波乱の職場訪問!? いや、猫カフェかも?
既出の夜会を「第三王妃の」から「第二王妃の」に修正しました
その絡みで何ヶ所か修正入れています
来春の爵位継承を前に、カウスくんは城で本格的に文官として勤務を始めた。
本来、領地持ちの貴族の跡取りは、若いうちは城に出仕して政治や経済の仕組みを実地で学びつつ人脈を作り、程良い時期に跡を継ぐ。でもカウスくんにはその時間的余裕が無くなってしまった。前から時折、実習生程度の登城はしていたものの、実父との同居を厭って基本的にはわたしと領地で暮らしていたせいでもある。
「継承が春に伸びたならそれまでに少しでも城勤めをしておくべきだ」
それは、椎田さんとケネス様からのアドバイス。
キトン侯爵はじめ、文官としてカウスくんの直属の上司にあたる方々からの熱心なお誘いもあり、ここ最近は毎日、フルタイムで出仕している。
「奥様。至急のお手紙が届いております」
カウスくんが城に出るようになって一週間。周りもそのリズムに慣れてきた頃に、そのハプニングは起こった。
何事も慣れてきた頃が危ないと言うが、まさにソレ。しっかり者のカウスくんに限っては大丈夫だろう、とタカをくくっていたのが悪かったのかもしれない。
「……大変! 忘れ物ですって」
開いた書面には流麗な文字で「第二王子殿下から預かった書類を忘れたため、至急届けて欲しい。重要書類のため、アケルナー公夫人に持参願いたい」という旨が書かれていた。
誰が書いたのかわからない手紙だけど、そこはまったく問題じゃない。問題は、国家の公用封筒が使われていること。
(どれだけ大切なモノ忘れてるの!?)
慌てて家令と一緒にカウスくんの執務机を家探しする。ご指定の、第二王子殿下の署名入の封書は引き出しからあっさり見つかった。中身の確認なんて畏れ多いことはできないから、他に同様の封筒がないことだけを確かめて、慌てて外出準備を整えてから馬車に飛び乗る。
御家の大事だ、メイドちゃん達も最速記録でわたしの着替えをさせてくれた。
「安全かつ最速で参ります! しっかりお座りになっていてください!」
御者さんの気合いの入った声と共に、一路、カウスくんの元へ。
お城に行くのは四回目だけど、今回が一番緊張する。愛息子のピンチなのだ、気ばかり焦った。
「お待ち致しておりましたツィーナ・ハダル・アケルナー様。こちらへどうぞ」
王城の入口で待ってくれていた侍従さんに書類を渡して終わり……と思いきや、声をかける隙もなく案内される。今回も今回とて、どこをどう歩いているのかはわからない。わりと、上に登って行ってるのかな? という程度。
(……そうだよね、大切な書類なんだもん。ちゃんと本人に渡さなきゃ……)
アケルナーの家紋付きの大きな封筒に入れた、王子殿下の署名入封筒。念の為、火急を伝えてきた封書も一緒に持ってきた。
「少々お待ちを」
通されたのは広い立派な部屋だった。文官が仕事する部屋には到底見えない華やかな部屋だ。
応接室にしてもかなり上等。どことなく、椎田さんとお茶した部屋と似た作りに見えた。
(ちょっとだけ……職場見学を期待したんだけど……)
所在なく佇んだまま辺りを見回す。大きな窓から外を見渡してみたい気持ちが湧くが……さすがに自制。近くにあった飾り棚のあれこれを眺めるに留めた。
わたしの一挙手一投足がカウスくんの評価に響いてしまう気がして落ち着かない。
「お待たせしました」
「っ!?」
静かに開いたらしいドアに、気づけなかった。急に後ろから声をかけられ、飛び上がる。
「カウ……っ」
驚きのあまり反射的に文句を言いつつ振り向いて……絶句した。
一瞬のフリーズののち、慌てて淑女の礼をとる。
「はじめまして、アケルナー夫人」
にっこりとキレイな笑顔を浮かべる、金髪のイケメン王子様。紫紺の瞳がイタズラっ子のような含み笑いに輝いていて。
(なんでリーベルト殿下!?)
