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王妃陛下の新たな楽しみ


【Side ルシータ】



実家の祖父を見舞った帰り道、ふと思い立って行先を変更させた。

初冬といえど、日によっては風が強く気温が下がる。小春日和を狙った帰省だったが、老齢の祖父の調子は芳しくないようだった。同じ邸内に居る限り、無理に起きようとするかもしれない……そんな気がして、早々に王城へと戻ることを決めた、その道中。


(ま、居なかったら仕方ない。でも、これ逃すと年明けまで予定びっちりなんだよなぁ)


城下の様子を間近に眺めるのも久しぶりだ。

雪が降る前のかきいれ時とばかりに、荷車が多く行き来している。どの商店も、この時期は床下の倉庫がパンパンになるまで仕入れるのだろう。一冬の間、途切れることなく商品を並べようと思えばかなりの備えが必要になる。


活気ある街の様子をお忍び用の馬車の中から見下ろしながら、実家から持たされた土産に思いを馳せた。あれが流通するようになれば、冬場の食生活が変わるかもしれない。貴族は魔術具を使って生鮮食品の確保ができているが……庶民は塩漬け、砂糖漬け、酢漬けに乾物と、栄養価の偏った生活を余儀なくされている。

王妃として、国民のことを考えるのは義務だ。そして、前世の記憶を持つ自分が生きる使命の1つでもあると思っている。


(シャルサスに報告するのは……もう少し生産体制が整ってからの方がイイかな。今回はとりあえず半分程)


「土産だ」


「え? 開けてイイの?」


運良く在宅だった椎名に、突然の訪問の詫びにとプレゼントすることに決めた。


「もちろん」


「わ〜い……ってこれ! 石鹸じゃないのに白くて四角い……っ! え、もしかして!?」


「そう。すごいだろ?」


「すごい! お餅ーぃっ!!」


ビスクドールよりもキメの細かな頬を喜色に染めた椎名に、こちらまで嬉しくなる。ここまで喜んで貰えると、お裾分けのしがいがあるというものだ。


「椎田さん、これどうしたの? もう食べた!? 今から焼こうか!?」


「雑煮で食ったよ」


「え、じゃあやっぱり焼こうよ! 醤油……はないから……チーズのせる? あ、でも、切って油で揚げた塩味おかきもイイよね。どうしよう!?」


「落ち着け落ち着け。ゆっくり考えてから食べればイイ。残念ながらまだ数がなくてさ、失敗すんのはできれば勘弁して欲しいんだよなぁ……」


揚げ餅は魅力的だが、まだ応用について試行錯誤できる段階にないというのが正直なところ。「え」と目を見開いたきりフリーズした椎名に、


「実家が魔力豊富な家系でね。領地でイネ科の植物の品種改良してもらってたんだが、ようやく形になってきたんだと。でも、実を粉にして丸めるので精一杯でさぁ、炊きたてご飯なんてまだまだ夢物語なんだよなぁ。だからこれも、正しくは餅ってより、団子寄りなんだけど」


苦笑しつつ、現状ここにあるのが今年の収穫の半量にあたることを告げた。

見栄張っても仕方ないし、王妃として常日頃から正しい情報伝達を心がけている。椎名なら有効活用してくれると信じてのお裾分けだ。


「ま、大事に食べてくれ。将来的には増産するから」


「う、うん、それはもちろん大事にするけど……え、イイの? もっとなんて言うか然るべき所に……」


「然るべきってどんなトコだよ」


なぜかアワアワと誰も居ない周りを見回す椎名に笑ってしまう。きっと根が真面目なのだろう。そういうところも日本人ぽいよなぁ、と懐かしさが込み上げた。

オレはわりと不真面目なタイプだったが……当時付き合っていた彼女はこういう、真面目で気を遣う性格だった。時折見せるオドオドした仕草や、素直なところもちょっと似ている。まぁ、椎名の方が圧倒的に見た目はイイけど。椎名は……究極整ったアイドル、みたいな見た目をしている。「天使」とか呼ばれる系。ツインテールとかさせてみたい。可能なら、ミニスカとかも。絶対似合う。


