあるの。」
「何?」
「私ね、恋の上書きが出来ないのよ。
あの人達のこと、忘れられない。
翔ちゃんも……大和さんも……。」
「そりゃ、そうだろう。真剣に愛した人を忘れられなくて当たり前だ。
俺も亡くなった妻を今も忘れられない。」
「それは、貴方が死別だから……。」
「死別とか関係ないよ。どんなに真剣だったか、だけだ。
それくらい愛したんだろう?」
「………うん、そうね。」
「……早く風呂に入れよ。 疲れてるんだろう?
ゆっくり入れ。」
「うん、そうする。」
「あ…………そうだ。」
「何?」
「今度の土曜日、伊織が来るんだ。家族で………。」
「分かった。」
「土曜日、頼むな。」
「了解。」
茜は入籍しないで一緒に暮らしている男性が居る。
彼は同じ会社の工場で働いている。
高卒で50歳。
長年連れ添った妻を癌で失った。
茜との出逢いは会社。
何時しか茜を目で追っていることに気付いた。
それからは、息子と娘に「父さん、好きな人が出来た。付き合いたいと思ってる。駄目ならハッキリ言ってくれ。諦める。」と言った。
息子も娘も「お母さんが亡くなってから元気が無かったから、いいと思う。」と言葉を返してくれた。
ただ「籍は入れないで欲しい。お父さんの配偶者の欄、お母さんだけにして!」と娘が涙を浮かべて言った。
娘を悲しませたくない気持ちを、そのまま茜に伝えた。
「あの………私に何故そのようなお話を?」
「俺と付き合って欲しいからです。」
「えっ?」
真面目な男で少し不器用でもある。
家族を大切に想っていること、そして最初から結婚出来ないことも伝えてくれたこと……それが茜には「いい人」に見えた。
茜は彼の想いを受け入れた。
そして、今、一緒に住んでいる。
その家は茜の家だ。
彼の家は息子と娘の為に残してある。
そこには亡き妻との想い出が詰まっている。
息子と娘の為、茜とは別の家で暮らすと決めた。
彼の名は、森田憲吾。
彼とこれから先、どうなっていくのか茜には分からない。
それでも、今の生活を大切にしたいと茜は思っている。
22歳で初めての恋が哀しく終わり、二度目の恋も空しく過ぎ去った。
この恋を茜は人生で最後の恋であれば良いと思っている。
⦅翔ちゃん………元気でね、ご家族皆さんが幸せでありますように……。
大和さん………御元気で……どうか幸せで……。
私は、傷ついたけど……その分、得た物もあったわ。
付き合ってた頃、幸せだった。ありがとう。⦆
そう思ったのは、翔也に会ったからだろう。
上書き出来なくともいいのだ。
全てが茜の人生だから………。
「我が人生に悔いはない!」と言える人生を、残りの日々を送りたいと茜は思った。