待て待て待て待て! とパニくるわたしを置き去りにして、人懐こく微笑む王子様が人払いをする。
うん、間違いない。夜会で会った時より背が伸びているけれど、リーベルト第二王子殿下そのヒトだ。たかが数ヶ月あまりで声も随分低くなった。少年にしか見えなかったのに、今はわたしより少し年下……つまり、成人前後くらいに見えるようになっている。劇的な成長だ。
……いや、年齢的には実際成人しているのだが。
「さすがに女性と2人だけというわけにはいかないので。護衛のハンスです。信頼できる者ですから、お気にならさず」
そりゃね? 夜会の時の子どもっぽさの残る姿ならまだしも、今ではちゃんと大人の仲間。迂闊な噂が立っては困る。
促されて座ったのは、応接セットのソファーだった。奥のテーブルセットには茶器や菓子が並んでいるのが見えるが、座り心地の良いソファーの前に置かれたローテーブルはひたすらに鏡面のような天板を輝かせている。
書類を渡したい。けど……こんなにも労力のかかった机に物を置いてイイものか……。
ドキドキしながら、膝の上の封筒を握りしめた。
「ようやく正式に会えましたね、ツィーナ・ハダル・アケルナー。これでわたし達はもう、『知り合い』です。ツィーナ、と呼んでも?」
「は、い、殿下、…………!?」
(いや、待って? なんでそこ!?)
キシリと僅かに座面を揺らし王子様が座ったのは、わたしの隣。向かいにも立派なソファーがあるのに。肩が触れ合いそうな、わたしのすぐ横。何故なのか。
「この間は名乗れませんでしたが、もう知っていますよね? 『殿下』ではなくリーブと呼んでください」
リーベルトの短縮系……? 愛称とか、恐れ多過ぎるので御遠慮申し上げたい。でも、これ、遠慮したらむしろ、しつこくなるヤツではないだろうか。
一瞬の間にあれこれ、ぐるぐる考えて……
(助けて椎田さんっ!!)
「……はい、リーブ様」
とりあえず、流れに乗ってみる覚悟を決めた。だって臣下女性にできることなんて、この状況でなんかある!?
「あの……」
「うん?」
ニコニコ。ニコニコニコニコ。
すぐ隣から笑顔で見つめ続けられるのは正直ツラい。
逆の立場なら正統派イケメンなお顔をいくらでも鑑賞させていただくけれど……わたしなんぞを近くからじっくり見て、何が楽しいのかわからない。ただただ、挙動不審になりつつあるだけなのに。
「書類を……」
王子殿下という上位の相手がこちらを向いてくれているのに、わたしが横顔のままなのはよろしくない。仕方なく体を向けているものの、さすがにこの距離で真正面から目を合わせるのは気が引けて、上目遣いに窺うのが精一杯。
(椎田さんなら堂々と微笑んで、むしろ相手を気まずくさせちゃったりするんだろうなぁ……)
ダイナマイトな美女を思い出して自分の小心者っぷりを再認識させられる。わたしも、ああいう余裕の笑みを浮かべられる女性になりたい。今回は不意打ちのせいもあって既に雰囲気に呑まれてしまったからダメだけど……次の機会があったらドンと行こう、そう心に決めた。
(……と言うか。さすが椎田さんの息子さん。堂に入った王子様ぶり)
容姿に似ているところはあまりないが、嫣然と微笑む圧が似ている気がする。母子とはいえ正統派美男子と美女が並ぶ様はさぞかし壮観なことだろう。そこに国王陛下と第一王子殿下が加わると……さすがロイヤル。
ケネス様も含め、ロイヤルな皆様は佇まいも見た目も、中身もゴージャス極まりない。夜会で見かけた第二王妃殿下も派手な美人さんだったしね。