「元日本人のよしみ、ってな。椎名もなんかできたら紹介してくれ」


「……うん。ありがとう!」


笑顔を取り戻した彼女から、アケルナー領にあるという石庭に誘われた。時間とチャンスがあれば行ってみたいものだ。


「ところであれからどうだ? 家族と仲良くやってるか?」


この屋敷を訪ねて最初に、椎名同様在宅していた継子達とも挨拶した。


渦中のシャウラ・アケルナー。キリリとした印象で、くっきりした顔立ちに意志の強そうな瞳とストレートヘアの、「国民的美少女」タイプ。つい最近まで庶子だったとは思えない程に洗練された所作に、凛とした表情がよく似合っていた。

事前情報を聞いていたからこそ「確かにキツそうだ」と見えたけれど、事前情報を聞いていても尚、悪役には思えない。水色の猫目に浮かぶ光は知的で、万が一気に入らない相手がいたとしても彼女ならば正論だけで論破できそうな気配があった。


そして、カウス・アケルナー。


(ニヤケそうになる口元、引き締めんのに苦労したぜ)


我が息子リーベルトと、義弟ケネスの恋敵。椎名を乙女ゲームの主役と見れば、恐らくコイツがメインヒーローにしゃしゃり出て来るんじゃないかと思う。逆に、椎名を獲得することを目的にした競技なら、下馬評トップもあの男だ。

確か、年齢は椎名と同い歳。だが、落ち着いた印象のせいか大人びて見えた。えとした雰囲気のわりに話し方は淡々としていて、眼鏡の奥の瞳も無機質。知的クール系正統派イケメンとか、前世のオレなら絶対友達になれないタイプのヤツだ。……うん、間違いない。あざと可愛い年下アイドル系のリーベルトとか、やさぐれ遊び人系イケオジのケネスとかのがオレの場合仲良くなれる。隙がないヤツって、つるみにくいんだよ。


(だからこそ、椎名は特別ってことなんだろうが)


義息子むすこ義母ははを見る目じゃない──。


あの短時間でも如実にわかった。

ガラスのような瞳がデフォだからこそ、椎名を見る目の熱が際立って感じられた。甘酸っぱい。マジで。見てる方がムズムズした。


(第二王子連中には幸せになって欲しいんだが……手強そうだぞ?)


アイツは椎名しか見ていない。

闇属性持ちのケネスはオレと同じくメンタルが不安定になりやすい。それはわかる。でもアイツは不思議と……闇属性じゃないくせに、堕ちそうな香りがプンプンしていた。闇っていうか、病み? あ、ヤンデレか。……ヤンデレかぁ…………椎名、苦労しそうだな。


「仲は……良いよ」


「なんだよそのビミョーな言い方。聞くぞ?」


椎名ウォッチャーとして。


オレはこの世界をゲームだなんて思ってない。「椎名の乙女ゲー」なんて言ってはみたが、椎名の苦悩がプログラミングされたものじゃなく、本物なのだと理解している。それでもまぁ、


(他人の恋愛模様を見る以上の娯楽はねぇわな)


日本に居た頃だって、テレビの恋愛ドラマや恋愛バラエティは大抵高視聴率を取っていた。あの頃はそんなに興味はなかったが……今は、男の心情も女の心情もどっちも察せるようになったからかなんなのか、おもしろいと素直に思える。

身内の心配は一旦脇に置いて、ぜひとも、相談役という名の、高みの見物位置をゲットしたい。できることなら三方向から。


「うん……ありがと。……椎田さんてさ、男の子のママだよね?」


「まぁそうだな。2人とも男の子って歳でもないが」


「男の子を育てる先輩ママとして……教えてくれる?」


「あ?」


まさかの切り口。ママ友の立ち位置を求められるとは思わなかった。


「ん? てことは今悩んでんのは義娘じゃなく義息子の方のことか?」


「…………うん。シャウラちゃんのことはわたしの考え方の問題だから。じゃなくてね……」


日差しが燦々と差し込む居心地のイイ部屋。冬の陽光といえど、温かい。しかし、明るい室内の様子とは打って変わって、椎名の表情は暗かった。……かと思えば、急に、ハッとしたように顔を上げ、明るい笑顔を貼り付ける。


(なんで椎名まで情緒不安定?)


