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「雨化粧」

「君の全てが欲しかった。」


第一話「雨化粧」

ツツジが見事に咲き誇っていて、数分立ち止まってしまっていた。

よく見ると、昼の霧雨のせいか、小ぶりな雫が止まっている。

ツツジの花弁は、今にも沈んでしまうほどに美しく、それでいて深い。

一つ綺麗な、斑点の一つもない純白の花があって、手にとってみた。

すると後ろから騒ぎ声と足音がして、十数名ほどが一斉に私を追い抜いた。

あぁ、そろそろバスの時間か。

手元を見ると、ただの白のツツジだけが手に残っていた。

香りを嗅いで、しばらくして捨てた。


案の定、バスは既に行ってしまったようで、バス停には私しか居なかった。

ベンチは雨でびしょ濡れで、ポールもなんとなく嫌で、忙しなく時刻表の周りを彷徨い、腕時計を確認するのを何度か繰り返していると、革靴らしいコツコツとした足音が聞こえてきた。

「あちゃ〜......乗り逃したかぁ〜......」

と可愛らしくデコに手を当てた彼女は、後輩の女子だろうか。

面識はないものの、妙に見覚えのある子だった。

髪は艶やかで肩まであり、やや痩せ気味な華奢な体をしていて、意識しなくとも目で追ってしまう。

すると、彼女はベンチに座ろうとした。

慌てて「危ない。まだ濡れてるよ」と止めたが少し遅くて、「ひゃっ!?」と彼女の驚く高い声が聞こえた。

「あ〜あ......タオルか何か持ってるかい?貸そうか?」

「え、あ、ありがとうございます......」

「いる?」

「え、お願いします......!」

彼女は私の胸を向いて恭しくタオルを受け取った。

タオルを受け取る仕草も、まるで名刺でも受け取るように几帳面だった。

「あはは、参っちゃいましたね。バスも乗り遅れて制服も濡れて」

「風邪ひかないようにね。」

「ありがとうございます」

臀部を撫でるように拭きながら苦笑いで軽く会釈をした。

「あぁ〜......タオルはいいよ。あげる。」

「え、そんな、悪いです。

必ず明後には洗って返しますから!」

と、言う彼女の瞳はやはり既視感があった。

だからか、彼女の強情さも何となく察しがついた。

「わかった。わかった。じゃあ、明後日。どこがいい?合わせるよ」

「じゃあまたここでこの時間......いいですか?」

「わかったよ。」

しばしの間、互いに黙り込んだ。

間が持たなくて、何とか話題を出そうにも、距離感を掴めなくて、喉奥まででては毎回引っ込んでしまった。


「「あの」」

「え、あ」

「あ、ごめんね。いいよ」

「あ、えへへ。すみません......

先輩......?ですよね?」

「二年だよ。」

「あぁ、よかった。先輩は何部なんですか?」

「入ってないよ。はは」

「え、入ってないんですか?」

「悪いかい?」

「あぁいや!悪いとか、そんなんじゃなくて......

こんな時間まで帰宅部の人がいらっしゃるなんて珍しいなあって」

彼女は綺麗な黒髪を手で撫でながら時刻表の方をチラチラと見ていて、いじらしい。

「......いや、特に何もしてないんだけどね。

花を見てたんだ。」

「花、何か意外です。

好きなんですか?」

「いいや。嫌いではないくらい。でも......惹かれてね」

すると、彼女が手で口を覆って、軽く笑い出した。

「そんなにおかしいこと言ったか。」

「い、いえ......でも先輩が......あはは」

私は腑に落ちなくて天を仰いだ。

「何が面白いんだ。」

「ごめ、ごめんなさい。」

彼女は大きく息を吸い込んで、肩を徐におろした。

「じゃあ趣味とかはなさらない感じなんですか?」

「......いいや、ないわけじゃないけどね。」

「じゃあぜひ教えてくださいよ!」

「......絵だよ。画家になりたいんだ。」

「......へぇ。」

「笑わないのか?」

「いえ。どこか腑に落ちたんです。

先輩の......掴みどころがない?みたいなとこ。

確かに画家さんっぽい。」

「なんだそりゃ。」

しかし不思議と悪い気はしなかった。

「......初めてだよ。そんなこと言うのも言われるのも」

「え?そうなんですか?」

「......どうせ、親は笑うか反対するだろうなって。」

「......じゃあ、余計に諦めないでください。」

「余計に?」

「ええ、余計。

なりたいって思って、反対もされず夢を叶える。そんなの普通じゃないですか。

先輩らしくないです。」

「俺らしくない?」

「ええ。

先輩は、もっと泥臭い方が似合います。

全員見返してやるって。」

「......」

「あ、ごめんなさい......!

私も似たような経験があって、つい熱くなっちゃって。」

「......ははは。」

「ちょ、先輩が笑うんですか?......ふふふ。」

「いやぁ、気持ちがわかってきたよ。これは面白いや。」


「......あ、バス。」

確かに耳を澄ませると、遠くから野暮ったいエンジンの音が聞こえた。

「これに乗るのかい?」

「ええ。高瀬なので。」

「じゃあ、結構遠かろう。」

「そうなんですよ、本当に大変で———」

言葉を遮るようにドアのエアー音が耳を刺した。

「......じゃあ、先輩。また明後日。」

彼女の声は消えいるように小さく、哀愁があった。

そしてどこか、寂しそうに感じた。

「じゃあね。」

彼女は、扉が閉じるまで優しく手を振ってくれていた。

バスのテールランプがブロック塀に隠れて見えなくなると、なぜか、絶えず寂寥感がジンジンと胸を押した。

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