「書類? あぁ。では、こちらに」
手を差し出されたので、ホッとしつつも丁重にお渡しする。が、なぜかリーブ様は中身を見もせずにパサリと机に投げ出した。
さすが王城住まいの王族様だ。この机を使うことに躊躇いなんて微塵もない。
「ねぇツィーナ。あの夜のこと、覚えていますか?」
「それは……」
何を言い出すやら……とチラリ、護衛のハンスさんを見る。
だって、あれは内緒だよね? それとも、何か夢の世界の話だろうか。
「ハンスは全部知っています。だから大丈夫」
優しくそう言うリーブ様に驚くと同時に、青ざめた。
「そんな……怒られたのではございませんか!? 大丈夫でしたか!?」
わたしはカウスくんにこっっってりと絞られた。王子という立場あるヒトなら、こってりどころじゃなく怒られたに違いない。
カウスくんに言われて気付いたが、あの日のわたしの行動は軽率だった。目の前で体調を崩している相手が居るからと言って……リーブ様陣営から見れば、略取誘拐。実は暴漢だったというパターンも怖いが、政治的に陥れられる恐怖についても訥々と諭された。
いや、もう……次はちゃんと騎士さん達を探します。わたしの暴走、お互いにとって良くなかった。たまたまあの時、無事に済んだだけで……思い出す度、危うく大切な我が子に類が及ぶ様を想像してゾッとする。
「ん。可愛い方に心配されるのは嬉しいものですね。あなたに出会えた幸運に比べれば、些細なことです」
(……そういえば。実物、なんかチャラっとしてるんだった……)
極上の笑顔に、なんとも言えない温度差を感じた。椎田さん……お宅のお子さん、なんでこんなに女慣れした感じなの……?
「本当はもっと早くにこうしてお招きしたかったのですが、何かと邪魔が入りまして」
さり気なく伸びてきた手が、膝に置いたわたしの手に重なった。ひんやりとした手は思ったより大きくて、これから彼はもっともっと成長するのだろうと思わせる。
……と、いうか。王子が迂闊に女性に触れてイイのだろうか。王子だから許されるような……王子だからこそ気をつけて欲しいような……。
「あたなのこの手に救われました。改めて、お礼を」
(……あ。そういうこと?)
「あの晩あの場所で、わたしとあなたが出会えた運命に感謝します」
(ん……?)
「ツィーナ。わたしの運命の女性」
(んんん???)
「わたしの心はあなたのものです。こうしてもう一度お会いして確信しました」
(はぃ?????)
えっと……熱とか、あるのかな?
すぐ目の前に、キレイなアメジスト。微かに潤んだ瞳には、憧れのような光が揺れている。
「あの時、天使が舞い降りたのかと思ったのです。あなたのような愛らしく優しい天使になら、どこに連れて行かれても良い……共に居られるのなら死後の世界でさえも……と」
あ、もしかしてわたし、口説かれてる?
ようやく、そう気付いた。だってなんか……リーブ様の雰囲気が甘ったるい。アイドル俳優がラブストーリーの主役を張ると、こんな感じなんじゃなかったっけ……。
重ねられていた手がギュッと握りしめられる。
「あぁ……ようやくあなたに触れられました……」
嬉しそうに破顔する年下王子は、純粋に可愛い。あざと可愛い。キュンキュンする。さすが、成長途上とはいえ、メインヒーロー。老若男女問わずメロメロにできる破壊力だ。
(椎田さん……ヤバい……)
「もう、二度と放さない」
(ちょ……もう、鷲掴みなんだけど……っ)
「どうか、わたしにあなたの愛を」
(ウチの息子になりませんか……っ!?)