「椎田さん、聞いてるかな。ウチの爵位継承のこと」


「あぁ。来春だろ? 穏当にさっきの義息子が継ぐって聞いてる」


「うん。ホントはカウスくんはもっと早くに継承するつもりだったの。予定だと、もう終わってた」


「へー? それは初耳。んで、椎名が悩んでるのは延びた理由か?」


主要貴族の御家事情はある程度把握している。だが、一族総出で隠蔽していることもあれば、オレの耳に入る前にシャルサスが握り潰すこともある。全部の情報を把握するのは、シャルサスに忠誠を誓う内務卿に任せているのが国家の現状だ。


「あ、もしかしてウチのバカ国王がなんか横槍入れたとか? なら、すまん。代わりに謝る」


「そうじゃなくて……あ、それもごく多少はあるんだけど……」


「てか、なんで笑顔貼り付けてんの?」


「…………えっと……庭の景色眺めるふりして、外、見てくれる? たぶん、カウスくんが居ると思うの。池の向こうのガゼボの方」


「は? …………………………居るな。で?」


言われて見れば、確かに人影。立木の陰になっていてはっきりとは見えないが、あの硬質に光る銀髪には覚えがあった。


「あれ、わたしのことめちゃくちゃ心配して見守ってくれてて」


「……あぁ、だから、不安そうな様子は見せられないってか。んじゃあさ」


椎名は「見守る」と言うが、実際は監視に近いのだと思う。椎名に自分の存在を意識させようという気が全面的に現れている。

……甘酸っぱいとか、気の所為だった。ちょっと怖い。ヤンデレ傾向ってより、既にヤンデレ発動している。


「え?」


オレは魔法を使って窓を薄い闇で覆った。

多量の闇魔力と長年付き合っていれば、ガラスを磨りガラス状に覆うことくらい朝飯前だ。


「レースのカーテンみたいなモンだと思ってくれ。王妃オレが禁断の女子トークしたがった、とでも言えば問題ないだろ」


「……ありがと」


ホッと肩の力を抜いた椎名の笑顔は弱々しい。


「おまえ……軟禁されてんの?」


「え? そんなんじゃないよ、やだなぁ」


「……ならイイけど。で? アイツの爵位継承がどうしたって?」


「うん」


コポコポとお茶を淹れ替えた椎名が一旦顔を伏せ、上目遣いでこちらを窺う。うん、可愛いなこのヤロー。


(こりゃ、可愛いモノ好きのウチの坊ちゃんがコロッといくのも仕方ねぇ。ケネスはやっぱり意外だけどなぁ)


「椎田さん。ね、マザコンてさ、どうやったら治せるの……?」


「ぁん?」


「だからね、カウスくん、マザコンがひどいみたいで……」


「おい。……話、飛んだな?」


「飛んでないよ。あのね、カウスくん、叙爵に合わせて結婚しようとしてるみたいなの。ほら、『若き公爵』なんて、婚活市場じゃ恰好の的になるじゃない? だから、先手を打ちたいって」


「あー……まぁな?」


椎名が、頭お花畑なタイプじゃないのは知っている。が、ちょっと会話の流れについていけない。

少し落ち着こう、と湯気の立つカップを口元に運び、


「こりゃ緑茶か!? すげーっ!!」


「ハーブティーの一種なんだけど……お口に合ったなら良かった〜」


テンションが一気にグッと上がった。今なら荒唐無稽な話でも広い心で聞ける気がする。


「良ければ、用意するからお土産に持って帰ってね。

……それで、話戻すよ? カウスくんね、わたしと結婚したいんだって」


「……あぁ」


だろうな。

危うく口から零れかけた。他の名前挙げられた方が驚く。


「それってさ、どう考えてもマザコンだよね? 良くないよね!?」


(あれ……? コイツ、もしかして気づいてない??)


「おまえ……アイツに『好き』とか何とか言われてねぇの?」


「……言われた。母親だと思ったことは一度もないって」


「んじゃ、マザコンとは違うだろ」


「だって! それでもわたしはカウスくんの母親なんだもんっ!」


(面と向かって告ったのにこうなのかよ。そりゃ……アイツが拗らせて病むのもわかるわ。…………いや? 拗らせてんのは椎名の方か……?)


