第21回 思い出の味
題名通りのエッセイもどき第21回です。たまにあるストレートな副題回ってやつです。
さて、思い出の味は誰しもあると思います。
よくあるところなら実家の親が作ってくれた料理、青春時代に友達と一緒に食べに行った飯屋、旅行先で出会った感激の味。その他にもいろいろあるでしょう。
かくいう私もやはり実家の味が恋しくなって帰省した時にもぐもぐ食べることはあります。両親とも料理が苦手だったので出来合いのお惣菜は多かったのですが、その中でもやはり丹精込めて作ってくれた料理はいくつもあって、いかに恵まれた環境にいたのかを大人になって思い知りました。あの頃は若かった……
そして学生時代 ― 主に高校の頃ですが、やはり友達と一緒に食事に行くことが時々ありました。私は読者各位のイメージ通りコミュ障陰キャオタクだったわけですが、部活は辛うじて入っていまして、同類がそこそこ集いそうな文化部で活動していました。
そういうわけもあって気が合う同級生は多くて、帰り道で一緒に外食したという記憶は今でも消えずに残っています。地元のカレー屋で平日の夕方にカレーを貪り、チェーンのラーメン店に入ってあれこれ喋りながらわいわい食べたり、牛丼屋でなけなしのお小遣いを使ったこともありました。
休日の部活でコンビニに行って買ってきた昼飯を部室でくっちゃべりながら食べたのも懐かしいですね。あの頃の友達は……連絡先を交換し損ねたので今ではもう連絡が取れません。
たぶんもう会えないのでしょう。切なくなります。
旅行先の食事もやっぱり印象に残るものは残ります。
数は少ないけど……
しかし今回の本題は上のどれでもありません。
私の思い出の味はスーパーマーケットのお惣菜の豚肉チーズカツです。
は……? スーパーの惣菜が思い出の味?
とお思いかもしれませんが、まあ聞いていってください。
今から○○年前、大学を卒業した私はとある中堅企業に入社しました。
特にやりたい仕事がなかったので、適性のありそうな職種に就かせてもらえる企業と偶然巡り会えたことは幸運でした。
当時は20代前半で社会経験が少なかったことも影響しているのですが、そんな就職先での仕事でひどく苦しんでいました。責任感、プレッシャー、ミスすることへの恐怖、そして長時間労働。
月80時間の残業は当たり前で、毎晩21時や22時まで会社に残って働いていました。
それだけでも辛いのに失敗して上司に怒られることや他部署に迷惑を掛けてしまったこともあって、家に帰っては悔しくて苦しくて辛くて一人で泣くような日々でした。
(後々月100時間残業を突破していよいよ身体を壊すのですが、それはまた別の話。まあ世の中にはそれ以上働いている人がたくさんいるわけですが、当時の未熟な私には自宅で号泣してしまうほど辛かったのです。)
そんな日々の中で数少ない楽しみが夕飯でした。
最寄り駅の近くにとあるチェーンのスーパーマーケットがあり、そこでお惣菜を買って、家で作り置きしたサラダと解凍した白ご飯と一緒にささやかな夕飯を楽しむ。
その中でも特に好きだったお惣菜が件の豚肉チーズカツでした。
見掛けるとつい手を伸ばしてしまって、レンジで温めて食べるとそれだけで何か救われたような、癒しをもらえたような気がしました。味はスーパーのお惣菜なのでそれなりのレベルですが、それでも私には十分美味しいと思えたのです。
時は流れて現在。
新卒の企業を辞めて転職し、引っ越しもした私はあの頃より落ち着いた暮らしを送っています。苦しいことが無いわけではないけれど、頑張れる範囲のことをしています。
引っ越し先では家から歩いて少しのところに例のスーパーマーケットがありました。新卒時代に毎晩寄って帰ったあのスーパーの系列店です。
もちろん思い入れもあったし、単純に店として気に入っていた私は引っ越してからも長らくその店に通っていて、週1回は必ず自炊材料の買い出しに行っています。
そして一昨日、私はその店の惣菜コーナーに足を踏み入れました。
思い出のお惣菜は長らく見ていなかったので、恐らく売れ行きが悪くて扱いがなくなってしまったのだろう。そう思いながら平台を見ていたその時でした。
あの子がいました。
豚肉チーズカツ、4個入りでパックに入って私の方を向いていました。
あの頃とほとんど変わらない姿。変わらないフォルム。
その姿を捉えた瞬間、私は思わずその場で立ち止まりました。
社会人1年目で苦しかった頃のこと、この子を買って帰って家で食べた時のこと、とても美味しくて救われた気持ちになったこと。全部が走馬灯のように脳裏を駆け巡ります。
なにか胸が切なくてきゅーっとするような、でも温かいような不思議な気持ちでした。
そして私はこの子をひとつ手に取って買い物かごに入れました。
こんなに優しくて切ない気持ちで商品を手に取ったことなんて人生で初めてでした。
帰宅してから早速夕飯の席に並べ、白ご飯と一緒に食べて。
あの頃ほど美味しいとは思わなかったけれど、食に救われた気持ちをこうして確かに思い出すことができて幸せだったのだと思います。
これが思い出の味なのだと知り合いに話したら笑われてしまいそうだけど、私には確かに大切であたたかい思い出だったのです。たぶん、この先忘れないだろうと思います。