鼻血出そう。
イイなぁ、椎田さん。こんな可愛い息子が居るだなんて。
でも……そう。わたしにとってリーブ様は大切な友人の息子なのだ。いくら口説かれたって、そもそも「可愛い男の子」としか見れない。
「わたくしがルシータ様と親しくさせていただいているのはご存知ですか?」
だから、にっこり笑って、素直にそう告げることにした。
「え? ……えぇ。……ん? 母の話ですか? 叔父ではなく?」
「はい。お母様です」
むしろなぜケネス様が出てきたのか。
おそらく、これはアレだと思う。「他所の芝生は青く見える」的な。
幼稚園児が若い女の先生に淡い初恋を抱く、的な。
(わかるわかる。わたしも他所のお父さん、カッコよく見えたことあったし)
「リーブ様のお気持ちは大変嬉しいのですが、わたくし、ルシータ様を本当に大切に思っております。そのご子息であられるリーブ様を万が一にも不幸にしたくはございません」
「わたしはツィーナと居られさえすれば幸せです」
幼稚園の先生ならば、園児の卒園を待てばイイ。しかし、今のわたしではタイムアップは狙えない。
どうしたら、夢を壊さず、傷つけずに断れるか……。
「それでも、わたくしはルシータ様に顔向けできなくなってしまいます。お話し相手でしたらいつでも承りますので、まずはいろいろとお喋り致しませんか? わたくし、お恥ずかしながらリーブ様のお好きな食べ物を推察することすらできませんから」
前世で言う、「お友達から」というヤツだ。または、子ども扱い。大事な友人の子なんだから、子ども扱いで間違いない。
「好きな食べ物ですか」
ふっ、と考えるような表情のあと、
「特にはありません。嫌いなものも」
ちょっと困ったようにそう言った。
その表情が大人びていて寂しげで……驚いたなんてもんじゃない。達観しきったその様子に、
(そういえば、リーベルト殿下コースの鍵は、「個性」だったかもしれない)
ふと思い出した。
リーブ様は品行方正な王子様だ。自分に課せられた役目、求められる役割をきちんと理解しているからこその、「The 王子様」。第一王子殿下の影として、いついかなる時でも皇太子を補佐する、ステータスに凹凸のない完璧超人。
だからこそ、彼は自分が薄い。自分らしさを見つけられないまま大人になってしまった彼は、天真爛漫なヒロインの個性に惹かれるのだ。
(……てことはやっぱり……わたしを好きだと言うその気持ちは幻みたいなもんだよね。「恋に恋するお年頃」かな)
だって、わたしの個性は強くない。たぶん……夜会での、無知ゆえの行動が彼の琴線に触れたのだろうが……。
リーブ様は椎田さんの実子だ。いくら「こんな息子が欲しい!」って思ったところで、わたしが勝手に家族枠に入れてイイ相手じゃない。孤独に育ったケネス様とは違うのだから。
「では、例えば……疲れた時に食べたいと思うものや、飲みたいと思うものはございますか?」
「疲れた時、ですか……?」
下手をすれば吐息さえ触れ合いそうな距離で、甘ったるい空気を出す王子様。かまってちゃんのニャンコに懐かれてしまったみたいでやっぱり可愛い。
……うん。甘ったるいって言うか、甘えん坊ニャンコの表情だね。実際に飼ったことはないけれど、前世、猫好きだったわたしは動画や画像で山ほど愛でた。育成アプリだって幾つもやった。その映像が、目の前の王子様と重なる。
(そっか。リアルなリーブ様は「甘ったれ」って椎田さんが言ってたのは、こういうことかぁ)
実母の前世が日本人男性。きっと、この世界とゲーム世界で一番性格に差があるのが、リーブ様だ。
そう気付いてみれば、彼の一つ一つの行動が頼もしく思えた。しっかりとこの地に根付いた、わたしの知らない男の子。
「そうですね……ミルクティーを飲むことが多いかもしれません。子どもの頃、母がよく用意してくれた名残にすぎませんが」
「まぁっ、ステキなお話ですね」
王族なのだから、椎田さんは指示を出しただけで、実際に作るのは別のヒトだろう。でも、そんなことはどうでもイイ。お母さんとの思い出があること、それを大切にしていることが素晴らしくて……椎田さん! やっぱり先輩ママはすごいです!!