同い歳の妙齢男女が一つ屋根の下で長く暮らしていれば、恋愛感情が湧いても不思議ではない。


(なんか……あの義息子の方が気の毒になってきた……)


「オレは良く知んないんだけどさ? もしかして椎名、亡くなった旦那に惚れてたとか?」


だから、次代の母親であることに固執するのだろうか。


「え? まったく。一回しかちゃんと会ったことないし」


「んあ?」


「結婚披露宴? みたいなので会ったの。本人のお葬式は会ったうちに入らないでしょ? んー、仮面夫婦? 別居婚? 白い結婚? 擬装婚じゃないし……家同士の利害の一致? ……なんて言うのがちょうどイイんだろうね?」


「あー…………」


どことなく幼い印象だった真相は、コレか。未亡人だというのに、椎名はやけに男女の機微に疎い感じがしていた。

アケルナー夫人という立場だけ与えられて、放置されていた少女。それが彼女か。


「ちなみに、彼氏は? 現世前世含めて」


「居ないよー。あ、二次元には居た。彼氏じゃなくて推しだけど、めっちゃ惚れてた」


「………………そか」


(男に興味がないわけじゃないのか? あ、ここもゲームっつってたっけ)


「この世界を舞台にした乙女ゲーム、やったことあったんだろ? 推しは?」


「…………カウスくん」


「んじゃイイじゃん」


あれ、コイツ何に悩んでたんだっけ? と首を捻った。ちょっと、整理してみないとわからないが……


「何が?」


「おまえはカウス推し。でもって、カウスはおまえと結婚したい。うん、まったく不都合ねぇわ。ついでに法律的な支障もない」


次元さえ気にしなければ相思相愛。

不都合があるとすれば、ウチの息子と義弟の方だ。


「あるよ! だからわたしはお母ちゃんになりたいんだってばっ!」


「なればイイんじゃね? カウスの子、産んでやりゃイイじゃん」


「へ!?」


いまいち噛み合わない理由まではまだわからないが、椎名がなかなかに面倒な思考回路の持ち主だということは理解した。


(ケネスはさておき……リーベルトには別の子斡旋してみっかな……)


可能性があるなら他の道を選んだ方が成就する確率が高いと思う。椎名と恋愛面で通じ合うのはなかなか苦難の道のようだ。


「無理無理無理無理! わたしが産むとか!」


「なんで。母親になりたいんだろ?」


「わたしが成りたいのは『肝っ玉母ちゃん』であって物理的な出産経験者とかの話じゃないからっ!」


「なんだよ、経産婦差別かよ」


「違くて! わたしが産むってことは、その前にその……わたしがっ! カウスくんとどーこーなんなきゃならないわけで……っ」


なぜそこで赤くなる。やっぱり椎名の思考回路は複雑怪奇だ。


「だからそーゆー話だろ。結婚してやりゃイイじゃん。今と大して変わんねぇよ」


「大違いですっ!!」


茹でダコみたいな顔で必死に言い募る椎名の見た目は非常にラブリー。子猫が必死に威嚇してるみたいで、撫でまわしたい。

けど、主張は正直、よくわらかん。


「…………てかさ、さっきウチの旦那も無関係じゃないっぽいこと言ってたよな? それはどう絡んでくるわけ?」


マザコンのくだりは忘れてしまおう。だって、ホントにマザコンとは違うだろ。『源氏物語』みたいに、これで椎名と生母がそっくりだって言うならまた別だが、義息子にしてみりゃ椎名は、父親が突然連れてきた可愛い女子、だ。間近に見てれば夫婦の実情だってわかるだろうし、心情的には父親の妻とすら思えていなかったんじゃないだろうか。


「あぁ、うん……そうなの。あ、陛下は至極真っ当なご判断をなさっただけで、悪いのはカウスくんなんだけど……」


「今更不敬だなんだの言わねぇよ。はっきり話せって」


「う、うん。えっとね、簡単に言えば、カウスくんはわたしとの結婚の許可を申請したんだけど、陛下は逆にカウスくんに別の縁談を薦めたらしいの。で、カウスくんがヘソ曲げちゃって……叙爵自体も先延ばしになっちゃったんだよね」


