第二十六話 時止め
「おいおい、そんな安易に近づいていいのか? 爆弾のスイッチを押しちまうかもしれないぜ」
刀を打ち合わせながら、和田が笑う。
「議員全員が集まるまで押すつもりはねえんだろ」
「その通りだっ!」
叫ぶと同時に――和田の姿が消えた。
「っ!?」
櫻田は咄嗟に刀を横へ振る。
――ガンッ!!
重い衝撃。
横から蹴りが叩き込まれていた。
「ぐっ……!」
体勢が崩れる。
その隙を逃さず、和田が短刀を振るう。
「ブネッ!?」
櫻田は地面を転がるように回避した。
アスファルトが制服を削り、火花のように破片が散る。
なんとか距離を取り、体勢を立て直す。
「そんなアクロバティックなこともできたのかよ」
「俺はお前と違って、戦闘系スキルがねえからな」
和田が肩を鳴らす。
「地力で頑張るしかねえんだよ」
「俺だって戦闘系じゃねえよ。むしろデバフだ」
「……確かに、お前は基礎能力がバケモンなだけだもんな。意味わかんねえよ。ハンターになったのは俺の方が早いってのによ」
「俺にも分かんねえよ。気づいたらこうなってたんだ」
「羨ましいこった。特になにもせず、その強さを手に入れたんだろ?」
その言葉に、櫻田の眉がぴくりと動く。
刀を握る手に、わずかに力が入った。
「何もしなかったわけねえだろ」
低く吐き捨てる。
「魔力はいつも二割程度。最近なんか一割しか残ってねえんだぞ」
「不幸自慢か?」
和田が笑う。
「だったらこっちだって負けねえよ。毎日三回、魔力が空になるまで働かされて、そのあとゲートだ。まともに寝れた日なんざ数えるほどしかねえ」
「はっ、トップハンターってのは苦労が多いな」
軽口を叩きながらも、櫻田は頭を回していた。
このまま真正面からやり合っても埒が明かない。
こちらの魔力は、ここへ来るまでにほとんど使い切った。
決定打もない。
だが、目的は和田を倒すことじゃない。
国会の爆破を止めることだ。
だったら、まず会長へ連絡するべき――
櫻田がポケットへ手を伸ばした、その瞬間。
「止めろ!」
和田が叫ぶ。
直後。
視界が、一瞬だけ歪んだ。
「――……?」
音が消える。
いや、違う。
世界そのものが止まっていた。
空中に舞っていた砂埃。
揺れていた木の葉。
砕けたアスファルトの破片。
そのすべてが、空中で静止している。
「なっ――」
そして、その止まった世界の中を動く男と目が合う。
和田の後ろで休んでいた男だ。
その男は、今取り出したばかりの櫻田のスマホをがっしり握っていた。
「やべっ」
男がそう言ってスマホをひったくる。
次の瞬間。
世界が動き出した。
――バキィッ!!
スマホが砕け散る。
男の姿は、もう元の位置へ戻っていた。
「な、なんだったんだ今のは……?」
一瞬だけ見えた、止まった世界。
空中で止まる砂。
動かない風。
音のない空間。
あまりにも現実味のない光景だった。
「危ねえ、間一髪だったぜ。今連絡されんのが一番困るんだよ」
和田の位置は変わっていない。
あの男も、ほとんど動いていなかった。
だが――
あの一瞬で移動できる距離じゃない。
最低でも五秒はかかる。
それだけ時間があれば、気づかないはずがない。
なのに櫻田は、まるで認識できなかった。
「……いや」
気のせいなわけがない。
「あっ――」
その瞬間。
頭の中で、点と点が繋がった。
飯村が急に吹き飛ばされた時。
和田たちが“消えた”ように移動した時。
突然、体が動かなくなった時。
あれは瞬間移動じゃない。
もっと別の――
「……時間停止」
櫻田が小さく呟く。
その瞬間。
和田の目が、わずかに細くなった。
「へえ?」
「いや、違うな」
櫻田は刀を構え直す。
「触れてる間は、時間が動いてるのか」
数秒。
沈黙が落ちる。
そして――
「……ははっ」
和田が笑った。
「やっぱ気づかれるか」
図星。
櫻田は確信した。
あの男の能力は時間停止。
ただし、本人と“触れているもの”だけが動ける。
だから普通の人間には瞬間移動にしか見えない。
「厄介すぎんだろ、その能力……!」
「だろ?」
和田が笑う。
「しかも、今は特別長く使える」
その瞬間。
後ろで、黒人の大男が静かに息を吐いていた。
「あいつは魔力を譲渡できるスキルを持っててな。あいつ一人より、何倍も長く止められるんだぜ」
「ったく、めんどくせえ連携しやがって……!」
櫻田は刀を握り直す。
能力の正体は見えた。
だが、状況は最悪だった。
国会が爆発するまで、おそらく三十分もない。
なのに会長とは繋がらない。
警察へ言ったところで、まともに信じるとも思えない。
その上、目の前には触れたら終わりの短刀。
そして、時間停止。
「……クソが」
思わず悪態が漏れる。
しかも、こうして戦っている間にも、分身へ意識を割かなければならない。
会長はどこだ。
協会か。
もう国会へ向かっているのか。
警察でもいいから伝えるべきか。
考えろ。
だが――
「まーた、よそ見して。ちゃんとこっちに集中してくれよ」
今度は和田が仕掛けてきた。
「チッ!」
――ガンッ!!
櫻田は刀で受け止める。
だが、押し込まれる。
普通の攻撃なら無視できる。
だが、あの短刀だけは駄目だ。
触れた瞬間、終わる。
もし動きを止められたら――
分身まで止まるのか?
もしそうなら、その時点で詰みだ。
「やりずれえな……!」
焦りが、思考を鈍らせる。
「うおっ!」
上段から振り下ろされた刀を、力任せに押し返す。
「ああ、クソ……!」
櫻田が舌打ちする。
「考えれば考えるほど、むしゃくしゃするぜ!」
だったら、目の前のことだけに集中すればいい。
「要するに、てめえをぶち殺せば全部解決なんだろ!!」
櫻田は一気に間合いを詰めた。
「――本気で行くぜ」
その瞬間。
日本中へ散っていた分身たちが、次々と崩れ始めた。
代わりに――
莫大な魔力が、櫻田へ流れ込んできた。
「……おいおい、マジかよ」
和田の表情から、初めて笑みが消えた。