はわぁ〜っ、と感動に打ち震えていると、なぜか頬を染めたラブリーなニャンコ様が天を仰ぎ、それから、チラリとわたしを見た。
ちょっとはにかんだような、いじらしさを感じる眼差しで、
「ツィーナ、約束を覚えていますか?」
(あざといっ! あざと可愛くてズルい! 可愛いっ)
「ツィーナが淹れたお茶を飲ませてくれる、と」
控えめかつ甘えきった声を出す。きゅるるんっ、と効果音が飛びそうなおねだり顔は、アレだ。わたしの前世一押し、ノルウェージャンフォレストキャット。ゴージャスな毛並みで、可愛いと綺麗とカッコイイが同時に存在するお猫様に、リーブ様はどこか似ている。
うにゃー……これは無理。逆らえない。
「もちろんですわ」
「それは良かった。あちらに茶器を用意させました。もし良ければ……」
「あぁ! そういうことでしたの」
それで向こうの机もあったのか。後程別の客人を迎える用意がしてあるのかと思っていた。先約があるところにわたしが飛び込みで届け物に来たのなら申し訳なかったなぁ、と。
しかし、どうやらあれはわたしのための茶器らしい。随分と用意のイイことで……
(…………んん? つまり……)
「……リーブ様、一つよろしいですか?」
「はい?」
「もしかして……この書類……」
「あぁ。気付いてしまいましたか?」
(やっぱり!!)
さすがに、王族相手に「嘘ついて呼び出したんですか!?」とは問えない。あんなに焦ったのに、まさか。
「すみません。どうしてもあなたに会いたくて」
「そう……ですか……」
(たかがお茶汲み係を呼び出すために大掛かり! だったら普通に呼んで欲しかった!!)
どうせ、ふとした瞬間に夜会でのことを思い出し、他人の淹れたお茶を興味が湧いたとか、1度約束したからには守らなくてはとか、思ったのだろう。
(ニャンコってね! ホントにマイペースだからね!! それが可愛いんだけどさ!?)
怒りのやり場がないとはこのことだ。
(ごめん、みんな……)
必死の形相で送り出してくれた面々に心の中で頭を下げる。だって、種はわたしが蒔いた。だいぶ前に。
「では、お淹れしますね。……あの……申し訳ございませんが、手を……」
気紛れでお茶を淹れて欲しかっただけ。
口説かれたのは、チャラい彼の社交辞令。ほら、おやつが欲しい時のニャンコって、あざと接待モードがすごいよね。
そう納得したから早速お茶を……と思ったのに、重ねられた手が離れない。振り払うのはさすがに畏れ多くて困ってしまう。
「あぁ」
(…………大人をからかって楽しいですか!? まったくこれだから最近の若いニャンコ様はっ!!)
するりと指が絡み、
「これで大丈夫ですね」
(まったく大丈夫じゃありませんっ! ちょ……なんで偶にくすぐるの!?)
エスコートどころか、恋人繋ぎで手を繋いだまま、奥の机に案内された。しかも人差し指の指先がたまに手の甲を撫でるように動くからムズムズする。
これはぜひ、椎田さんに教育的指導をいただかなければ……!