「あー、そりゃすまん」


「え? わたし的には許可して貰っちゃ困るんだけど」


「つっても、春には継承するんだろ? どーすんの?」


シャルサスの企みは何となく想像できる。懇意にしている高位貴族の娘をアケルナーに嫁がせておきたいのだろう。先代はさておき、カウスは優秀である分、御しにくそうだ。手綱をつけたい気持ちはわかる。


(まぁ、ここまでヤンデレ全開じゃ、もう椎名以外には御せなさそうだけどなぁ……)


「だから先輩の椎田さんに相談してるんじゃんっ!」


(……おぉ……マザコン説に戻った)


2人とも結婚したいのに許可が出なかった、という話ならシャルサスに掛け合わなくもない。が。


「つまり椎名は、カウスに母離れしつつ、縁談を受けて欲しいわけ?」


「うん」


「そもそもさ、別に独身のまま爵位継いでも良くね?」


「…………椎田さんのおかげでね、シャウラちゃんを『悪役令嬢』だとか、カウスくんを『攻略対象』だとか考えるのは止めようと思って。それでも……カウスくんてね、ゲームの公式だと、家族に恵まれなくて心を閉ざしちゃってる人間不信なヒトなの。だからもちろん独身の公爵だし、ヒロインが別ルートに行けば、間違いなく生涯独身」


「つっても既に全然違うんだけど」


「うん。だからこれは、ゲーム云々じゃなく、わたしのワガママ。カウスくんの結婚式が早く見たいっていう」


ここで、「なら結婚してやれよ」と言ったところで椎名の意見は変わらないだろう。


「だが、向こうの気持ちもあるだろ? 無理に結婚させても、大事な義息子が不幸になるぜ?」


「……だからって、成人済みの男性が『ママと結婚するぅ』は無いでしょ」


「向こうはママだと思ってないっつってんじゃん」


「ホント、ショックだった……」


「だからマザコンとは違うだろ、って」


「でもわたしはお母ちゃんなの」


(うーん……)


たぶんそこが椎名の核だ。会話が微妙にループするのも、彼女がそこに異常に拘るせい。


(一朝一夕で分かり合えることでもねぇか)


カウスの観点に立つなら、無理矢理にでもまず婚約を成立させてしまえばイイ。いくら激ニブ拗らせて女といえど、具体的に事態が進めば次第に諦めて受け入れるだろう。ヤンデレの腕の見せ処はそこだと思う。


ケネスの味方につくなら、オレはシャルサスの企てに追随する形で椎名とカウスを引き離せばイイ。カウスの方の外堀はシャルサスが埋めるだろうから、オレは椎名を囲い込んでおけば、それだけで周囲が勝手に後押しを始めるに違いない。めちゃくちゃ簡単。ケネスの狙いもコレだろうな。


リーベルトは……まだ傷が浅い。今なら間に合う。全力で方向性を修正しよう。なんなら、椎名の言うヒロインを探し出して引き合わせてもイイ。うん、そうしよう。


最難関は、椎名自身だ。彼女の味方をしようと思えば、他の誰の想いとも相容れない。

母親でありたい椎名はカウスの恋情に頑なに耳を塞ぎ続けるだろうし、だからと言ってケネスに嫁がせようにも……さっきの感じだと、100パーセントしり込みする。

どうも、彼女は他人から女性として見られることに抵抗感があるらしい。何か事情があるのかもしれないが……そう考えると、亡きアケルナー公が彼女に与えた立場は、椎名にしてみれば最良だったのだと思えた。


同郷のよしみもあるし、椎名を応援してやりたい気持ちは大きい。しかし自分については現状維持を望む彼女の味方をするのは、先輩ママとしても、王妃としても、躊躇いがあった。


(どうせいずれ誰かと再婚するなら……カウスの母親のまま、ケネスと結婚させるのがまだマシなのかもしんねぇな)


このままアケルナーで未亡人を貫くことは、難しい。貴族をよく知る身として断言できる。

今回辛くも逃れても、再婚話は今後も際限なく湧くはずだ。容姿、家柄、才覚……どの方面から見ても椎名は魅力的だし、前夫のことを考えれば求婚してくる年齢層もかなり広い。


ケネスはちょっとクセがあるが、イイ男だ。魔力で調合した魅了の香水まで使っていたようだったし、本気でツィーナを落とそうとしているのは明らか。だったら……アイツに幸せになって欲しいのはもちろん、アイツなら世間知らずの椎名を任せるにもちょうどイイだろうと思えた。臣籍降下するとはいえ、義弟であることに変わりはないから……うん、椎名が義妹になるのは悪くない。

日本人云々を抜きにしても、このしっかりしているようで実はぽやんとした少女を、オレはなかなかに気に入っている。食の好みが合うし、小動物みたいで見ていて飽きない。こんな娘がいたら楽しかったかもなぁ、と思っているのだ。


(ま、最終的に決めるのは椎名だけどな。様子見つつ、ケネスんとこに納まるように誘導してみっかなぁ……)


オレが椎名を気に入ったことは一切隠していない。今後も仲良くしたいと思っているから、半年もすれば誰もが知ることになるだろう。それ自体、ケネスに有利に作用するし、恐らく、椎名とカウスの視野を広げるきっかけにもなると思う。

狭い我が家に閉じこもっていたら、互いにしか目がいかなくなるのも当然だ。何もそんなに近場で恋愛しなくても……


「ま、おまえらはさ、オレと違って自由に相手選べるんだから、どんどん出会ってみりゃイイんだよ」


「だよね? カウスくんにぴったりな子、絶対どこかにいるよね? ていうか椎田さん、無理矢理結婚させられてたの!? 伝説のロイヤルウェディングなのに!?」


「なんだ伝説って……。オレは産まれた時からシャルサスの許嫁だったよ。選択肢は他になかった」


「えー!? 政略結婚なのに仲良しってすごくない!? 椎田さんてだって、陛下のこと好きだよね!?」


…………例に漏れず、椎名も他人の恋愛話は好物らしい。急に食い付きが良くなった。


「それこそずっと一緒だからな、情は湧く。しかもさぁ、アイツ、オレにベタ惚れなんだよ昔っから」


それはもう、第二王妃に恨まれる程。まぁ、それは今はどうでもイイか。


「椎田さん、女優さんみたいだもんね〜。頭イイし優しいし」


「そりゃどうも。お陰様でそういう血筋に産まれたからな」


実際自分でも、今の外見は気に入っている。飾りがいと磨きがいのある容姿だ。ゴージャスでダイナマイトなハリウッド女優みたいだな、と思ったりもする。


「きっと王子殿下方から見ても自慢のお母さんなんだろうなぁ、憧れる〜」


コイツのこの「母親」推しはなんなんだ。母親なんて、なろうとしてなるものというより、環境により否応なしになっていくもの、という印象が強いのだが。


「オレが母親やれてんのは周囲のおかげだね。乳母も子守りも居たから、可愛がるだけで良かった。イイとこ取りさせてもらった自覚はちゃんとあるよ」


「……やっぱり、貴族の子育てって一般家庭とは違うんだねぇ? ……わたしね、大家族の肝っ玉母ちゃんに憧れてるの。多少のことは笑い飛ばして、芯がしっかりしてて、揺らがない……」


「貴族基準で考えりゃ、一族郎党は大家族みたいなもんだろ。でもそれを女が仕切るのは聞いた事ねぇ。よっぽどの女傑か、独裁気質でもないと無理じゃねぇか? ほら、『女帝』みたいなさ。マリア・テレジアとか、わかる?」


「んー……それはお母ちゃんとイメージ違くない? そんな歴史に残る壮大な話じゃないの。なんて言うかね……アットホームな、あったかい家族を支えられる精神的支柱? ホームドラマのお母ちゃんになりたいんだぁ」


「ホームドラマ?」


「そう。だからね、カウスくんとシャウラちゃんが幸せになれるように、縁の下の力持ちを頑張りたいなって。あ、ケネス様がシャウラちゃんの父親代わりに立候補してくださって。だから今は四人家族なの。カウスくんと二人家族だった時に比べれば二倍だよ? すごくない?」


「ん???」


なんだかまた、新しい、突飛な情報が出てきたような……?