やはり、王子という立場は、「ヒトを上手く転がしてなんぼ」なのかもしれない。タラシのケネス様だけでなく、リーブ様もかなりのものだ。
王族怖い。人気商売の芸能人か。……いや、それなりに近いかも。
「えっと……放していただかないと茶器の準備ができないのですが……」
「先に選んでしまいましょうか。ツィーナの好みがわからなかったので、いろいろ用意させてみました」
絡んだままの指に視線を落としつつ苦情を申し立てれば、笑顔で却下されてしまった。
言われて見れば、大きな机には茶器が5セット。それから茶葉は……何コレ、見たことないモノまである。お茶屋さんか? 唖然と目を見開いてしまう量が整然と並べられていた。
「普段使っているのはどのようなものか知りたくて、母や叔父に訊いてみたのですが、どちらも曖昧な反応でした。けれど、こうして一緒に選ぶというのも、楽しいですね」
(…………まぁ、交友を結んだばかりの他人の好みとか椎田さんでも上手く説明できないだろうし……ケネス様って、お茶にはこだわりなさそうなんだよね。お酒とかのイメージかも)
「わたくしの好みでよろしいのですか? リーブ様のためのお茶ですから、リーブ様のお好みに合わせた方が……」
「ツィーナの好みを知りたいのです」
「そうですか……」
まぁイイか、と茶器と茶葉を指定する。空いている手で魔術具のポットに入ったお湯の温度を調節して、ようやく、繋いだ指を離してもらった。
渋々というのがまるわかりのリーブ様に、思わずクスクス笑ってしまう。駄々っ子か。ホント、この大きなニャンコ様は甘えん坊だ。
「……美味しい。美味しいです、とても」
先にわたしが毒味を済ませたお茶を、向かい合った席で飲む。茶器の並んだ机の奥に、小さめのテーブルがもう1つ。テラスを望むそちらの席からは、屋上庭園だろうか、外の緑がよく見えた。
「ツィーナは本当に手ずからお茶を淹れるのですね」
「? はい。……あ。はしたないとお思いでしたら申し訳ございません」
「あぁ、そうではなく。まぁ、自分でお茶を淹れるなど下々のモノだという風潮はありますが、そうではありません」
じぃっと瞬き少なくこちらを見つめる瞳に、軽蔑の色は確かにない。
(じゃあ……本当に淹れられるか、疑ってたとか?)
「実は……」
モジモジと言い淀むリーブ様は可愛い。当然のようにあざと可愛い過ぎて、なんだかだんだんツラくなってきた。
わたし、リーブ様苦手かも──。
(だって可愛すぎるんだもんっ)
ラブリーなニャンコに媚びをうられて、それが気紛れであるとわかっていたって……冷静で居られるヒトは少ないと思う。それと同じ。
猫っ可愛がりしたくなる。
他所様のお子様だとわかっているのに、贔屓したくなってしまうのだ。キュンキュンする。
「叔父上が、ツィーナの淹れたお茶を飲んだと自慢してきて……母上もお茶をしたと……」
……それは自慢じゃなくて。世間話というヤツです。
「わたしの方が先に約束していたのに、と思うと羨ましくて……」
(だからもうっ! あざとさに殺される……っ)
恥ずかしそうな上目遣いに、「無理だ」と感じた。ちょっともう……お姉さん、課金したくなってきました。お布施はどこにお納めすればよろしいでしょうか。
(椎田さん……椎田さんちの次男さん、ニャンコと書いて小悪魔と読みつつニャンコなのであざと可愛くても許せます! これ、アレだ……飼い主と書いて奴隷と読む感じの……)
撫でたい。あの柔らかそうな金髪を、モフリモフリと。全力で愛でさせていただきたい。
「ツィーナ。叔父上達ばかりズルいです。わたしとももっと頻繁に会ってください」
(ニャンコのヤキモチって……ご褒美でしかないんですけどっ)
「あの、でも、ケネス様もルシータ様もお忙しい方々ですので、頻繁にお会いしているわけでは……」
「でも、頻繁に手紙のやりとりはしていますよね?」
「え? はい、お手紙では仲良くしていただいておりますわ」
拗ねたような、ツンとした表情もよく似合う。さすが、表情豊かだ。
……ハァ。リーブ様、三次元化して破壊力が激増している。おそろしや。なんだろう、あの放っておけない感じは。
「では、わたしとも文通しましょうね」
にぃっっっこり。
(……なのに突然チェシャ猫感)
「……はぃ……」
「なんなら、もう1つ約束しましょうか。ねぇ、ツィーナ」
細められた瞳がきらりと光る。
子どもの、可愛らしい初恋ごっこの夢を壊したくはない。まぁ、できる限りは付き合ってあげようかな。
「将来わたしが独立したら、結婚してください」
(ぉわっ! 「先生、大きくなったら結婚してね」来た!)