(ケネスが父親に立候補? …………いや、それって……)


「椎名の旦那に立候補したんだろ、ソレ」


アイツは父親って柄じゃない。そもそも、家族という枠組みを嫌っている。


「あ、さすがお義姉ねえちゃん。ね、ケネス様って恥ずかしがり屋なの? シャウラちゃんのお父さんになりたいってはっきり言っても誰も笑わないのにねぇ? わざわざわたしの『夫』なんて遠回しな言い方するんだもん」


クスクスと笑う姿は楽しそうだが、ズレている。鈍いのもあるのだろうが、それより何より、明らかに認識がズレまくりだ。


(拗らせてるのは男女関係ってより家族関係なのか? つーか、ケネスも可哀想に)


カウスに続き、面と向かって求愛したも同然なのに流されている。

でもまぁ、あのしたたかな義弟のことだ。


(夫になるって宣言して受け入れられたんだから、プロポーズ成功の言質になるわな。なんだ、荒療治の準備は整えてあるのか。シャルサスにも通ってるらしいし。こりゃ、状況的にはケネスが有利だな。ただ、なぁ……)


庭の向こうに思いを馳せる。

窓にはまだ魔法を巡らせてあるから中は一切見えないはずだ。それに、小春日和といえど気温は低い。日の短いこの季節、かなり冷えてきたことだろう。


(……うん、居る)


集中して探ってみれば、魔力を感じる。正当な血筋の公爵家後嗣だ、魔力量は平均以上。オレでも十分感知できる。逆に、目の前に居るのに椎名の魔力は感知しにくい。生家はどこだったか……あまり高位の家系ではないのだろうと推測できた。


一般的に貴族は高位になるほど魔力が高い。そういう家同士で婚姻を重ねてきたのだから自然なことだ。

ケネスの思惑とシャルサスの思惑が一致したのは魔力のせいか……?


「なぁ……自分で否定しといて今更なんだけどさ? 一応話の種に……。乙女ゲーってハッピーエンドは結婚式とかだろ? バッドエンドってなんなの?」


「モノによるかなぁ。あと、キャラにもよるし。この世界のヤツだとキャラ次第で、まずどのキャラを攻略するか決めるのね。で、例えばメインヒーローのリーベルト殿下の場合、攻略失敗バッドエンドだと普通に友達関係で終了」


「あ、そんなもん?」


「うん。でも、カウスくんだと、バッドエンドは逆に好感度上がりすぎてヤンデレ監禁」


「……」


「ケネス様は元々が隠しキャラで、出会うのが難しいから、出会った時点で彼女にはしてくれるんだけど、バッドエンドだと本命にはしてくれなくて、ハーレムの1人になって終わり」


(なんだそのビミョーにリアルな設定。否定できねぇ)


というか、やはりヤツはヤンデレか。ヤンデレは確定なのか。

ケネスと椎名をくっつけるのは簡単だが、唯一の懸念があそこのヤンデレ。

前世、男女共に一定のヤンデレ需要があったのは知っている。が。現実的に考えれば、重度のヤンデレ=犯罪者予備軍。


(監禁なぁ……。まぁ、最悪の展開ではないのが救いか? 自暴自棄になって殺したり街壊されたりするよりは……)


「……一応訊くけど、監禁より酷いバッドエンドってある?」


「んーと確か……ヒロインが標本にされちゃうのが」


「げ。誰?」


カウスのバッドエンドのその先か。それはもはや、ヤンデレじゃなくサイコパスでは。


「隠しキャラで……大魔法使い。あれ? 誰だっけ。ド忘れ。うーん……なんか記憶遠くなっちゃってるけど、魔法研究所系のキャラだったはず」


「あ? ヒーローってまだ居んの!?」


ヤンデレとサイコパスが別人だとは思わなかった。というか、三人で終わりじゃないのか。


この世界がプログラムだとは今でも絶対思えない。でも、椎名は「ヒロイン」よろしく、「ヒーロー」を惹き寄せやすいように思える。

もはや親友と言っても過言じゃない彼女が、不幸になるのはさすがに嫌だ。ついでに言えばどこかに居るらしいヒロインも、リーベルトの嫁候補だから標本なんぞにされることなく平和に暮らしていて欲しい。


「おまえ……魔法研究所に近付くな。絶対に」


「へ?」


椎名の周りは見ていて飽きない。だが……。


(椎名ウォッチャーに徹するのは難しいかもな。コイツの吸引力すげぇもん)


オレの人生にも、まだ一波乱ありそうだ。


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