困った。これは「あはは〜楽しみにしてるね〜」とは流せない。
「残念ながらわたくし、既婚でございまして……」
「もちろん知っています。夫に先立たれたということも。あなたは若い。必ず再婚の話が出ますよ。だからこそ口約束で構いません。約束しておきたいのです」
「わたくし、再婚の予定などございませんよ?」
「残念ながら、周りや家長の判断次第ではあなたの意思など関係ありません。一度結婚されているのです、婚姻とはそういうものだと知っているでしょう?」
「……」
言葉に詰まった。
リーブ様の言うことは正論だ。そもそもアケルナーとの縁談にわたしの意思が介入する余地などなかった。
「だから、ね? 他の誰かに取られる前に、婚約の約束が欲しいのです」
絶対に再婚することになる、そんな言い方に背筋が冷えた。
「今ならあなたがアケルナーの家長です。けれど、間も無くそれはカウスの手に移る。そうしたら……」
自分で相手を選べるのは今だけ。含まれた意味に驚いた。
それってつまり……
──コンコン
呆然とするわたしの背後でノックが響く。ハンスさんが対応に出るのをなんとなく眺め……突き刺さるリーブ様の視線を気まずく感じた。純粋で真っ直ぐな瞳だ。真剣にわたしを見る、無垢で一生懸命なアメジスト。
「殿下」
扉を半開きにしたまま、ハンスさんが控えめにリーブ様に呼びかける。何かあったのだろうか。
「火急の用件につき失礼致します」
リーブ様が応える前に、ハンスさんの後ろから聞き慣れた声が響いて来た。
「本当に……許可も待たずに入室するとは失礼ですね。次期公爵の名が泣きますよ」
スタスタと室内に入ってきたのは、案の定、カウスくん。
冷たい笑みを浮かべて室内を一瞥し
「虚言をもって婦人を誘い込むことは王子の名折れではございませんか?」
真正面からリーブ様を見据える。
「大切な家族が大事に巻き込まれたとあれば駆けつけるのが人情というものです。もちろん、お仕えする王家の方々に我が家の者が粗相を致せば、即参上するのも務めですが」
(ちょ……不敬!)
慌ててハンスさんを窺えば、相も変わらず少し困ったような顔。護衛の彼が止めないのなら、今回の件は、
「同様に、殿下のワガママを最小限の範囲に留めるのも我々の務めです」
そう。リーブ様のワガママが暴走しただけ……?
「帰りますよ、ツィーナ」
「ダメです。これから大切な約束をしてもらうところなのです。彼女はわたしが責任持って送りましょう。ねぇ、ツィーナ、良いでしょう?」
きゅるるるぅんっ。
うるうるした大きな目でジッとこちらを見つめる激カワニャンコ王子。無理、可愛い。
「ダメです。彼女は本来ここに居るはずのない人物ですから、早急に王城を辞す必要があります。いくら殿下といえどワガママが過ぎれば、両陛下のお耳に入りますよ」
「……まったく。過保護なことです。前回に続き、またしても邪魔しに来るとは素晴らしい嗅覚ですね、カウス・アケルナー」
「お褒めに預かり光栄です」
「ツィーナ。1つ目の約束、忘れないでくださいね。また近いうちにお会いしましょう」
ふぅ、と溜息一つと眩しい笑顔を残してリーブ様が部屋を出ていく。申し訳なさそうにこちらを見たハンスさんが印象的だ。
お辞儀をして見送りながら、わたしは「また便箋を新調しなきゃ」と考えた。さすがに、使い回しでは失礼だから、椎田さん用とケネス様用とその他は分けてある。リーブ様用はどういうのがイイのかな……。
(ふふっ、ニャンコ柄とか? ……?)
「……ひっ」
ニマニマと考えつつ、なんか寒いなぁ、と呑気に首を巡らせて……凍りついた。
これは、良くない。良くない時の、カウスくんだ。具体的に言えば、お説教前の……。
「帰りますよツィーナ」
「はい……」
え、でも、忘れ物届けに来たんだし、現状は不可抗力だよね!?
差し出された手の冷たさにビクリとしつつ、波乱の職場訪問は幕を閉じた。




